【特別寄稿】トランプ当選後のアメリカ──アメリカの何かが死んだ日

特別寄稿

トランプ当選後のアメリカ──アメリカの何かが死んだ日

選挙の翌朝、シーンとした地下鉄の車両の中で泣いている若い女性がいた。隣に腰掛けた男性(知り合いではない)は、彼女に、何の前置きもなく、「Don’t be scared. He can’t do anything」と声をかけた。この週末、ユニオン・スクエアの青空市場でも、お客である白人男性と売り子のヒスパニック系女性の間で全く同じやりとりを目にした。

ニューヨークの我々は、「バブル」の中にいるのかもしれないが、それでも、何の説明もせずとも、今自分と同じように感じている人たちが周りにいっぱいいる、と感じられるのは少しだけ慰められることだ。これがもしオハイオやミシガンやテキサスなどにいたら、そうはいかない。周囲の過半数がトランプを支持したのだから、精神的にはるかにしんどいだろう。

この、朝起きる気もなくなるような、胃がムカムカするような気持ち悪さ、裏切られ、傷つけられたという敗北感、世界が一夜にして自分が今まで知っていたのとは違う世界になってしまったようなシュールな気分(「不思議の国のアリス」のような)、これから何が起こるか考えると恐怖でぞっとする気持ち、世界が確実にしかも劇的に悪い方向に向かっているという手応えは、以前にもどこかで経験したものだな、デジャブのようだな、あれはいつだったっけ……と考えていたら、2001年9月11日のテロだと気づいた。あの時感じたのと同じ気分を、今、毎日感じている。

ある意味、今回のことは、(まっとうな民主主義の手続きを経ているとはいえ)一種のテロのようなものだったかもしれない。前回のテロとの最大の違いは、今回は、外部の敵ではなく内部からの攻撃であったこと、アメリカ人が自らアメリカという国、そしてそれが体現する理念に仕掛けた前代未聞の破壊行為であったということだ。その分、いっそう救われない気持ちになる。

医師である私の友人は、「誰かが死んだような気分」と言っていた。確かに選挙翌日の私のオフィスは、1日中お葬式のようだった。ケネディ大統領やキング牧師やジョン・レノンが殺されたとき、多くの人はこんな気分だったのではないか。実際、11月9日を境にアメリカを象徴する何かが死んだのだ。

普通、ジムやヨガの先生というのは、政治的なことを生徒に向かって語らない。きっとジムやヨガ・スタジオから、「政治や宗教については、自分の意見をクラスで述べないように」と指導されているのだろう。でも、今週は、行ったクラスの全てで、全ての先生が、「トランプ」という言葉こそ口にしなかったが、明らかにこの選挙を受けて感じている思いをおおっぴらに口にしていた。

ジムのスパルタなクラスの先生は、「There is a lot to do. We have to be stronger. I need you.」と怒鳴っていた。それは要するに「これから我々は戦わなくてはいけないのだから」という意味だ。彼女は、どちらに転ぶか読めない激戦州の1つ、ノースカロライナ出身なので、選挙の夜、開票前にクラスに行ったときにも、「私はとてもナーバスだ」と漏らしていた。彼女の恐れていた通り、ノースカロライナはトランプが取った。ヨガの先生たちは、異口同音に、「恐れや不安の気持ちに負けそうになるときこそ、自分の内面に立ち返り、平常心、集中力をとりもどすようにしないといけない」「外のノイズを断切って、深く呼吸し、ピースを見つけることが大切です」「普段以上にお互いに親切にしなさい。自分自身にも優しくしなさい」と言った。これもまた、言うまでもなく選挙の話をしている。

「アメリカ人たちは今回の選挙で、自分たちの国と政府を取り戻した」のか?

選挙翌日、トランプ支持者である顧客から我々に送られてきた痛烈な批判のコメントに、「君たちはリベラル偏向すぎる。トランプ当選は絶対にないと言い切っていた君たちには肝心なことが分かってない。オバマの8年間の弱腰な外交政策、左寄りの社会政策に比べたら、今後の4年間はアメリカのビジネスにとって良くなるに決まっている。アメリカ人たちは今回の選挙で、自分たちの国と政府を取り戻したのだ」という見解があった。

そのトーンの強さに驚いたが、いい勉強になったし、今さら驚いている我々がボケているのかもしれない。この人物は、日本の某大手銀行のニューヨーク支店に勤める男性で、職業から察するに、恐らく立派に大学を出た、決して貧しくないアメリカ人だ。

「アメリカ人たちは今回の選挙で、自分たちの国と政府を取り戻したのだ」のあたりは、まさにEU離脱支持者と同じ発想だ。我々はこういう人びとの不満を軽く見ていたのだなとつくづく感じている。トランプを支持しているのは郊外や田舎に住む白人で、高卒以下のいわゆる貧困層~中間労働者層だけかと思っていたが、それは大きな間違いできちんと教育を受けて職業も収入もある(むしろ富裕層とも言える)都会の白人男性にも、こういう考え方(「アメリカを再び強くしよう!」「米国第一主義」)の人たちが実はかなりの率でいたのだ。

表立ってはトランプを支持するとは明言せず(そう、馬鹿にされるから)、よって世論調査には反映されることがないわけで、今回の選挙予測が軒並みはずれることになった1つの理由はここにある。こういう「隠れトランプ支持者」たちが今回、選挙ブースで1人きりになった時に、誰にも言わずその不満をぶつけたのだ。

中には、自分の妻子にも自分がトランプを支持していることを打ち明けていないという男性たちもいる(「そんなこと言ったら、妻に離婚される」と言って)し、父親が「自分はトランプに入れるつもりだ」と言うのを聞いて、選挙当日まで涙で抗議・懇願したという同性愛者の友達もいる。BREXITの時も、投票日間際に、残留派の議員が殺されたことから、表だって残留を支持しにくい雰囲気になったが、今回の米国でも似たようなことが起きたということだろう。この構造、ふたを開けたらBREXITとまるっきり同じであった。

彼らは、そもそも自分たちと相容れない価値観を持つ黒人、しかもアイビー・リーグ卒の洗練されたエリートであるオバマが大統領になったことも気に入らなければ、彼の打ち出してきた健康保険などの社会政策、ドット・フランク法をはじめとする金融業界への規制、イランとの合意をはじめとする平和主義的な外交政策にも辟易しており、「ヒラリーになったらまたこの延長だ。それよりは『ビジネスマン』で、マッチョな世界観を持つトランプのほうが良い」と言ってトランプを支持したのだろう。

加えて、ヒラリーが女性であることも気に食わず、クリントン夫妻に対する不信感もあり。こういう血の気の多い白人男性たちが田舎だけではなく都市部にも相当な割合でいたのだ、ということは、ニューヨークに住む私のような人間にとっても少なからずショックなことだった。

パクス・アメリカーナの終焉

それにしても、トランプを支持した人びとは、彼のような排他的で偏見にみちた世界観をもつ、自分が攻撃されると誰彼構わず罵詈雑言を投げつけるような人間を大統領に選ぶことによって、国際社会におけるアメリカという国のブランドや、他国からの尊敬、アメリカがその存在をもって体現してきた理念といったいわゆる「ソフト・パワー」がどれだけ深く傷つくか、ということは考えないのだろうか。

そして、トランプの、人間同士の憎悪や嫉妬や恐怖心をてこにしたキャンペーンのせいで、人種差別やマイノリティーに対する虐め、一定の宗教への偏見、女性蔑視といった、「本来ならアメリカの社会では口にしてはいけなかったこと」が、「言ってもOKなこと」になってしまい、それが「本音で正直に語ること」と混同されるようになってしまったことは、今後長きに渡って社会にインパクトを与えるであろう非常に深刻な問題だ。

アメリカは、そもそも世界中から集まってきた移民が作った国であり、これまで長い間、世界一移民に対して開かれた国の1つだったはずだ。これが根本的に変質してしまう可能性がある。既に、この18カ月の間にヘイト・クライム(人種的な憎しみを動機とする犯罪や事件)発生率が上昇してきているというデータがあちこちで見られる。これは今後もっとひどくなるだろう。子どもを持つ人たち、それも白人ではない親たちは、このことに対して確実に懸念を強めているし、子どもたちも心を痛めている。

そして、私のように移民としてこの国に暮らしている人間としても、トランプの数多くの白人男性至上主義的で女性や移民を蔑視し差別する発言、「アメリカさえ良ければ良い」という世界観を変だとも思わない(あるいは肯定している)人たちが、この国の有権者の半分をも占めると思うと、「アメリカってそんな国だったの?」とがっくりするやら恐ろしくなるやらで、この国に対して描いていたイメージを根本的に覆された、裏切られた気分になってしまう。

でも、これは恐らく、日本でたとえば石原慎太郎元都知事が「ババア」と言ったり、中国人・朝鮮人に対して明らかに偏見に満ちた差別発言を繰り返しても、彼が再起不能なほどは批判されることなくここまで来ているという状態と根本的には同じだ。日本人は、今回のアメリカの様子を見て今は「なんとアホらしい」と嘲笑しているかもしれないが、他人事で済ませないほうがいい。これと同じことが日本でも起こり得る。というか、もう既に起こっているのかもしれない。

私のボスでユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマーがこの数日いろいろなインタビューで繰り返し言っているのは、「民主主義社会、自由世界のリーダーとしてのアメリカの地位、アメリカに対する信頼、この国が体現する自由や平等やオープンさといった理念・価値観への尊敬は、地に落ちた」ということで、彼は、「2016年をもってパクス・アメリカーナ(超大国アメリカの存在により世界平和が維持されている状態)と呼ばれる時代は事実上終了した。教科書には、そう明記されるべきだ」と断言している。ブレマーがこれまで唱えてきた「Gゼロ(リーダーなき世界)」という世界観が、ここへきて本格的に顕在化してしまった。

「Echo Chamber(反響部屋)」の時代の選挙

現在、今回の投票行動の分析がいろいろなスライスの仕方で行われているが、やはりBREXITも今回も、1つのキーワードは「クラス社会」だろう。ここで私が言う「クラス」は、単に収入レベルというだけではなく、教育や価値観や世界観、ライフスタイル、世界との関わり方、男女の役割についての考え方も含めて広い意味での「クラス」であり「階層」である。

それも、世界規模での階層の分裂。これは、一朝一夕ではなく、長い間かけて既に水面下で進んできたものに違いないが、それが本格的に目に見える形で出てきたのが今回の選挙であり、BREXITだったのだろう。フランスもドイツも、来年の選挙、自分たちはどうなるのだろう?と恐怖を持って見ているだろうし、再来年選挙があるメキシコでも、中道ではなく右と左が強くなるかもしれない。

日本でも選挙以来話題になっているようだが、ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーアが7月にトランプ当選を予言した「ドナルド・トランプが大統領になる5つの理由を教えよう」は、恐ろしいほど今回の選挙の流れを読んでいた。

私は最初に発表された時に読み、ずーっと頭の隅で覚えていたが、信じたくなかった。開票が進むに従って、彼の不気味な筋書きが次々現実になっていることに気がついた。選挙翌日、改めて読み返し、その精度の高さに感心し、また納得もした。トランプが共和党の候補になることを真っ先に予言し、理路整然と説明し、自信を持って断言し、最後まで一貫していたのはアメリカ広しといえども彼と、1980年代から一貫して大統領選の勝者を当ててきたアメリカン大学の歴史学教授アラン・リッチマン教授くらいだ。

マイケル・ムーアは、そもそもが中西部ミシガン州出身だし、いわゆる「ラスト・ベルト(アメリカ中西部と大西洋岸中部地域の一部にわたる、脱工業化が進んでいる領域)」をはじめ、アメリカ中を自分の足で歩き回り、主流から外れた、取り残された人たち、つまり「政治家たちに今までずっと騙されてきた。一生懸命働いてきたけど、自分の人生、いいことなんて全くなかった。自分たちの人生はむしろ悪くなっている」と考える人たちの声を聞きながらこれまで映画を作ってきたから、感覚的に分かったのだろう。

上記の論考の中では、ペンシルバニア、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシンといった、「元々は青かったはずの州」が2010年くらいから共和党の州知事を選んでいることに注目し、「ラスト・ベルト」が赤くシフトすることを正確に予言している。そして、それが今回起こった。

ソーシャル・メディアが発達した世界では、人間は自分と同じような価値観、教育レベル、収入レベルの人たちとしか付き合わず、常に似たもの同士で意見を交わし、「みんなが自分と同じように感じている」と(誤解して)感じがちである。

特にアメリカのようにあからさまに階層化した社会においては、自分が属する世界の外にいる人たちとは、受けてきた教育も、住んでいる場所も、買い物にいくスーパーマーケットも、食べている物も、見るテレビのチャンネルもウェブサイトも違う。自分と違う世界観の人たちと全くかかわらずに日々を生きていくことが容易に可能だ。

ひと昔前、アメリカ国民が皆で同じ4大ネットワーク・チャンネルを見、同じような新聞を読み、それを情報ソースにしていたのに比べると、それはまったく違う社会構造であり、分断されそれぞれに閉ざされた世界が1つの社会に同居しているという状態になっている。これと同じことが、多分世界中で今起きている。ニューヨークでも、パリでも、ロンドンでも、上海でも、デリーでも、東京でも。

自分と同じような価値観の人とばかり意見を交わす状態を、英語では「Echo Chamber Effect(反響部屋現象)」という。つまり壁から反響してくる自分自身の声を繰り返し聞いている(そうとは自覚せずに)……という状態である。そのことを私も以前から頭では理解してはいたが、今回のことで自分がいかに会社や友達など、似通った限られた層(おそらく社会の上層部数パーセント)の人たちの中でしか生きていないか、つくづく思い知らされた。

選挙の直前、コネチカット郊外を車で走っていて初めて、「それなりに裕福なエリアでも意外とトランプの看板があるんだな」と思ったのを覚えている。大都市にいて、コスモポリタンでオープン・マインドな「エリート」ばかりと話していると、みんなが自分と同じような世界観を持っているいう錯覚を起こす。1つの例として、私のフェイスブックの友達には、誰1人としてトランプ支持者はいない。会社の同僚にもいない(少なくとも表立っては)。だからこそ、我々にはトランプ勝利が読めなかったのだ。「リベラル・バブル」と言われても仕方ない。

私のボスが時々日本のメディアやお客様と話している時、「私は、自分の国の一定の層(自分の生まれた州から一歩も出たことのないような、パスポートも持っていないような層)のアメリカ人よりも、日本人であるあなたたちとの方がずっと多くの共通点がある」という言い方をする。その極端な例がダボス会議であり、マンハッタンであり、ワシントンであり、アイビー・リーグである。エリートはエリート同士の反響部屋で話し合い、自分たちこそが正しいと思う。社会の底辺にいる人たちも同様である。

もう1つ彼がよく言うのは、「自分は低所得者層向けの公共ハウジング・プロジェクトで育った。自分の母親がもし今日生きていたら、彼女はトランプに入れただろう。彼女は人種差別主義者ではない。でも、政治家はうそばかりついて、自分たちはちっともいい思いをしていない……という意見には間違いなく同調したはずだ」ということである。

これら2つの世界には、驚くほど共通点も接点もない。だから、もしかして「XX国の国民である」ということが人間にとって何をおいても第1のアイデンティティーであった(国家という枠組みを最も重要な単位とする)時代は終わりに近付いていて、これからは、国境を越えて階層単位での闘争が起こり、そういった目でものごとを捉えることが必要になるのかもしれない。

ヒラリーのせいで負けたのか?


「今回、ヒラリーは取るべき女性票を取りこぼしたか?」「あれだけ女性問題があったのに、トランプはどうして女性票を過半数も取れたのか?」ということが先週以来大きな話題になっているが、これもまた、データを多角的に見る必要がある。性別に勝るとも劣らず人種と教育レベルの問題でもあることが判明しつつあるからだ。

・ 全体で見ると、ヒラリーは女性票の54%を勝ち取っているが(トランプは42%)、白人女性だけに限るとトランプが53%(ヒラリーが43%)を取っている。

・ 大卒以上の高学歴の白人女性の51%がヒラリーに入れた一方、高卒以下の白人女性の62%がトランプに入れた。

・ 白人男性の63%がトランプを支持した。それを教育レベルで分けてみると、大卒以上の男性の54%、高卒以下の男性の72%がトランプ支持者である。

・ 黒人票の88%がヒラリーに行った。黒人女性の93%がヒラリーに投票した。

また、11月11日の時点での純粋な総得票数だけで見ると、トランプが5,970万4,886、ヒラリーが5,993万8,290と、ほぼ互角でヒラリーが少し勝っている。まだ開票が終わっていない州もあり、カリフォルニアの400万の未開票分などを足すと、もっと増える見込みである。この数字を良く見てみると、トランプの総得票数は、2012年に敗者だったロムニーの総得票数(6,093万3,504)よりも少なかったことがわかる。一方、クリントンにいたっては、オバマが最初に当選した2008年の得票数(6,949万8,516)を1000万票近くも下回っており、2012年のオバマの得票数(6,591万5,795)と比べても600万票も少ない。「オバマに入れたが、ヒラリーに入れなかった人」が、600万人~1000万人もいたということだ。

気になったので、2000年から今回までの得票数を調べてグラフにしてみた。こうしてみるとけっこう面白い。というか、意外であった。私は、今回の選挙がことのほか低い投票率だったのかと思っていたが、過去16年間を比較するとそうとも言えなさそうである。

・ 8年と12年の民主党は、「オバマ効果」で近年では例外的に投票者を動員していた。

・ 共和党は00年に比べると過去4回とも投票率を上げている。でも、04年以降は基本ずっと横ばい。

・ ヒラリーの今回の総得票数は、アル・ゴア(総得票数ではブッシュに僅差で勝っていた)よりも、04年のジョン・ケリーよりも多い。

・ トランプは、過去16年間の候補者を比較してみるなら、特段強い候補者ではなかった。

・ 今回の投票率は、過去16年間の中ではそれほど低くない(08年をピークに、基本、ずっとパッとしない)。

上述のようなことが読み取れるかと思う。ケリーよりもアル・ゴアよりも票が取れていることを考えると「ヒラリーだったから負けたんだ」「ヒラリーはことのほか弱い候補者だった」というのは、あまり説得力のない批判ではないだろうか。ただ、「トランプのような候補者を相手にするなら、もっと票が取れてもおかしくなかっただろうに」と言いたい人たちの気持も分からなくはない。

表1

クリントン トランプ
白人男性 31% 63%
白人女性 43% 53%
白人女性(大学卒) 51% 45%
白人女性(非大学卒) 34% 62%
白人男性(大学卒) 39% 54%
白人男性(非大学卒) 23% 72%

出典:EDISON RESEARCH EXIT POLLS

表2 ※2016年11月11日現在

トランプ大統領をどう受け入れるべきなのか?

トランプを大統領としてどう受け入れるべきか、どういう心持ちで今回のことを消化するべきか……という、ややセラピー的なテーマでいろいろな記事が出ている。1つのキーは、彼がどのくらい周りに耳を貸すか、これまでの言動のどれくらいが単なる「ショー」で、彼の本当に思っていることとどう違うか(あるいは本気で思っているのか)、彼がキャンペーン中に言っていたことをどのくらい簡単に翻すかというあたりだろう。

政治家というのは、往々にして自分が言ったことを翻すことに抵抗があるし、間違っていたことを後から認めるのも苦手な人が多い。しかし、これまでのトランプを見ている限り、彼は、朝令暮改もいいところで、前言を翻すことにまったく抵抗も羞恥心もなさそうである。これは、場合によっては良いことなのかもしれず、彼が選挙キャンペーン中に言っていたことをあっさりと「やっぱりやめた!」という可能性はまだある。

閣僚候補の名前を見るに、経済はふたを開けたらジョージ・W・ブッシュ時代と大して変わらないメンバー(質は大幅に下がるであろうが)で、結局「ワシントン・インサイダー」やウォール街出身のバンカーたちがアドバイザーになりそうな雰囲気が強い。要は、あんなに「貧困層」のためにワシントンを変えるといっていたわりには、結局は富裕層が得をするという構造がますます強まり、彼を信じて希望を託した貧しい人たちはちっとも恩恵を被れないことが明らかである。まるで、トランプと過去に仕事をしてお金を踏み倒され、彼に騙された人たちと同じ構造だ。

一方、外交や防衛面では、共和党のベテラン外交経験者たちがそろって「自分はトランプ政権では仕事をしません」と前々から宣言しているので、人材集めに苦労することが考えられ、また、議会が強い国内問題に比べ、外交問題については大統領の権限が大きいので、諸外国にとってはそこが非常に気になるところだろう。安倍首相は来週17日にニューヨークでトランプと会うらしいが(記事執筆は11月11日)、どうなることやら不安である。まんまと丸め込まれないといいが。ただ、安倍首相が、プーチン大統領、フィリピンのデュテルテ大統領、トルコのエルドアン大統領を始め国際社会から問題視されている指導者たちとこれまでうまくやってきていることを考えると、トランプ大統領とも気が合う可能性はあるだろう。

これも1つの「チェンジ」

地下鉄ユニオンスクエアの駅には壁いっぱいのポストイットが。毎日メッセージが増えている
地下鉄ユニオンスクエアの駅には壁いっぱいのポストイットが。毎日メッセージが増えている

唯一希望が持てる話として、18歳から25歳の、今回初めて投票する層は民主党に入れた人が圧倒的に多く、「もし彼らだけが投票していたら、ヒラリーが圧勝していた」というデータがある。地図で見るとアメリカが真っ青になるほどに。彼らの多くは恐らくバーニー・サンダースの支持者ではあるが、そうは言っても、こういう若者たちが今回の結果に奮起し、「こんなのは自分たちが求めるアメリカじゃない。次回の選挙でトランプを追い出そう!」ということになる可能性は十分にあるだろう。トランプ抗議のデモも、中心となっているのはこの層だと思う。

振り返ってみると、この国には、ブッシュ父がいたからこそビル・クリントンが出てきて、ブッシュ・ジュニアの8年間に心底うんざりして怒った若者たちが動いたからこそ、経験もなくしかも黒人のオバマが奇跡的に大統領に当選できた……という歴史がある。アメリカは、チェンジを繰り返す国なのだ。今回のトランプという選択も、オバマの8年間への反動であり、ある意味「チェンジ」を求めた人たちの声が勝ったということだ。このチェンジの度合いは、これまでのどんな大統領の交代よりも激しい変化をもたらすものになるだろうし、ほとんど異次元の世界に突入した感もあるが、それでもこの国の場合、負けた側も負けたまま泣き寝入りして敗北を受け入れるということはない。

次のチャンスに巻き返すことを常に考えている。それがアメリカのダイナミズムであり、アメリカ人のアメリカ人たるところだ。民主主義は絶え間ない競争であり、自分たちの求める社会は、自分たちの力で勝ち取るものなのだ。

民主主義の限界を警告していた賢人は数多く、古くはプラトンにまでさかのぼることができる。チャーチルは、「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試された全ての形態を別にすればの話であるが」という名言を残した。19世紀の段階で「多数派の専制」「世論による専制政治」の可能性をいち早く指摘したトクヴィルは、賢人の判断が無知な者の偏見よりも下位に置かれることを予測していた。彼らはもちろんのこと、「独裁者」を作ったチャップリンなどが今のアメリカの姿を見たら何と言うだろう。ちなみに、チャップリン最初の完全トーキー映画である「独裁者」のラスト・シーンは、彼自らが書いたといわれる6分間にわたるスピーチで締めくくられている。これもまた、今日の世界を見通しいていたかのような言葉に思える。最後に引用しよう。

“この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。

私たちは考え過ぎで、感じなさ過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。(中略)私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。(中略)今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを無くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名の下に、皆でひとつになろう”



<著者プロフィル>
渡邊裕子 わたなべ ゆうこ

ユーラシア・グループ、日本顧客担当部門ディレクター。2006年にハーバード大学ケネディ・スクール大学院修士課程を修了後、ユーラシア・グループ(Web: www.eurasiagroup.net)に入社。ユーラシア・グループは、1998年に国際政治学者のイアン・ブレマーが28歳で設立した地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社で、この分野のさきがけとして知られる。政治的変動がビジネス環境に与える影響について分析し、顧客に対しアドバイスやコンサルティングを行う。同社は、米国及び欧州の200社を超える顧客に加え、日本の大手企業顧客およそ50社を抱える。経済界のみならず、政界、官界のリーダーたちにもアドバイスを行っている。

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