【今さら聞けない経済学】経済理論を組み立てた先駆者たち

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第29回:経済理論を組み立てた先駆者たち

オーストラリアでご活躍中の皆さんにとって今年の冬の寒さはいかがだったでしょうか。日本では、とりわけ今年の夏は温暖化による異常気象の影響で、風水害による大きな災害が各地で発生し、その土地の人びとはとても大変な目に遭われています。世界のリーダーの皆さんには地球全体の温暖化対策については何をさておいても取り組んで欲しいと思います。アメリカのトランプ大統領には、地球温暖化に対する世界規模での対策である「パリ協定」にぜひ賛成して欲しいと世界中の人びとが願っているでしょう。それが世界で最も影響力のある国の「リーダーの在り方」だと言えますから。

現在のように世界規模で「相互依存体制」の下で成り立っている世界の環境と経済の現状を考えてみると、自分の国さえよければ良いという「自国ファースト」の考えだけに裏付けられたリーダーは、真のリーダーとは言えないのではないでしょうか。皆さんはどのようにお考えでしょうか。

近代経済学の理論の組み立て

これまでの連載で、何回かにわたって経済学の理論を組み立ててきた先駆者たちの考えを見てきました。それらは、経済学の父と言われたアダム・スミスであり、マルクス経済学の生みの親と言われるカール・マルクスであったり、今日の世界経済の組み立てを築いたジョン・メイナード・ケインズの考えでした。

そこで今回は、経済学が理論的に成り立っている根本的な考えに焦点を当てて考えてみたいと思います。まず、「限界効用」「限界生産力」「限界費用」「限界利益」「限界収入」といったように、「限界」という言葉で表現する経済の仕組みはたくさんありますが、日頃会話の中で使われる言葉でもあります。

例えば、皆さんはビールをしこたま飲んだ時、更に友人からもっと飲むように勧められると「もう限界だ」と言って断るでしょう。また、一生懸命に徹夜して働いた時、「もう限界だ」と言って倒れてしまうことがあるでしょう。これらの限界という考えが、経済学の成り立ちには非常に大切であり、経済理論が形成されているということを、皆さんにはまず知って頂きたいと思います。

効用の対価である価格

さて、経済理論の中で最も大切な理論は、誰が、どこで、どのようにして、物の値段を決めるのかということです。世の中には、ただ(=無料)という物はありません。どんな物にもちゃんと値段(=価格)が付いています。

物を買うことを「需要」と言い、売ることを「供給」と言います。経済学において、物の値段は、市場において物を買う人と物を売る人の両者の駆け引きで決まる、つまり、市場における需要と供給との関係で物価は決定されるというのが経済学の基礎理論でした。そのことは、全く間違いありません。

しかし、もっと根本的な問題を考えてみると、人はなぜ「物」を欲しがるのでしようか。

例えば皆さんはどうしてビールを飲むのでしょうか。それは欲しいから飲むのだ、と言ってしまえばその通りです。しかし、人はなぜビールを欲しがるのかということを理論的に説明すると、人びとはビールを飲むと、「うまい」ということを味わうからです。そのことを経済学の分野においては、ビールが持っている「効用」と言います。あらゆる物(経済学では「財」と言います)には「効用」があり、それを人びとは求めるのです。当然、それを手に入れるためには、財が持っている効用に相当する対価を払う必要があります。

つまり、価格は財の効用に対して支払うというのが経済学の基本的な考えです。これが、価格の成り立つ第一歩ということになります。

入手可能性によって変わる価格の差

また、財にもいろいろあります。経済学では、よく「水とダイヤモンド」で価格の成立について説明されます。人間が生きていくためには水はとても大切で、水がないと人間は生きてはいけませんが、基本的にただで、いくらでも飲めます。一方、ダイヤモンドは人間が生きていくためには必要ありませんが、恐ろしいほど高価です。

生きていくためには必要不可欠な水がただで手に入り、不必要とも言えるダイヤモンドが異常に高価なのはなぜでしょうか。それは水とダイヤモンドが持っている「入手可能性」(アベイラビリティー)によって価格に差が付くためです。水は無限に存在し、そこに価格は付けられない一方で、ダイヤモンドは極めて希少性に富み、入手困難であると考えられます。このことを現実の経済関係で考えてみると、よく分かるのではないでしょうか。

例えば、優秀な人材は給料がとても高いです。他方で、大して優秀でない人材は給料が高くありません。このように労働市場でも、賃金格差の発生原因がこの理論によって説明できるのです。これは「人材のアベイラビリティー」の問題です。つまり、優秀な人材は入手困難であるため、優秀な人材に対する価格である給料が高いということになります。

限界効用と限界革命

先に、価格はその財が持っている効用によって決まると述べました。では、もう少し厳密に、ビールを例にして考えてみましょう。

暑い真夏、勤務後に「街の居酒屋で飲む1杯のビール」ほどうまい物はありません。今日も一生懸命に仕事をして良かったと、皆1杯のビールから無情の喜びを感じるかと思います。そこで、もう1杯ということになり、更にもう1杯と次から次へと飲み干していく。そして最後には、もう限界ということになります。

最初に1杯目のビールにはどんなに高くてもいいから支払おうと思いますが、飲んでいくうちに要らないとなると、何だかビール代を払うのが惜しくなったという経験をした人は多いと思います。そういう私はビールが大好きな人間で、これまでにこのような経験を限りなくやってきました。経済学の理論を自分で実践しているようなものですね。

さて、ここで経済学の基本的な理論が構築されたことになります。

つまり、1杯目から得られる、うまいという喜び(=限界効用)はとても大きいのですが、2杯目から得られる喜びは少し小さくなります。更に3杯、4杯と飲んでいくとその喜びは、飲む数とは反対にだんだんと小さくなっていきます。これを「逓減(ていげん)」と言います。そして最後にはもう要らないとなります。この一連の現象を経済学者は「限界効用逓減の法則」と呼びました。この法則は、近代経済学の最も基本的なもので、これによって近代経済学は成り立っています。

このことから、ビールの価格決定とダイヤモンドの価格決定のメカニズムを考えていくとよく分かりますね。ビールはすぐ限界に達してしまいますが、ダイヤモンドはいくらあっても、もう要らないということにはなりません。つまり、ダイヤモンドの限界効用は「無限に近い」と言えるため、ダイヤモンドの価格はそう簡単に低下しないわけなのです。

更にダイヤモンドは、そう簡単に手に入りません。そのような財を「希少財」と言います。そこで希少財の価格は高いということになります。先に述べた水はいくらでもありますので、「無限財」と言うのです。

もっとも水に関しては、世界の国々を見ていきますと、必ずしも無限財とも言えない状態にあります。奇麗な空気についても近頃では、だんだんと希少財になりつつありますね。世界の大富豪は、奇麗な空気を求めて大金を払ってでも、世界の別天地へと出掛けていくようですので。

近代経済学の生みの親

さて、このように財の価格決定に当たって、財の限界効用という性質に焦点を当てて価格決定メカニズムを解明しようとしてきた経済学者たちは「限界効用学派」と呼ばれ、限界効用という概念を現実の経済理論の展開に取り込もうとした試みを「限界革命」と呼びます。この限界革命を19世紀の後半に推し進めてきた有名な3人をご紹介します。

その3人とは、イギリスのW・スタンレイ・ジェヴォンズであり、オーストリアのカール・メンガーであり、フランスからスイスのローザンヌに移りそこで大半の学究生活を送ったレオン・ワルラスという経済学者たちのことです。

その昔、私が大学院に入り研究者の卵になった時、まず先生に、ワルラスの書物を読みなさい、それは新古典経済学の真髄ですからと指導されました。しかし、私如きではとても読破できるような書物ではありませんでした。盛んに易しく書かれた解説書を紐解くのですが、それすら難しくて手に負えませんでした。でも経済学を学び、教えることを職業としたからには、どうしてもこのような歴史に残る経済学の理論を構築してきた学者たちの理論を学ばなければならず、非常に難しい思いをしました。

世界に名を残すような理論家の、伝統ある理論を追求することはとても骨の折れる仕事です。悔しいことに、いまだによく分かりません。恐らく学問とは一生掛かる仕事でしょうか。この連載の仕事に取り組むようになって、そんな感情を持つようになりました。



岡地勝二 プロフィル
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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