2014年8月 ニュース/コミュニティー

カウラ事件から70年

記念式典を開催

第2次大戦中にNSW州の町カウラの収容所で、日本人捕虜が集団脱走を図った「カウラ事件」事件発生から8月5日で70周年を迎える。同月1~5日には、カウラ市で「カウラ捕虜脱走事件70周年記念式典」が行われる。

カウラ収容所では1944年8月5日、日本兵捕虜が収容所からの脱走を試み、計235人(日本人231人、オーストラリア人4人)が命を落とした。それ以来、毎年この時期には日本人戦没者墓地で慰霊祭が行われている。

70周年を記念してカウラ市ではさまざまなプログラムが組まれており、1日には、「カウラ事件70周年アート展」と称して、カウラ・リージョナル・アート・ギャラリーで午後7時、日本の世界遺産を写真で紹介する展覧会の開会式が行われるほか、(展示は10日まで)、午後8時にはカウラ・シビック・センターで演劇「カウラの班長会議」が公演される。同公演は、東京の劇団「燐光群」によるもので、オーストラリア人俳優を迎えて行われる。

2日は、公演の2回目に加え、東日本大震災に関するドキュメンタリー映画がカウラ・ボウリング・クラブで開催される。

3日は、午後1時からカウラ戦没者墓地で茶道裏千家淡交会により、戦没者に向け、倉斗宗覚氏がティー・セレモニーを行うほか、日本庭園で日本文化関連の行事が行われる。

4日には、午後6時半からカウラ捕虜収容所跡地でコミュニティー・イベントなども行われる予定。

5日には、カウラ戦没者墓地で70周年の記念式典が開催され、午前10時半に献花が行われる。式典には、元捕虜の村上輝夫さんも出席する予定。そのほかにもさまざまな催しがあるため、詳しくはカウラ市観光ウェブサイトを参照のこと。

■70th anniversary of the Cowra Breakout Program
日程:8月1日(金)~5日(火)
会場:カウラ市
Tel: (02)6342-4333
Web: www.cowratourism.com.au/Events/?action=viewEvent&eventId=240


SBSラジオ日本語放送8月のハイライト

SBSラジオ日本語放送は毎週、火曜、木曜、土曜の午後10〜11時に番組を放送している。番組は、AMラジオ1107khzにチューンを合わせる方法と、デジタル・テレビのデジタル・ラジオ「SBS Radio 1」を選択する方法で聞くことができる。
 8月には、毎週火曜日の放送半ばに行われている「シドニー・サイド」というコーナーで、福島県の子どもたちの「シドニーで夏休み」、シドニーで開催中の「能狂言展」をテーマにした、静岡文化芸術大学・梅若猶彦教授のインタビュー、「カウラ集団脱走70周年」をテーマにしたオーストラリア国立大学・田村恵子博士のインタビューの放送が予定されている。

■SBSラジオ日本語放送
Email: Japanese.program@sbs.com.au
Web: www.sbs.com.au/Japanese
Facebook: www.facebook.com./SBSJapanese



公開練習の様子

シドニーの合唱隊「さくら合唱団」

井上靖賞合唱隊のメンバーを中心に新たに結成された合唱隊「Sydney Japanese Choir “Sakura”」、通称「さくら合唱団」の公開練習が7月3日、シドニー市内で開催された。

井上靖賞は、オーストラリアとニュージーランドにおける日本文学研究と研究者に対する奨励を目的に、2006年に井上靖記念文化財団を中心に創設された。同賞の第6回授賞式では、特別プログラムのために、音楽・映像プロデューサーの磯田秀樹氏、ピアニストの藤井裕子氏によって井上靖賞合唱隊が結成されている。

今回は同合唱隊をベースに、シドニーで活躍する指揮者、村松貞治氏を迎え、新たな合唱隊として活動をスタートした。3日の公開練習には井上靖賞の創設者の1人であり、井上靖氏の甥御である大谷正矩氏も訪れ、その新たな門出を祝った。

同合唱隊は8月3日、NSW州カウラで起きた日本人捕虜脱走事件の70周年式典(Cowra POW Breakout 70th Anniversary)で第1回公式パフォーマンスを開催する予定だ。

■Cowra POW Breakout 70th Anniversary
会場:Official Opening Cowra Regional Art Gallery, Darling St., Cowra NSW
日時:8月3日(土)8AM~7PM
練習日時:毎週木(8~10月上旬までは金曜) 6:30PM~9PM
練習場所:Wesley Institute, Mary St., Drummoyne NSW
料金:参加1回$15
Email: choir@waad.com.au


シドニー北部で盆栽展

シドニー盆栽会は同市北部テリー・ヒルズで8月16・17日、盆栽と生け花の展示会を開催する。
 会場には、大中小の計80点以上の盆栽と美しい生け花が展示される。また、本間万紀子氏による着物の着付けのほか(両日午後12時)、アンドリュー・エッジ氏、ヒュー・グラント氏による盆栽(両日午後2時)、古流、めぐみベネット氏による生け花(両日午後1時)の実演会が行われ、ラッフル会やランチなども行われる。
 会場へのアクセスは、「フォレスト・コーチ・ラインズ」バスを利用し、チェッカーズ前で下車。

■盆栽展2014
日時:8月16日(土)、17日(日)10AM~4PM
会場:Checkers Conference Centre, 331 Mona Vale Rd., Terrey Hills NSW
料金:入場大人$5、12歳以下無料
Tel: (02)9450-2802
Email: bonsai@wix.com.au



会場内の様子

日本語教育国際研究大会 シドニーで開催

2014年度日本語教育国際研究大会(Sydney-ICJLE2014)が7月10~12日、シドニー工科大学で開催された。
 日本語研究、日本語教育研究における多数の研究者・教育者が在籍している同研究大会は、アジア圏域都市を中心に過去10回開催されている。2度目のシドニー開催となる今回は、NSW大学をはじめとする市内6つの大学によって運営され、世界各国から著名な研究者たちが集まった。
 講演、口頭発表、若手研究者によるポスター・セッションなどさまざまなプログラムが催され、オーストラリアにおける日本語教育の現状や日本人の第2言語習得に関する研究成果の発表などが行われた。
 また、今回はオーストラリアの小中高校の教育者を総括する全豪日本語教育シンポジウムも同時に開催され、各日本語教育機関の関係者が集い、ワークショップなどを通じて互いの職域を超えた情報交換が活発に行われた。


HSC日本語対策委員会がセミナー開催
「継承日本語を育てる」

HSC日本語対策委員会(HSCJC)は7月9日、シドニー市内でセミナー「継承日本語を育てる」を開催した。約90人が出席した。
 当日は、米カリフォルニア大学の片岡裕子教授と、ダグラス昌子教授が、バイリンガルとは何か、バイリンガルのタイプ、継承語と国語の違い、子どもをバイリンガルに育てることなどについて講演した。
 同委員会は8月9日、シドニー北部チャッツウッドで年次総会を開催する予定。前半は一般参加も可能で、NSW州民族コミュニティー・カウンシル(ECC)代表のピーター・ドーカス氏をゲストに向かえ、シドニー交響楽団団員によるバスーンとヴィオラの二重奏のコンサートなどの催しもある。参加は無料だが要予約で、8月2日までにメールで名前、参加人数、連絡先を下記、宛先まで送る。
 現在HSCJCは、高校卒業資格兼大学入学資格試験であるHSC(Higher School Certificateの略)の日本語コースに適用されている履修基準の問題改善をボード・オブ・スタディーズに求めており、NSW州民族コミュニティー・カウンシルからも協力を得ている。

■HSC日本語対策委員会年次総会
日時:8月9日(土)6:30PM
会場:Dougherty Community Centre, 7 Victor St., Chatswood NSW
Email: hsc.taisaku@live.jp
Web: hscjapanese.web.fc2.com


冒険家の西川昌徳さん オーストラリア横断を達成


冒険家の西川昌徳さん(シドニー到着当日)

WA州パースからシドニーまでのオーストラリア自転車横断に挑んでいた、兵庫県出身の冒険家、西川昌徳さん(32)が7月8日にゴール地点であるシドニーに到着した。「EARTH RIDE in AUSTRALIA -日本の子どもたちに元気と勇気を届ける旅-」と題された今回の冒険では5月4日にパースを出発し、オーストラリア南部をルートに約2カ月間で5,155キロを走破した。

これまでにユーラシア大陸、北アメリカ大陸走破をはじめ、23カ国、約5万4,000キロを旅してきた経歴を持つ。今回のオーストラリアも広大な土地の中に、さまざまな地形を有した個所を持つ、冒険家にとっては厳しい道のりであったという。特に延々と一本道と平原が広がるナラボー平原は行けども行けども同じ景色が広がる難所だったと言うが、西川さんはそのような難所にも臆せず、これまでにはないハイ・ペースでオーストラリアの地を駆け抜けた。

また、西川さんは自身の自転車旅と並行してインターネット通話アプリ「スカイプ」を利用し、日本の小学生との「スカイプ交流会」を行ってきた。

「今回の旅のスケジュールは最も過酷なものであったが、子どもたちとスカイプ交流会をする約束を守りたいという一心で頑張った」と語した通り、シドニー到着後は、以前から親交のあった福島県新地町立駒ケ嶺小学校の児童との交流会を開き、過酷な自然環境で冒険を続けてきた自身の経験談を被災地への児童へ語った。西川さんはこう述べる。


スカイプ交流会の様子

「頭で考えることと実際にやってみて感じることは全く違うので、皆さんもさまざまなことにチャレンジしてほしい。また、自分の可能性を信じて新しいことにトライすることは、子どもでも大人になってからでもできる。今後も皆さんからもらった元気を生かし、冒険家として精力的にメッセージを伝えていきたい」

西川さんは、子どもたちを勇気づけるとともに自身も冒険家として精力的に活動していくという。一方、交流会に参加した児童たちは「自分も海外に行ってみたいと思いました」と話し、震災後の閉塞感を打ち破る画期的な機会となった。

西川さんは7月中旬に日本へ帰国。今後も国内でのボランティア講演などが予定されている。


新会頭に中舛氏

シドニー日本商工会議所

【2014/15年度シドニー日本商工会議所役員】*敬称略

会頭 中舛貴信 キヤノン・オーストラリア
副会頭 野村忠司 豪州新日鉄住金
櫻田武也 オーストラリア三菱商事会社
卯滝勝 豪州三井物産
理事 石原均 日立オーストラリア
伊藤令 オーストラリア住友商事会社
桜井章雄 みずほ銀行
曾我英俊 双日豪州会社
梶谷誠 丸紅オーストラリア会社
田島実 日本航空
田沼幹夫 三井住友銀行
林正樹 伊藤忠豪州会社
平野修一 ジェトロ・シドニー事務所
福田篤 トヨタ自動車オーストラリア
桝谷亨 三菱東京UFJ銀行
監事 奥澤徹 野村オーストラリア
菊井隆正 アーンスト・アンド・ヤング

シドニー日本商工会議所は7月25日、第57期(2014/15年度)定時総会を開催し、「第56期(2013/14年度)事業報告書(案)」および「第56期(2013/14年度)収支決算報告書(案)」について審議を行い、いずれの議案とも原案の通り了承された。
 その後、第57期の役員についても発表が行われ、新会頭は、中舛貴信氏(キヤノン・オーストラリア)が就任することになった。なお、新年度の役員は右記の通り。

■シドニー日本商工会議所
住所:Level 2, 37 Bligh St., Sydney NSW
Tel: (02)9223-7982
Fax: (02)9223-5382
Email: info@jcci.org.au
Web: www.jcci.org.au


新会長に林氏

シドニー日本人会

【2014/15年度シドニー日本人会役員】*敬称略

名誉会長 高岡正人 在シドニー日本国総領事
会長 林正樹 伊藤忠豪州会社
副会長 梶谷誠 丸紅オーストラリア会社
伊藤令 オーストラリア住友商事会社
桝谷亨 三菱東京UFJ銀行
財務担当理事 田沼幹夫 三井住友銀行
理事 卯滝勝 豪州三井物産
笠原昌哉 JTBオーストラリア
小林敏明 在シドニー日本国総領事館
桜井章雄 みずほ銀行
櫻田武也 オーストラリア三菱商事会社
曾我英俊 双日豪州会社
田島実 日本航空株式会社
中舛貴信 キヤノン・オーストラリア
野村忠司 豪州新日鉄住金
福田篤 トヨタ自動車オーストラリア
監事 大庭正之 KPMG
菊井隆正 アーンスト・アンド・ヤング

シドニー日本人会は7月25日、2014/15年度通常総会を開催し、「2013/14年度事業報告書(案)」および「2013/14年度収支決算報告書(案)」について審議を行い、いずれの議案とも原案の通り了承された。
 その後、2014/15年度の役員についても発表が行われ、新会長に林正樹氏(伊藤忠豪州会社)が就任した(新年度の日本人会役員は右記の通り)。

■シドニー日本人会
住所:Level 2, 37 Bligh St., Sydney NSW
Tel: (02)9232-7546
Fax: (02)9223-5382
Email: jss@jssi.org.au
Web: www.jssi.org.au



WSOは恵まれない環境にいる子どもたちに教育の機会を与える奨学金を提供

世界の恵まれない子どもたちに向けた
ファンドレイジング・イベント

シドニー在住の日本人コミュニティーにより今年結成された、恵まれない10代の子どもたちを奨学金で支援する非営利団体、WSO(World Scholarship Organization)は8月24日、シドニー北部チャッツウッドでファンドレイジング・イベントを開催する。
 イベントでは和太鼓りんどうによる演奏やソーラン踊り隊のパフォーマンス、オークション、ラッフル会、合唱団による公演などが行われる予定。会場では、綿菓子や和菓子、弁当なども販売される。
 同団体は、ボランティア参加者、お菓子などの寄贈を募っている。

■WSOファンドレイジング・イベント
日時:8月24日(日)3:15PM~5:45PM
会場:Dougherty Community Centre, 7 VictorSt., Chatswood NSW
Tel: 0411-059-887(石田さん)、0425-877-731(山下さん:午後1時以降受付)
Web: wso-au.org


シドニーの「Hugくむ」 チャリティー教育セミナー

日系の教育関連非営利団体「Hugくむ」は9月13日、シドニー北部でチャリティー教育セミナーを開催する。
 今回のセミナー・テーマは「英語の学習について(話す、聞く、書く、読む)」。豪州の教育の専門家らが日本語通訳付きで講演を行う。必要経費を除いたすべての収益は、宮城県で考案された被災地復興支援「おのくん支援」に寄付される。
 参加者には飲み物や茶菓子も提供される。12歳以下の子どもは参加できない。申し込みはメールまたは電話で9月6日まで。

■Hugくむチャリティー教育セミナー
日時:9月13日(土)開場1:30PM、セミナー2PM~5PM
会場:Crows Nest Centre, 2 Ernest Place, Crows Nest NSW(2時間カウンシル駐車無料)
料金:1人$15
Email: hugukumu@gmail.com
Tel: 0419-019-487(里美さん)


福島県新地町の手ぬぐい3つをプレゼント

西川昌徳さんと駒ケ嶺小学校から(右記に詳細)、新地町手ぬぐいを日豪プレス読者1人にプレゼント。応募の際は、8月15日までに「nichigopress.jp/campaign」で申し込みを。



『連合軍捕虜の墓碑銘』著者・笹原妙子さん

■トピック

英連邦軍の捕虜POW墓地調査 横浜の日本女性2人コンビ

横浜市保土ケ谷区狩場の高台に英連邦戦死者墓地がある。アジア太平洋戦争で日本軍の捕虜となり、日本に移送され、130カ所の捕虜収容所でなくなったオーストラリア、NZなどの将兵の墓地だ。戦時中、3万数千人の白人捕虜がいたが、収容所で死んだのは3,480人で、死亡率はかなり高い。保土ヶ谷墓地に葬られたのは約1,700人。戦後70年経っても墓参に来日する連合軍捕虜仲間や遺族は絶えない。墓地の近所に住む2人の日本女性が、十数年にわたって彼らを世話している。『連合軍捕虜の墓碑銘』というドキュメンタリー本を書いたPOW研究会の笹原妙子さんと田村桂子さんだ。

今年4月にも、かつて日本軍捕虜の大脱走事件が70年前に起きたNSW州カウラ市ビル・ウエスト市長(64)ら6人の一行が、墓参りにやって来た。カウラ出身のアラン・ヘーリー上等兵(享年29)の墓に献花した。この時も、笹原さんと田村さんが市長らを案内、ともに墓参した。

 

1997年まで知らなかった

戦後生まれの2人は、英連邦戦死者墓地があるのを1997年まで全く知らなかった。新聞記事で、毎年8月、日本人関係者が追悼礼拝をしているのを知って、公園のように美しい洋風墓所を初めて訪ねた。墓碑に名を残している捕虜たちが、どのような状態にあったかを調べ、墓地に眠る将兵の生前の姿を書き残そうと試みた。英国、米国、オーストラリア、タイへも出かけ、歴史資料を探した。笹原さんはフリーランスのジャーナリスト、また田村さんは英語が達者で、気の合う名コンビだ。

横浜港近くにある、いわゆる外国人墓地は観光名所にもなっているが、英連邦軍の墓地は、日本人にほとんど知られていない。アメリカ軍は、戦後、遺骨を掘り出して、アメリカに持ち帰ったので、保土ヶ谷の墓地にはイギリス、オーストラリア、NZ、インド、カナダの戦死者の墓地になった。

笹原、田村さん2人は、墓地管理人レン・ハロップ氏(英国人、死去)の協力を得、埋葬された名簿を当たり、ハロップ氏の知り合いの捕虜に手紙を送り、情報を集めた。英、米の公文書館の資料を入手でき、まずアシュトン・ヒルが死んだ広島県因島(いんのしま)収容所にいた元捕虜の証言を得た。因島を戦後、日本観光の時に再訪した元捕虜もいるのが分かった。

収容所について、調査している人がほかにもいた。京都府亀山市に住む高校教師OB、福本徹さんで、笹原さんらと2002年に「POW研究所」を発足させた。POWとは「Prisoners of War」の略称で、今笹原さんが事務局長で、会員は全国に約60人いるという。

 

収容所めぐり2人で史実発掘

笹原、田村さんの2人は、墓地の碑銘をたどって、国内外に調査旅行に出かけた。例えば、千葉県長南町、敗戦の玉音放送(昭和天皇)の昭和20年8月15日、撃墜されパラシュートで降下、捕虜となったパイロットが殺された。その現場を取材、さらに英国・ケンブリッジ県でパイロットのおいに故人の人となりを聞いた。その後、パイロット殺害の現場を目撃した住民にも会った。

暴君のように捕虜を虐待した東京・大森の収容所長。温情派だったが戦後、戦争犯罪人とされた釜石収容所長。秘密の日本海軍大船収容所。函館収容所の少年通訳シオミ・ハルオ、といった史実を発掘した。

笹原さんらの現場調査は、以上のように戦時秘史の発掘だ。オーストラリアのキャンベラで開かれた豪日の調査研究者のシンポジウムにも出かけた。またアメリカ・テキサス州で催されたアメリカ捕虜団体ADBCの年次総会に出かけ、大森収容所にいた将校捕虜宅に招かれた。テキサス行には、同じ横浜市内に住む長沢のりさん(故人)と一緒だった。長沢さんはハワイ旅行で、米軍の東京大空襲の恐怖をアメリカ人に話したら、「私も日本軍に捕まり収容所にいたので、あの東京大空襲は怖かった」と言われて以来、笹原さんのPOW会仲間となった。

日本の外務省は謝罪と癒しのために元捕虜数人を毎年、日本に招いている。元捕虜も高齢化して、子どもや孫が付き添って来日する。笹原さんらPOW研究会が、彼らの世話役を務めている。

 

長崎でも調査続く

日本では、東条首相時代の戦陣訓で「捕虜になるのは恥だ」という考えが根強いため、連合軍の捕虜を辱め虐待する傾向があったようだ。

POW研究会は、現在、長崎県内に4カ所あった収容所で、原子爆弾で死んだ8人の捕虜について追跡調査している。当時オーストラリア人24人、イギリス人、オランダ人の捕虜がいた。オランダ人は被爆者手帖を持っていたが亡くなった。地元では2015年に、慰霊碑を立てる計画がある。被爆した長崎人の胸の内には、捕虜も同じ戦争犠牲者という思いがあるからだろう。

笹原、田村さん2人は戦後生まれだが「歴史を伝えるのが、自分たちの役目」と近くの学校で子どもたちに話すようにしている。

今年も、保土ヶ谷の墓地では8月2日午前11時から慰霊祭がある。(文・写真=横浜・青木公)



ジャパニーズ・ケアラー・グループの皆さん

障害のある子どもを持つ家族に向けた
サポート・グループが情報交換会を開催

障害のある子どもを持つ保護者によって結成された「ジャパニーズ・ケアラー・グループ」は、毎月第2・4水曜にシドニー北部チャッツウッドで情報交換の場を設けている。
 同グループは障害のある子どもを持つ日本人家族のために、14年前、有志が集まり発足。現在10人ほどのメンバーが所属しており、それぞれ発達障害を中心に、自閉症、学習障害(LD)、ADHDなどを持つ子どもの保護者である。情報交換会では、医療・学校などにおいてのシステムに関する知識や健康、思春期などの成長に伴うトラブルへの対応方法のシェア、ゲストを招いての勉強会をはじめ、本の貸し出しや進路の相談なども行っている。上記に加え、ランチやピクニックなど、メンバーやその家族の交流も活発に行っている。
 主宰のグッドウィンひとみさんは、「もし1人で悩んでいる方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください」と話している。

■ジャパニーズ・ケアラー・グループ
Tel: 0411-139-872
Email: fumikae@tpg.com.au



和声ボイス・トレーナーの江頭幸宏さん

「声」から印象をポジティブに変える方法を指南
和声ボイス・トレーナーの講演会開催

日豪の個人事業主や起業家、シニア・マネジャーら有志による非営利団体「企業ネットワーク」は8月12日、シドニー市内で和声ボイス・トレーナー、江頭幸宏さんによる講演会を開催する。
 江頭さんが指導する「和声ボイス・トレーニング」とは、歌の訓練ではなく、普段の話し声に特化したもの。普段話す声がその本人の印象をも左右する中、「本来の声」を引き出す技術を指南する。
 同氏は2012年、株式会社トップ・オブ・ボイス・カンパニーを設立。和声ボイス・トレーナーとして日本国内外で、経営者から歌手、コンサルタント、学生まで指導している。
 セミナーの申し込みは8月8日まで。

■和声ボイス・トレーナー江頭幸宏さん講演会
日時:8月12日(火)開場6:15PM、開始7PM~9:30PM
会場:SMSA, Level 1, 280 Pitt St., Sydney NSW
料金:会員$20、一般$30、学生、ワーキング・ホリデー・ビザ保持者、シニア(60歳以上)$20
Tel: 0412-262-591(緒方さん)
Web: www.facebook.com/kigyo.net.7



優勝したリン優香ちゃん

ジュニア・ゴルファー、リン優香ちゃん
7月に2つの大会を制覇

7月1日から4日にかけて、NSW州郊外ウーロンゴン地域でスバルNSWステイト・ジュニア・ゴルフ・チャンピオンシップが開催され、シドニー在住のジュニア・ゴルファー、リン優香ちゃん(11歳)が12歳以下のプレートの部、スクラッチ部門で、2位に26打差をつけて優勝した。
 また12日にはキャメレーGCのクラブ・チャンピオンシップが開催され、決勝ラウンドでも12アップの大差で、レディス部門のクラブ・チャンピオンとなった。


スターツ・インターナショナル、不動産投資セミナー開催

スターツ・インターナショナルは7月23日、KVBシドニー支店で不動産投資セミナーを開催した。完全予約制の少人数で開催されたセミナーは、KVBFX 取締役日本部門ヘッドの山田悟氏による「不動産購入資金移動」に関する講義から始まり、ファイナンシャル・プランナーの神田季佳氏による資産運用に関する講義と続いた。その後、弁護士のハーディング裕子氏による法的な観点からの注意事項の紹介、スターツ・シドニー支店の寺田環氏による不動産投資の基本的知識とマーケット情報の提供、XLグループのモーゲージ・ブローカー、ヤング・スク・ムン氏による住宅ローンのポイント講義と、不動産投資に必要な情報をコンパクトに集約する形で催行された。



大田畯さん(左)と昭子さんの姉弟。横須賀市で(写真=青木公)

あの沖縄激戦から69年
NZに暮らす海軍司令官一家の大田昭子さん

6月23日は、沖縄慰霊の日。太平洋戦争で島民ぐるみ、日米両軍激戦の地となった沖縄本島の地下陣地で自決した日本海軍の司令官、大田実中将の四女が、ニュージーランド・ウェリントンに住んでいる。昭子(あきこ)大田・オーモンドセンさん(83)だ。今年も、姉妹5人で沖縄へ父の墓参り。日本に里帰りした昭子さんに横須賀で、近況を聞いた。

筆者が朝日新聞シドニー支局長時代の1977年、NZウェリントンの日本大使館文化広報部を訪ねた時、昭子さんと出会った。明るく親切なご夫妻で、日本NZ交流の要だった。夫のオーモンドセン氏は、NZ軍パイロットとして広島県呉市に駐屯していた1954年春、英連邦軍の教会で昭子さんと結婚式を挙げた。

 

沖縄県民斯ク戦ヘリ

大田実中将は、千葉県出身。明治24年(1891年)生まれ。大正2年(1913年)海軍兵学校を出た職業軍人だ。日中戦争から、太平洋戦争ではソロモン・ラバウルにも進出。敗戦の年、昭和20年(1945年)1月、沖縄に海軍部隊の司令官として赴任。3月、4月、米軍は沖縄に上陸してきた。沖縄の住民、ひめゆり学徒隊、日本軍合わせて20万人以上が亡くなった。大田司令官は「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別・御高配ヲ…」との電報を海軍省に送って、玉砕した。

日本軍の一部は、退避した住民を洞窟や岩陰から追い出すなど、今も島民に悪感情が残るが、大田司令官による県民への思いやりは、県民の間に格別なものがあるようだ。

大田中将は4人の息子と、7人の姉妹を遺した。敗戦前までは、佐世保、呉、横須賀など軍港の官舎で恵まれた暮らし向きだったが、一族は「軍人が国を亡ぼした」と冷めた目で見られた。年かさの姉妹は、手作りの菓子や、靴墨を街頭で売って家計を助けた。母は食料調達に着物や装飾具を売り、行商もやった。

大田家の合言葉は「必死モングリでやりましょう」だった。大田家に出入りしていた海軍士官たちが口にしていた言葉で、「歯を食いしばって、がんばろう」の意味。文字通り死んだつもりで、一家はがんばった。遺児たちが成人になった昭和30年代になって横須賀暮らしの中、3人の姉妹は防衛大学校卒の海上自衛官と結婚。四女、昭子さんは唯一の国際結婚者としてNZへ。

 

父の血ついでペルシャ湾へ

男性の兄弟は、社会の注目の的になったことがあった。長男、英雄さん(故人)は広島県立高校の校長に。三男、畯(たおさ)さんは防大から海上自衛隊入り。父ゆかりの沖縄勤務もした。末弟も海自へ。英雄さんは「父の戦死を教師として自分の行き方に反映させよう」と平和教育に打ち込んだ。畯さんは教育者の養子となってネイビーの血を継いだ。

一等海尉の畯さんが沖縄・名護で隊員募集事務局長として勤務の時、反戦デモの標的となった。「沖縄県民斯ク戦ヘリ、と県民のことを考えてくれた人の息子が、また沖縄の若者を戦争に連れ出すのか」と抗議。警察機動隊も出動して事務所に缶詰めになったこともあった。

時は流れて、ペルシャ湾岸戦争が起きた。平成3年(1991年)春、海上自衛隊のペルシャ湾掃海派遣部隊(6隻)の指揮官が、落合畯海将補だった。8カ国の海軍と一緒にペルシャ湾にイラクが敷設した機雷を木造の掃海艇で除去するのが仕事だった。自衛隊として、初の海外実働勤務で、34発の機雷を爆破処理した。

畯、とは田の長、農夫となって、家をしっかり守れと、父(大田中将)が名付けたという。「変な名前。それが海上自衛隊に入隊してしまって…」と講演会で語っている。

一族は先述したように毎年、父の命日には沖縄那覇市南部、小禄の海軍壕後にある慰霊碑に参る。中将夫人かつさんの遺骨も中将とともに眠っている。昭子さんは4人の子と4人の孫がいる。孫の2人はシドニーで暮らしている。

6月20日の夕方、横須賀軍港側の居酒屋で、大田昭子さん歓迎の会があった。遠洋航海でNZ寄港時、昭子さん訪問を続けている海上自衛隊の司令、参謀たち10人ほどが集まった。大田中将との絆は、69年の戦争と平和を通してつながっている、と感じた。(横須賀・青木公)

※田村洋三著の『大田実海軍中将一家の昭和史』を参考資料とした。

 

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