ガリポリ半島撤退作戦から100年

キャンベラ豪戦争記念館で式典

 第一次世界大戦中のガリポリ上陸作戦は多大の犠牲を出して失敗、1915年12月19日から20日にかけて2万人の将兵が撤退した。またその撤退を支援するため、少数の兵士がトルコ軍の眼をくらます偽装活動を続けた。このできごとを祈念し、2015年12月20日、キャンベラの戦争記念館で式典が行われた。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 上陸作戦には豪将兵も5万人が従軍し、初日に2,000人が戦死、最終的に豪将兵の6人に1人が戦死した。しかし、峻険な後背地のトルコ軍の防備は堅く、砂浜から前進できないまま、8か月後には英軍のホレイシオ・キッチナー卿の命令でウィリアム・バードウッド中将が指揮して撤退作戦が実施された。2日間の作戦で豪兵2,000人を含めた2万人が撤退した。

 12月20日の式典には豪軍トップ、政治家、第一次世界大戦中に上陸作戦で戦死した将兵の家族が列席した。

 撤退作戦は密かに進められ、12月20日未明に完了した。この撤退には綿密な計画が練られ、上陸作戦の失敗にもかかわらず、撤退作戦は研究者も戦史上もっとも優れた作戦遂行の実例としている。

 式典では、同上陸作戦での最後の戦死者の一人、ハリー・バウザー曹長の戦死の状況が朗読された。バウザー曹長は、撤退作戦間際に腹と胸に銃弾を受け、撤退の船に引き上げられたが12月19日に船上で死亡、アンザック・ハーバー沖合で水葬に付された。
■ソース
Centenary of Anzac evacuation from Gallipoli remembered at Australian War Memorial

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