【今さら聞けない経済学】変動相場制の「弱点」を補うには?

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第7回:変動相場制の「弱点」を補うには?

世界には、有名な経済学者がたくさんいます。中にはノーべル経済学賞を受賞するくらい有能な経済学者が何人もいますが、どんなに素晴らしい英知を集めても、世界経済を今以上に安定させる方策は見出されていないのが現状です。

世界には200ほどの国と地域がありますが、そのそれぞれが自国の通貨を持っていることが経済問題を一層複雑にしています。もっとも独立国の「証し」として自分の国の通貨を持つということはとても大切なことです。

そこまで言うと「おや、ヨーロッパのいくつかの国はユーロという共通通貨で結ばれているのでは?」という問いかけが出てきますね。そうです、ヨーロッパの国々は「もう通貨の交換に基づく混乱から逃げ出そう。いっそ1つの通貨でヨーロッパを結んでしまえば経済が安定するのでは」と考えユーロを生み出したのです。これは立派に変動相場制からの脱却でありました。今回は、変動相場制の弱点とそこから脱する方法について考えてみましょう。

フリードマンと変動相場制

変動相場制の生みの親と思われていたミルトン・フリードマンという偉い経済学者は「この世で一番大切なことは“自由”であることだ」と言いました。自分の国の政府も「小さな政府」が良いのであって、政府は民間の経済活動にあまり口出しをしないほうが良い、政府がすべきことはお金(通貨)に関することだけで、そのほかはすべて経済の仕組みに任せなさい、と言ったのです。これを「新自由主義」や「マネタリズム(通貨主義)」などと呼び、1970年代の初頭に世界的にもてはやされた主張でした。

もっともフリードマンは、一部の経済学者からは「変人」または「過激(Too extreme)」と見られていました。日本でノーべル経済学賞に一番近いと言われていた、今は亡き宇沢弘文という世界の尊敬を一身に集めた偉い経済学者も、フリードマンの考えを受け入れていませんでした。

しかし、世界の通貨体制はフリードマンの考えによって構築されたことは間違いありません。この考えによれば、「外国為替相場の問題を経済の自然の仕組みに任せれば、ちゃんとあるがままの安定的な水準に落ち着くものだ。そして、その結果として世界経済は安定する」ということになります。そこで世界の主要国も、その通りに違いないとフリードマンの主張に従い、73年春に「変動相場制」を取り入れたのですが、現実には世界経済は一向に安定しないどころかますます「不均衡」な状態に陥った、とも考えられます。それはなぜなのでしょうか。

変動相場制の弱点

変動相場制が世界経済を安定化させない理由はいくつかありますが、最たる要因は、為替相場は「経済の実情によって変動する、ということから大きく離れていた」ということです。つまり為替相場は「思惑」で揺れ動く、という現実から遊離できなかったのです。

皆さんは、世界では1日にどれくらいのお金(資金)が動いていると思いますか?何と、日本円にして500兆円以上も動くと言われているのです。500兆円といえばちょうど日本のGDP(国内総生産)と同程度の金額。これだけの大きなお金が、世界の中で何か良いことがありそうな所にドーッと流れ込んでいくということです。

確かに為替相場は、変動相場制の下では「需要と供給」によって変動します。しかしその変動が起こるのは経済の法則によるものではないと見られているのです。つまり「経済が強い国の為替相場は高くなる」という法則が成り立たない、とも考えられます。このことを具体的に考えてみましょう。

アベノミクスの効果で円高から円安になった、と言って日本は大喜びしました。それはなぜでしょうか。アベノミクスが成功しているからでしょうか。いいえ、そうではありません。アベノミクスの「3本の矢」の1つが「異次元の金融緩和」という政策でしたが、この政策によって、日本はデフレから脱却しインフレを作り出しますよ、と世界に宣言したのです。これからずっとインフレを続けるということはつまり、日本の通貨「円」の価値は下がりますと世界に宣言したのと同じことです。そこで世界の機関投資家と呼ばれる人々は「よし、それなら日本の円をこれ以上持っていても儲からないから、もう手放そう」と、国際資本市場へ円を大量に売りに出したのです。そうして円は「安く」なった、つまり、アベノミクス以前には1ドルが85円や90円であったのが、一気に100円になり、120円までに下がったのです。

こうしたことから分かるように、為替相場は現実の経済状態を反映せずに、世界の投資家たちの「思惑」によって変動する、ということになります。このような変動の仕方は、それこそ「危ない」と考えなければなりません。

変動相場制と中国の通貨当局の動き

最近、世界経済に大変な出来事が起こりました。その発信地は中国でした。中国はそれまで、世界経済を引っ張るほどの勢いがあったのです。驚くことに、過去10年ほど、年率にして10パーセント以上の経済成長率を誇ってきたのです。かつては「アメリカがくしゃみをすれば日本が“肺炎”になる」といわれるほどアメリカ経済は強く影響力があったのですが、今のアメリカにはそれほどの勢いはなく、それに代わって中国が世界経済をリードする役目を担っていたのです。しかしその中国の経済成長に「陰り」が見え出し、10パーセントの達成率はもうとっくの昔のことで、今の成長率は7パーセントだと見られています。さらに一部の専門家の言葉を借りれば、中国の成長率はもう5パーセントを切っていると見ることもできます。

そこで、中国の経済当局は為替相場を切り下げたのです。皆さんの中には「え、中国は勝手に為替相場を切り下げてもいいの?そんな自分勝手なことをしてもいいの?」と訝る人もいるのではないでしょうか。その通りです。もし、日本がそのようなことをしたらルール違反として世界中から「袋叩き」に合うでしょう。変動相場制の下では、為替相場は市場によって決められるのですから。

しかし、中国は「管理変動相場制」を採っているのです。これは、「ある基準の中でドルと元との相場の幅をちゃんと管理します。その基準外では当局“操作”をします」という、いわば自分勝手な制度なのです。したがって、中国はこの管理変動相場制の下で為替相場を操作し切り下げたのです。

中国は、輸出業によって栄えている国です。比較的安い労働力で生産し、それを世界に輸出することによって経済が成り立っていました。しかし、その輸出が思わしくいかなくなると見るや、1ドルの値を勝手に下げ、自国に有利な為替相場を取り入れたのです。それによって世界の為替相場は混乱し、世界経済は大きなダメージを受けました。当然日本経済もその影響を受け、株価が大きく下がってしまったのです。

本来、変動相場制の下で為替相場はその「需要と供給」によって決まってくるものですから、中国のように自分の都合で勝手に下げてしまうことはやってはいけないのです。そんなことをすれば第2次大戦の時のように、自国の利益のための「為替相場の切り下げ競争」が発生し、それが発端となって国々が戦火を交える、ということにもなりかねません。

中国は今や世界でGDP第2位の経済大国になったのですから、1日も早くほかの先進国のように完全変動相場制の下で通貨当局に経済運営を実行してほしい、というのが世界の期待する趨勢(すうせい)です。

変動相場制がこのように不完全な制度であるため、世界経済に突如として大きな変動が発生するという危険がつきまとうのです。

変動相場制の欠点から逃れる方策

もし日本が為替相場の急激な変動から逃れたいと思ったら、その1つの方策として、外国との取引を「円で決済」するという方法が考えられます。日本の企業がオーストラリアと取引をする時、輸入代金を「円」でください、という約束の下で実行すれば良いのです。これを「円の国際化」と言います。

つまり、日本と外国との取引において日本の円を取引通貨として使用するのです。私は、目下大きな問題になっている環太平洋経済連携(TPP)において、この経済圏での取引に使用する通貨をぜひ日本の「円」にしていただきたい、と考えています。

もし全世界経済の約40パーセントのGDPを占めるこの圏内で「人・物・金」の取引の自由化が実現し、この圏内だけでも日本の「円」での取引が自由に実行されるようになれば、日本にとって非常に大きなメリットになると思います。そんな時代がすぐそこまでやって来ているようにも見えるのです。

次回は、世界の通貨の取引はどのようになっているのかについて考えてみましょう。


岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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