AUSメディア・ウォッチ「子宮頸がんワクチンの安全性」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞を始め、テレビ、ラジオ、オンライン・メディア、映画、書籍などで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第32回:子宮頸がんワクチンの安全性

日本ではあまり身近ではないが、オーストラリアで一般的な予防接種の1つに「HPVワクチン」(子宮頸(けい)がんワクチン)がある。

子宮頸がんは、主に性交渉で感染するヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus/HPV)によって引き起こされるため、その予防にはHPV感染を防ぐワクチンが有効とされている。国連機関である世界保健機関(WHO)は、9歳~14歳の女子への接種を推奨している。

子宮頸がん撲滅が近いオーストラリア

オーストラリア政府の予防接種パンフレットでは、HPVワクチンを開発したイアン・フレーザー教授が接種を呼びかけている
オーストラリア政府の予防接種パンフレットでは、HPVワクチンを開発したイアン・フレーザー教授が接種を呼びかけている

実はこのワクチンが開発されたのはオーストラリア。それだけに、オーストラリアではHPVワクチンの接種率が高い。

2016年の15歳女子の接種率は78.6パーセント。07年から無料のワクチン接種を行ってきた成果だ。

HPVは女性だけの問題とされがちだが、男性のHPV感染は陰茎(いんけい)や肛門のがんの原因になることがある。そのため13年からは、男子にもワクチン接種が行われている。16年の15歳男子の接種率も72.9パーセントという高さだ。

今年3月に発表された国際パピローマウイルス協会の研究では、オーストラリアの若い女性のHPV感染率が大幅に減少したことが明らかになった。18歳~24歳の女性のHPV感染率が、10年間で23パーセントから1パーセントにまで下がったのだ。

研究を率いた王立女性病院(メルボルン)のスザンヌ・ガーランド教授は、40年以内に子宮頸がんの新しいケースは「ほんの数件」になるだろうとの見方を示している(ガーディアン紙、電子版:18年3月4日)。

更にオーストラリアでは、これまで2年ごとに行われていた子宮頸がん検診「パップスメア」に代わり、昨年12月、がんに進行する前のHPV感染を発見する5年ごとの検診が導入された。

ワクチン接種と新しい検診により、近い将来、オーストラリアで子宮頸がんは撲滅する見込みだという。

安全性を疑う日本

これほどの成果を挙げているワクチンだが、不思議なのは先進国の日本でその安全性が疑われていることだ。

繰り返しになるが、HPVワクチンはWHOが推奨している。また、このワクチンを定期接種している国は世界で80カ国近くにも上る。

子宮頸がんワクチンは日本でも13年に一度定期接種となった。しかしその直後、ワクチンの副反応だとして神経異常などの症状を訴える声がメディアで大きく取り上げられ、国はワクチンの積極的な接種勧奨の「一時差し控え」を行った。その差し控えが現在でも続いている。

このような状況に警鐘を鳴らすのは、昨年、英科学誌『ネイチャー』などが主催するジョン・マドックス賞を受賞した、医師でジャーナリストの村中璃子さんだ。

ネイチャー誌はプレス・リリース(17年11月30日)の中で、村中さんがワクチンをめぐる議論において「科学的根拠の重要性を説いた」ことを評価した上で、日本の状況をこう批判した。

「HPVワクチンは、子宮頸がんとその他のがんの予防として科学医療分野で認められており、WHOも推奨している。日本ではワクチンが、その有効性を疑う事実誤認キャンペーンの的となっており、その結果、接種率が70パーセントから1パーセント以下にまで下がってしまった」

日本でワクチンの副反応を訴えている「被害者」の声が嘘だとは思わない。しかし、その症状は本当にワクチンが原因だったのだろうか。

村中さんは、ワクチンを接種していなくても思春期に似たような症状を訴える子どもは多いと言う。

WHOは昨年7月、HPVワクチンの安全性に関する報告の中で、ワクチンの過敏反応は100万件のうち1.7件、失神は注射に対するストレス性のものでしかないとしている。

「それ以外の副作用は認められておらず、ワクチン安全性諮問委員会(GACVS)は、HPVワクチンは極めて安全であると考えている」

同じ報告でWHOは、日本における子宮頸がんの危険性にも言及。

「HPVワクチンが積極的に推奨されていない日本では、子宮頸がんによる死亡率が1995年~2005年で3.4パーセント増加、2005年~2015年では5.9パーセント増加したと推測される」

村中さんは今年2月に、書籍『10万個の子宮』(平凡社)を出版した。「10万個」とは、16年に始まった子宮頸がんワクチンをめぐる国家賠償請求訴訟が決着するまでに10年間掛かるとして、その間にがんで失われる子宮の数だという。

科学的根拠の大切さ

世界で最初に子宮頸がんを撲滅する日が遠くないオーストラリアと、子宮頸がんの死亡者数が増える日本。科学的根拠を重視した国と、科学的根拠を欠いたメディア報道にあおられた国の違いだ。

日本産科婦人科学会もウェブサイトの中で、「科学的見地に立ってHPVワクチン接種は必要と考え、HPVワクチン接種の積極的勧奨の再開を国に対して強く求める」との見方を示している。

国が科学的根拠に基づいた判断を下し、日本にも子宮頸がん撲滅の日が早く訪れることを願わずにはいられない。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton

米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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