【特集】豪州経済の針路を占う/中国景気減速、英EU離脱の影響は?


最大の輸出先である中国経済のスローダウンや英国の欧州連合(EU)離脱決定を受けて、世界経済の行方に暗雲が立ち込めている。四半世紀連続でプラス成長を続けてきたオーストラリア経済はどこへ向かうのか。その現状と見通しについて、真相を探る。文=守屋太郎

現在40代後半のいわゆる「アラフィフ」世代より若いオーストラリア人は、社会に出てから「不景気」というものを経験していない。ましてや、20代半ばの若者たちは、生まれてからずっと右肩上がりの経済成長を謳歌してきた。ビジネス界の中核を占める熟・中年層から、仕事を始めて間もない若年層に至るまで、景気が悪いという実感を体験したことのない世代が大半を占めている。

オーストラリアの国内総生産(GDP)成長率が、最後に景気後退(リセッション=2四半期連続のマイナス成長)を記録したのは、今から25年前の1991年6月四半期。世界は湾岸戦争やソ連崩壊に揺れ、日本はバブル崩壊後の長いトンネルの入口にいた。オーストラリアの景気も89年頃から低迷し、8年間首相を務めたボブ・ホーク氏(労働党)が退陣に追い込まれるなど、政治も混迷の時代を迎えていた。

その頃のオーストラリアは、現在の常識では信じられないような高金利・高インフレにも見舞われていた。公定金利は15%前後、消費者物価指数の上昇率は10%近かった。労働組合の力が現在よりも圧倒的に強かったため、企業は多発する労働争議に頭を抱えていた。

景気後退知らずの成長は26年目に突入

それから四半世紀。オーストラリアは一度もリセッションを経験することなく息の長い経済成長を維持し、連続プラス成長は今年で26年目に入った。英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』によると、主な先進国の中でこれほど長いプラス成長を記録した例は、80年代に北海油田の発見に沸いたオランダ(1982〜2008年)しかない。

この25年間、オーストラリアの実質GDPは約2.2倍に拡大した。フルタイム就労者の1週間当たりの名目平均収入は、560ドル80セント(91年5月)から1,575ドル90セント(16年5月)に3倍近く増加した。1人当たりGDPや所得水準で見て、オーストラリアは一定の規模を持つ先進国の中で最も豊かな国の1つになった。「100年に一度」と言われた2008年の世界経済危機(GFC)後も、大胆な財政出動と金融緩和の合わせ技でリセッションを回避した。

オーストラリア準備銀行(RBA)によると、消費者物価は25年間に82.9%上昇した。91年に10ドルだった商品やサービスは、16年には18ドル30セントまで上がった計算になる。肌感覚の物価上昇幅はより大きい。例えば、1杯1ドル50セント前後だったパブの生ビールは現在、6ドル以上と名目で4倍以上高くなっている。長年のデフレに慣れた日本のビジネス・パーソンが出張でオーストラリアに来て、1杯16ドルのラーメンや20ドル以上の塩サバ定食に驚くのも無理はない。

とはいえ、25年間の物価上昇率を年率に換算すると2.4%にすぎない。RBAのインフレ目標である「2〜3%」のほぼ真ん中に収まっている。かつての狂乱的な物価高とは程遠く、マイルドなインフレに抑制されてきた。

中国減速で資源価格は急落

オーストラリアの長い経済成長をけん引したのは、中国主導の資源輸出ブームというのが定説となっている。

連邦産業・イノベーション・科学省の報告書によると、13/14年度のオーストラリアの鉱物資源輸出額(実質)は1,235億ドルと10年前から2.8倍に膨れ上がったが、その間に中国向け輸出の割合は全体の10%から60%まで拡大した。特にオーストラリア最大の輸出商品である鉄鉱石の対中輸出は00年以降、爆発的に伸びた。13/14年度の鉄鉱石輸出額747億ドルのうち、中国向けの比率は8割近くまで高まった。鉄鉱石に次いで多い原料炭(製鉄用)も、輸出額全体の233億ドルのうち中国向けは4分の1を占めるようになった。

しかし、その後の中国経済の減速を受けて、主な資源価格は大幅に下がっている。オーストラリア産鉄鉱石は増産で輸出量が拡大しているものの、1トン当たりの指標価格(実質=年間平均)は、14年89.2米ドル、15年50.9米ドルと下落し、16年には44.2米ドルと2年前の半値まで落ち込む見通しだ。

オーストラリアの資源投資ブームは、既に12年頃にピークを迎えたとされる。その頃のプロジェクトが完成して出荷を開始したところに、価格下落が追い打ちをかけた。オーストラリアの主な大手資源・エネルギー企業の収益は打撃を受け、新規プロジェクトの中止や縮小、人員削減を加速させている。

オーストラリアの長い経済成長が、とうとう息切れするかもしれない――。経済の先行きに悲観論が広がったのはちょうど1年前。中国発の世界同時株安「チャイナ・ショック」がオーストラリア市場に連鎖し、豪証券取引所(ASX)の株価は急落した。資源価格と連動性の高い豪ドルも一時1米ドル=70豪セントを割り込んだ。主要メディアは「オーストラリア経済は、四半世紀ぶりにリセッションに突入する可能性がある」とセンセーショナルに報じた。

成長と雇用はむしろ上向いてきた

ところが、直近の主なファンダメンタルズ(経済の基礎的指標)を見る限り、オーストラリア経済を巡る状況は今年に入ってむしろ好転している。豪統計局(ABS)によると、1〜3月期の実質GDP成長率(季節調整済み)は、前期比1.1%増と12年3月期以来の伸びを記録し、事前のエコノミストの予想0.8%増を大幅に上回った。

同期の成長率は前年同月比では3.1%増となり、連邦財務省や豪準備銀行(中央銀行)が目安とする長期トレンドの「3%台半ば」にほぼ近付いてきた。3年間に約100万人のペースで人口増が続くオーストラリアで雇用を安定的に維持するには3%以上の成長が不可欠とされる。現在の水準は、景気が過熱するわけでも、冷え込むわけでもない「巡行速度」と言える。

シドニーの豪準備銀行本店
シドニーの豪準備銀行本店

商品価格下落の直撃を受けるブラジルやロシアなどの他の資源国、長期的な停滞感が漂う欧州、増税後の消費低迷を引きずる日本、利上げのタイミングを図りきれない米国――。単純に比較できないが、海外からはオーストラリアが優等生に見えるだろう。

GDP統計と並んで重要な指標である雇用統計を見ても、改善の兆しははっきりとしてきた。失業率(季節調整済み=ABS)は、14年6月から1年以上、6%台で高止まりしていたが、16年7月には5.7%(前月比0.1ポイント下落)まで低下した。「完全雇用」(就業希望者がほぼ全員仕事に就いている状態)に近いとされたGFC前の4%にはまだ遠いものの、13年10月以来の低水準にある。就業者数は過去1年間に21万2,300人(1.8%)増加し、労働参加率は61.1%と0.2ポイント上昇(いずれもトレンド値)している。

金融緩和が内需を下支えしている

オーストラリア最大の輸出商品である鉄鉱石など資源価格が軒並み下落する中で、景気がむしろ上向いている現状をどう読むべきか?

まず第1に、史上最低水準の低金利政策が、住宅購入や消費など内需を刺激し、かなりの効果を上げている可能性がある。RBAは8月2日の金融政策会合で、現行制度下で過去最低の水準にあった政策金利をさらに0.25ポイント引き下げ、1.5%にすると発表した。11年以降12回にわたって引き下げており、今年に入ってからは5月以来2回目の利下げとなった。

再利下げの狙いは、デフレの芽を摘み取ることにあるようだ。9月にRBA総裁を退任するグレン・スティーブンス氏は声明で、オーストラリア経済の現状について「(資源部門の)事業投資が縮小している反面、内需と輸出、雇用は順調に拡大している。低金利は内需の拡大を促している」と指摘。その上で同氏は、賃金の伸びが抑制されている中で「物価上昇率をターゲット(2〜3%)に引き上げること」を目的に、再利下げに踏み切ったと説明した。これまでの低金利を背景にシドニーやメルボルンの住宅価格は高止まりしているものの、さらなる利下げが不動産市場を混乱させるリスクは遠のいたという。

GDP成長率

雇用市場

公定金利の推移*

中国製鉄鋼と鉄鉱石スポット価格の推移

豪ドル安が資源価格下落を相殺

第2に、資源価格の下落と共に進行している通貨安のプラス効果がある。豪ドルの対米ドルレートは10年の終わりから13年の初めまで、おおむね1豪ドル=1米ドルの「パリティー」(等価)を上回る歴史的な水準で高止まりし、輸出産業を中心にオーストラリア経済を疲弊させた。

しかし、その後、資源国通貨である豪ドルは資源価格の下落に連動して下げに転じ、8月末の時点では1豪ドル=75米セント近辺で推移している。景気が悪化してリスク・オフの傾向が強まると、資源価格との連動性が強い豪ドルは売られる傾向が強い。

そのため、景気悪化の局面では、海外市場で豪州産資源の価格競争力が増し、通貨安が資源価格下落のマイナスを吸収する「ショック・アブソーバー」(自動車のサスペンションの衝撃吸収装置)のような役割を果たしている。世界的な景気悪化の局面で相対的に安全な資産である円が買われ、輸出産業がさらにダメージを受ける日本とは正反対の現象と言える。

もっとも、ブラジルやロシアなどの新興国では、急激な通貨安は海外の資金引き上げを誘発し、信用不安につながる可能性がある。その点、オーストラリアは信用力が高いため、そうしたリスクは小さい。実際、08年のGFC直後など過去のリスク・オフ局面では、オーストラリアは通貨安の恩恵を受けて資源の輸出競争力を拡大し、景気回復につなげてきた。スティーブンスRBA総裁も前述の声明で「13年以降の豪ドル安が輸出を下支えしている」と指摘している。

資源部門はGDPの1割以下にすぎない

9月に豪準備銀行総裁に就任するフィリップ・ロウ氏
9月に豪準備銀行総裁に就任する
フィリップ・ロウ氏

「ニュー・エコノミー」への転換を訴えるスコット・モリソン連邦財務相

「ニュー・エコノミー」への転換を訴える
スコット・モリソン連邦財務相

第3に、オーストラリアの資源依存度は、一般的に言われているほど高くない。連邦産業・イノベーション・科学省によると、14/15年度のオーストラリアのGDP総額に占める資源部門の割合は9%、資源部門の雇用者数も2%程度にすぎない。

中国主導の資源輸出ブームがオーストラリアの景気拡大を支えてきたのは確かだし、建設業などの関連産業や政府の税収への寄与度が高いことも否定できない。だが、オーストラリアの産業構造は、サービス業がGDP全体の75%(同年度)を占める成熟した先進国型だ。資源部門に過度に依存した「一本足打法」ではない。このところの資源価格の下落が深刻な景気後退を引き起こしているブラジルやロシアなどの新興国とは、経済の構造が異なる点に留意する必要がある。

オーストラリア経済の堅調な現状を見る限り、これまでメディアで言われていた「資源ブームの終焉」や「中国経済の減速」によるマイナスの影響は、誇大に強調されていた可能性も否定できない。

スコット・モリソン連邦財務相は「空前の資源投資ブームから、変化に富んだ強力で新しい経済への転換」を訴えている。一朝一夕では実現できない中・長期的課題と言えるが、保守連合政権はそうした成長戦略の一環としてイノベーション(技術革新)主導の国作りを掲げている。

世界情勢にはなお懸念材料が山積

それでもオーストラリア経済の行く手には、依然として不安定要素が待ち受けている。

短期的なリスク要因としては、今年末の米大統領選で、極端な保護主義を主張するドナルド・トランプ氏が勝利する可能性が挙げられる。先の英国のEU離脱決定に続いて、高い関税による自国産業の保護などを掲げるトランプ氏が勝利し、来年のフランス大統領選で右翼政党のマリーヌ・ル・ペン氏が選ばれれば、これまで数十年にわたったグローバリゼーションの時計の針が巻き戻されることになる。世界の金融市場は一気にリスク・オフに傾斜し、貿易自由化の恩恵を受けてきたオーストラリア経済も影響は避けられない。

中国経済の先行きは依然不透明なベールに包まれている。もし第2、第3のチャイナ・ショックが起きれることがあれば、ASXの代表的な株価指数「S&P/ASX200」が再び5,000の大台を割り込む展開も想定されるだろう。

その他、米国によるシリア・イラクへの地上軍投入、南シナ海での米中の緊張拡大、北朝鮮の挑発激化といった地政学リスクも、発生すれば影響が大きい問題になり得る。

英EU離脱は、6月の決定直後こそ金融市場に衝撃を与え、「S&P/ASX200」も一時5,100台まで下げたが、その後は8月末までに5,600台を回復。現時点での金融市場への影響は限定的なものとなっている。今後2年間かけるとされる離脱交渉の行方が焦点だが、オーストラリア経済への直接的な影響はいったん遠のいた格好だ。

足元に目を移せば、ターンブル首相率いる保守連合政権は7月の連邦選挙で議席数を大幅に減らし、わずかな差で勝利して再選を決めた。今後ターンブル首相が政権運営に手こずり、政治が不安定化する可能性がないわけではない。そうなれば、選挙後に露呈したオーストラリア国債の格付引き下げを巡る懸念が再燃しそうだ。

こうしたリスク要因が顕在化すれば、オーストラリアの金融市場にも大きな影響を与え、実体経済への波及も避けられないだろう。現時点で仮にGFC級の経済危機が到来した場合、当時と比較すると、既に公定金利を1.5%まで引き下げているため金融緩和の余地は狭まっている。財政赤字も拡大していることから、景気刺激策の選択肢も限られてくる。連邦政府・BAはより難しい財政・金融政策の舵取りを迫られそうだ。

ともあれ、より長期的な視点で見れば、所得水準が高く、今後も安定的に人口の増加が見込めると共に、カントリー・リスクの小さいオーストラリアは、市場としても投資先としても魅力的と言える。資源ブーム期の高成長は期待できないかもしれないが、やや減速しつつも適度なスピードを維持しながら、安定的な成長を維持していくと予想される。

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