「ウェルストン・シーフーズ」代表取締役  石井誠人さん

豪で輝く30'sキーパーソン日豪プレスも今年で31歳 ! ということで、オーストラリアで活躍する30代に、“活き活きと輝く”ための秘訣を聞く。
第3回
「ウェルストン・シーフーズ」
代表取締役 
石井誠人さん
心底、魚が好き

(写真)誠人さん(左)と寛人さん。仕入れたばかりのメバチマグロとパチリ


 シドニー空港にほど近い町アレキサンドリアに「ウェルストン・シーフーズ(Wellstone Seafoods)」という会社がある。従業員は10人。「吉井」「東」「sushi-e」「ロックプール」「オーシャンルーム」「ガリレオ」などの有名レストランに、魚市場で競り落とした鮮魚を卸すシーフード・サプライヤーだ。この会社を切り盛りするのが、石井誠人(いしいなりと)さん、33歳。2005年12月に同社を立ち上げ、わずか2年半でシドニーで100以上のレストランを顧客に持つまでの企業に成長させた。
「魚は簡単じゃない。奥が深い。でも良い魚、例えば脂が乗った最高のマグロに出会った時の感動は、ほかの何物にも代えられませんね」。鹿児島県出身の誠人さん。九州男児らしく、「魚の質とサービスは、絶対にどこにも負けない」と胸を張る。
 マグロはフィッシュ・マーケットではなく、日本への輸出業者から直接、質の良いものを選んで買い取る。南マグロ、メバチマグロ、キハダマグロなど、同社のマグロの取扱い量は週2トンにも上る。
大きな決意を抱いて来豪
 誠人さんは19歳で、家を飛び出し上京した。「でっかいことをしたい」と親に啖呵を切っての家出だったが、実際には何をしていいのかが見つからず、住み込みで働けるパチンコ店の従業員として、糊口をしのぐような毎日を過ごした。
「こんなことではだめだ」と思い悩む日々。しかし、友人の部屋に居候しながらフリーターをしていた23歳の時に、オーストラリアから帰ったばかりのいとこからワーキング・ホリデー制度のことを聞き、飛びついた。自分を変えることができるチャンスかもしれないと考えたのだ。シドニーに向かう飛行機の中で、「これが最後。成功するまで日本には帰らない」と誓ったという。
 紆余曲折はあったが、それから10年でここまでになれたのには、好きな仕事を見つけられたことが大きいと話す。「来豪後に就職できた日本食品業者で、食材をレストランに納入する仕事を2年間しました。そこで、“あ、おれは食べることが好きだったんだ”って気付いたんです」。さっそく美味しい料理を出すレストランをリストにした「シドニー・レストランBOOK」を自分で作り、食材の質こそが料理の決め手だと悟った誠人さん。その後に経営を手伝った肉・魚の仲買会社では、素材の善し悪しの見分け方だけでなく、顧客が求める素材を提供できた時の喜びが、いかに自分にとって大切かを学んだ。
 就労ビザが更新できず、仕方なく渡った香港で務めた日本食卸業者では、日本から空輸される生の魚を扱うことができた。「売上至上主義の経営者とは最後まで意見が合わなかったが、本当に質の良い魚の目利きができるようになったという点でいい経験だった。それに、魚が本当に好きになった」。
 そして2005年に再来豪。日系の鮮魚卸会社で半年ほどそれまでの経験を生かした鮮魚の仲買に汗を流したころ、その会社の経営を譲り受ける形でウェルストン・シーフーズを設立した。社名はブリヂストンからヒントを得て、自分の名前「石井」を英語にした。

豪で輝く30'sキーパーソン
「夢? フィッシュ・マーケットに自分の銅像を建てること!」とは冗談なのか本気なのか !?

最初は苦労の連続
「それまでの経営者と顧客との信頼関係に問題があったことが原因かもしれないが、社名を変え、心機一転再スタートした途端に注文が殺到したんです。石井が仕入れる魚だったら買うぞって言うお客さんもいて、嬉しかったですね」
 しかし苦労は絶えなかった。まずは、たくさんの顧客からの要求に応えるだけの資金が足りない。魚を納品しても顧客からの入金は1カ月後。だから最初の2〜3カ月はキャッシュ・フローが悩みの種だった。金銭面で軌道に乗った後の悩みは膨大な仕事の量。魚の仕入れ、顧客との注文のやりとり、魚さばき、配送、営業。自分を含めたった3人の従業員では限界があり、時には魚の目利きを失敗して客に怒られたこともあった。
 経営の歯車が噛み合い出したのは、立ち上げから4カ月ほど経ったころ。東京で不動産会社の営業マンとして働いていた弟の寛人(ひろと)さんが、シドニーに移り住んで経営に参加してくれるようになってからだ。
「昔は決して仲のいい兄弟ではなかったが、今となっては安心して仕事を任せられる最も信頼できる片腕」と誠人さん。寛人さんも「魚の目利きに専念してもらいたいし、すべてのお客さんから喜ばれる会社にするという、兄の理想をサポートするのが結構楽しい」と息もぴったりだ。
大好きな仕事だからとことんやる
 魚の卸しという仕事は当然、朝が早い。誠人さんは午前4時に目を覚まし、5時には競り場にスタンバイして魚の品定めを開始する。寛人さんは同時刻に事務所に出勤し、メールやファクスで届いている顧客からの注文を整理して、誠人さんに連絡。誠人さんは注文に合った魚を競り落とす。
 時には客からの急な追加注文や、労力のいる難しい注文もあるが、誠人さんはどんな注文にも全力で応えることを信条としている。顧客との絶対的な信頼関係があって初めて、この仲買という商売ができると信じているからだ。「石井が選ぶ魚は間違いない。そう思ってくれるからこそ多少の高値でも買ってくれる。私もお客さんへの信頼があるからこそ、競りの現場で一番質の高い魚を競り落とすことができる」。やっと見つけた“天職”だからこそ、とことんまでこだわった仕事をしたいと言う。
 そして誠人さんは、会社を一緒に盛り上げてくれるスタッフに対しても心から感謝している。「普段は恥ずかしくて言わないが、この場を借りて。ここまで来れたのも共に戦ってきてくれたスタッフみんなのおかげ。これからもよろしく」。

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愛娘の花咲ちゃんと

もちろん魚以上に家庭が好き
 そんな誠人さんの一番の楽しみは、夕方からの家族との時間。職業柄午後5時前には帰宅できるので、苦しい時を一緒に乗り越えてくれた妻の泰子(たいこ)さん、そして2歳になる愛娘、花咲(はなえ)ちゃんと、毎日食卓を囲むことができる。この仕事を選んで良かったと思う理由の1つなのだそう。「娘は最近、ずいぶんと喋るようになった」と顔をほころばせる。
 シドニーで見つけた大好きな仕事をとことんやって、大好きな家族と時間を過ごす。誠人さんは今、やりがいのある毎日にとても満足している。

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