【今さら聞けない経済学】近代経済学の基礎を作ったケインズと、アベノミクス

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第13回:近代経済学の基礎を作ったケインズと、アベノミクス

近代経済学とは?

ひと頃、洋の東西を問わず経済学を学んでいる人びとの間で「Everyone is Keynesian」(誰もがケインズ主義だ)、という言葉が流行しました。つまり、ケインズの考えを知らずして経済学を語るな、ということです。経済学といえばケインズ経済学を意味し、大学の新入生から老教授までほとんどの人がケインズの経済理論を学び、そして教えたのです。「ケインズを知らずして人にあらず」という雰囲気が経済学を学ぶ人々の間で漂っていた、といっても過言ではありませんでした。

俗に言う「近経」(近代経済学)とは、ほぼ一貫してケインズ経済学を意味し、「マル経」(マルクス経済学)と両岸に対峙していたのです。例えば、大学で専門課程に入って専門演習(ゼミ)を履修する時、近経かマル経かで学生たちは大いに迷ったものでした。しかし、どうやら近経のほうが、金融、商社、証券、更には国家公務員などの就職に有利らしい、という理由でそちらを履修するのが一般的になりました。

ところがケインズが書いた本もその翻訳書もとても難しく、並の人では読んでも何が書いてあるのかさっぱり分からない、というのが実情です。そこで私のような「出来の良くない学生」は、オリジナルの本でなく「解説書」を一生懸命に読んで勉強する、ということになりました。当時は解説書もまた多く出回っていたのです。それほどケインズが著わした『一般理論』は難解で、それと同時にほぼ全ての人にとって必読の書でもありました。

今回は、ケインズ経済学とはどのようなことを主張しているのか、今でも学ぶ必要があるのか、などについて考えてみます。

ケインズと「ケインズ経済学」

ケインズの父親、ジョン・ネヴィル・ケインズは、ケンブリッジ大学の経済学の先生で、母親のフローレンス・エイダは文筆家でケンブリッジ市当局の行政官を経て最後には市長にまでなった人です。ケインズは、いわば知的水準の高い家柄の長男として、1883年にケンブリッジのハヴェイ・ロード6番地で生まれました(なぜ私が番地まで知っているかと言うと、1998年に3カ月だけオックスフォード大学に滞在していた時、実際にそのハヴェイ・ロードを探したからです。残念ながら、私の英語力の不足ゆえかどうしても見つからなかったのですが、20世紀が生んだ最大の経済学者であり、思想家でもある人物はどのような環境で生まれ育ったのか、自分の目で見たいと思ったことがきっかけでした)。

当然ケインズはケンブリッジ大学に進みましたが、当時のハイ・ソサエティーの常として学問には身を入れず、エリートの集団の人々との知的な会話を楽しむというような生活をしていたそうです。大学を出て数年は公務員としてインド省に勤めましたが、どうやらケインズには向かなかったらしく数年で辞め、それ以降は母校のケンブリッジ大学で「金融論」を中心として講義をするようになりました。

そこでケインズが本格的に経済学を勉強するようになった時、当時の大御所であったアルフレッド・マーシャルという経済学者が、同大学で経済学を教えていました。このマーシャルは古典学派を代表する経済学者と言われ、経済学を学ぶ人は一度はマーシャルの書物を手にするものです。このマーシャル教授にとても可愛がられたケインズは、マーシャルが後任を選ぶことになった際、当然自分が選ばれると思っていましたが、マーシャルはケインズではなく、ピグーという別の人物を選びました。その時のケインズの落胆は想像を絶するものがあったとも語り継がれています。ケインズはこれまで系統立てて経済学を学んでこなかったことによって「就職試験」に落ちた、ということなのですが、いつの時代も勉強すべき時にちゃんとしておかないと、チャンスは自分の手から落ちてしまうのですね。

それでも、マーシャルはケインズをとても可愛がり、ケインズが28歳の時にイギリスで最も権威のある経済学の専門誌『エコノミック・ジャーナル』の編集者にケインズを抜擢したのです。このチャンスにケインズは猛烈に経済学を勉強し、そして経済学の栄光への道を目指すこととなったのでした。

ケインズ経済学の核心―消費は美徳

1936年に出版されたケインズの代表作『雇用・利子および貨幣に関する一般理論』は、世間では簡単に『一般理論』として知られ、世界中の経済学徒によって紐解かれています。この書物でケインズが人びとに問いたかったのは、なぜ失業は発生するのか、どうすれば失業問題は解消するのか、更に経済が限りなく成長し続けるためには何が必要か、という大きな問題でした。それゆえ、ケインズのこの書物は『失業理論の書』とも言われています。

世界の経済史を振り返ると、世界大恐慌という大きな出来事が目に入ります。1929年から33年にかけて、世界は転覆するのではと思われるほどの大不況に襲われました。29年の秋、ニューヨークのウォール街で株が一挙に暴落したことをきっかけに、考えられないほど大量の失業者がアメリカにあふれ、経済は奈落の底へ落ちていったのです。世界最強の経済力を誇っていたアメリカが転落したので、世界各国に一挙に大不況がやってきたという有り様でした。

さて、その時に登場したのが我らがケインズでした。ケインズは、失業の原因と経済の建て直しの諸方針を『一般理論』で解明してみせたのです。失業の原因は、人々が物を買わないから、つまり、需要不足ゆえに企業の業績が落ちてしまい、そこで失業が発生し、これが経済の足を引っ張る、「失業の原因は需要不足」と主張するのです。そこでケインズは、これまでの経済理論では考えられなかった「消費は美徳」という主張を展開したのです。

これを、一般の経済理論に当てはめて考えてみましよう。それはよく知られている1つの式で表現されます。

Y=C+I+G

これは「マクロ経済方程式」と呼ばれ、皆さんもこの式を大学で学んでこられたでしょう。Yは「生産」、Cは「消費」、Iは「投資」、そしてGは「政府支出」をそれぞれ表し、ケインズはこの式の右辺に注目します。Cがどんどん増大すれば、Yも増大します。Yが増大するということは一国のGDPが増大する、つまり経済が拡大するということです。そこでケインズは、消費を増大させることこそ一国の経済を活性化させる最善の方策であると説き、「消費は美徳」という考えを編み出したのです。

さて、消費を増大させるにはどうすれば良いのでしょうか?その方法は、第1に「人々の所得水準を上昇させること」、第2に「税金を下げ、人々が自由に使えるお金(可処分所得)を増大させること」、第3に「消費意欲を掻き立てるような商品を開発すること」などが考えられます。

更に上の式に注目すると、民間企業の投資(I)が増大すればGDP(Y)も増大することが分かります。投資(I)を増大させるには、金利を安くして、お金を使いやすくすることが重要です。次に、政府支出(G)ですが、これは財政支出の増大、つまり公共投資の増大を意味します。ケインズは、この財政投資の役割をとても重要視したのです。政府にお金がないと使うこともできませんが、しかしケインズは「いいえ、政府はちゃんとお金を使えますよ。『借金』をすれば良いのです」と、赤字財政を主張します。政府がお金を使ってどんどん鉄道、橋、道路などの公共事業を増やせば、それを請け負う企業にお金が入り、企業に働く人々の給料が増大して、「消費活動」が活発になり、経済は活性化するというのが彼の主張です。

ケインズ経済理論とアベノミクス

さてここで、ケインズ理論と日本の「アベノミクス」との整合性を考えてみましょう。アベノミクスの第1の目的は日本の「大デフレ」の克服でした。デフレとは、物価水準の下落に基づく「不況」です。日本のGDPは、ほぼ20年間も見るべき増大をしていません。かつてはアメリカについで第2位という地位を占め、世界に冠たる存在だった日本のGDPですが、今では日本における人びとの消費活動は戦後最低と言われるほどです。

つまり、先ほどの式の「Y」(生産)が全く増大していないのです。「Y」を増大させるには、可処分所得を増大させ、人々の消費活動を活発化させることが大切でしたね。そんな時、アベノミクスは消費税を5%から8%へ引き上げました。更に2017年からは10%に増大させようとしています。くどいようですが、消費税を上げるということは人びとの可処分所得が低下するということです。

この方策は、ケインズ政策から考えて、果たして正しいでしょうか?もちろん、今の日本の財政状態は世界的に見ても最悪の状態ですから、財政規律の確立を求める政策を取ることは、超高齢化社会に突入しつつある日本にとって非常に大切です。しかし、財政の源を求める方策は、もっと別のところにあるかもしれませんね。

アベノミクスは今、人々の賃金を増大させようとする政策を採っています。賃金が上がれば消費活動が活発化するからです。しかし、今の日本ではなかなか賃金が増大しないどころか、正規の雇用が減少し、一時雇用といわれる「非正規雇用」が40%にも増えています。非正規雇用の人々の賃金は増大しませんね。そこで日本の消費水準、つまり、マクロ経済方程式の「C」の部分が増大しないのです。

もしケインズが生きていたら、安倍政権に何と忠告するでしょうか。今の日本に必要なのは、「生きているケインズ」かもしれませんね。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了、フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業析研究所主宰

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