バン・ディーメンズ・ランド植民地の海賊船、日本に

イギリスの英語教師サーファーが生徒と謎解き

 1832年にバン・ディーメンズ・ランド植民地(現タスマニア州)の捕鯨船が北海道の厚岸に来て、地元民を人質に取り、厚岸の役人と交戦するという事件が起きているが、それより少し前にも同植民地政府の船が囚人の船乗りに乗っ取られ、徳島県牟岐の沖合に来ていたことを、神戸で英語を教えているイギリス人サーファーと82歳の生徒が解明した。

 ABC放送(電子版)が伝えた。

 1829年、流刑地に補給物資を運ぶブリッグ船(横帆2本マスト船)のサイプラス(キプロス)号が、囚人に乗っ取られ、ウィリアム・スワロウが船長になって海の彼方に去った。最終的にサイプラス号は中国で拿捕され、スワロウ船長が、「日本にも行った」と証言したが誰も信用しなかった。

 3年前、日本に30年間住み、神戸で英語を教えているイギリス人サーファーのニック・ラッセルさんが牟岐町の出羽島の浜小屋を購入したが、1830年にその沖合に異人船が停泊し、地元役人が砲撃して追い払ったと話を知った。そこで、地元の文書保管庫を訪ね、地元役所の古文書を調べていて、役人の記録と当時の船の絵を見つけた。その船にはred ensign(英国商船旗)が描かれていたが船名はなかった。

 役人の筆書きは読み解くことができず、シノダさんという82歳の生徒に現代文に直すよう依頼した。そこで、ラッセルさんは、1830年より前の「船の叛乱」を調べ、1829年のサイプラス号の叛乱を突き止めた。

 さらに、1825年にホバート港にあったブリッグ船、サイプラス号がオーガスタス・アールの筆で描かれており、今はNSW州立図書館が所蔵している。そのサイプラス号はTAS島西岸のマコーリー・ハーバーの流刑地に物資を運ぶ途中、悪天候を避けるために島南部のレシェーシェ・ベイに停泊したところで乗っ取りがあり、18人の囚人を乗せた船は海の彼方に消えた。

 出羽島の沖に停泊した船の乗組員は、牟岐の役人の小舟にいくつか贈り物を投げたが、役人はすべて投げ返しており、また、幕府の方針に従って大砲で威嚇射撃した結果、異人船は立ち去っている。
■ソース
The brig Cyprus: How an English surfer solved the mystery of an Australian pirate ship in Japan

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