【今さら聞けない経済学】「行動経済学」とはどのような経済理論なのか

今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第33回:「行動経済学」とはどのような経済理論なのか

毎年秋になると今年のノーベル賞は誰が取るのだろうと、世界が騒がしくなります。これまで物理学、医学、化学といった理科系に関する分野では、ほぼ毎年のように日本人の研究者が賞を、更に文学分野においてもノーベル文学賞や平和賞を受賞してきました。しかし、1969年にノーベル経済学賞で初めて受賞者が出てから半世紀近くも過ぎ去るのに、経済学に関してはこれまで1人も日本の経済学者にノーベル賞は授与されていません。これはとても残念なことです。と言っても誰もノーベル賞受賞を目的に研究する人はいないかもしれませんが。

以前、私がアメリカで勉強していた時、多くの日本人経済学研究者がノーベル賞を受賞してきたと思っている人にたくさん出会いました。なぜなら日本経済は、世界経済においてとても大きな地位を占めているからです。それにもかかわらず日本の経済学者にはノーベル賞が授与されなかったのです。ぜひ日本からノーベル経済学賞の受賞者が出て欲しいと思います。

さて、今年のノーベル経済学賞は「行動経済学」という少し珍しい経済学の分野の研究者に贈られました。この行動経済学とは、一体どのようなことを論じている経済学なのかを今回は考えてみましよう。

ちなみに、これまで行動経済学の関連分野でノーベル経済学賞を授与した人は以下の3人です。

    2002年に受賞

  • ●ダニエル・カーネマン(イスラエル出身で後にカリフォルニア大学の教授として活躍した経済学者)
  • 2013年に受賞

  • ●ユージン・ファーマ、ラース・ピーター・ハンセン(シカゴ大学)
  • ●ロバート・シラー(イェール大学)

古典派・新古典派経済学とは

2017年のノーべル経済学賞は、リチャード・セイラー教授(シカゴ大学)に授与されました。その主な功績は「行動経済学を発展させた」ことです。さてそこで、この聞きなれない行動経済学とはどのようなことを理論化したものなのかを考えてみましよう。それを考えるに当たって、まずこれまでの経済学の主とした考えについて見てみましよう。

経済学の研究の発展過程には、ある流れがあります。その流れはまず「古典派」、更にその流れを発展させたのが「新古典派」と言われています。そこで古典派・新古典派とはどのような経済理論で成り立ってきたのかを見てみましよう。

古典派「経済学の父」アダム・スミス

まず、古典派の経済学ですが、それを確立したのが「経済学の父」と言われたイギリス・スコットランドのアダム・スミスでした。スミスは1776年に『国富論』を公にしてからスミスの考えを中心として経済学は綿々と続いてきたのです。スミスの基本的な考えは、経済活動の中心は「自由取引」が最も大切である、という考えです。それを「自由放任」と言うのですが、その考えを土台としてイギリスでは産業革命が起こり、更に新しい経済理論が展開され、そして18世紀の後半から19世紀にかけてたくさんの経済学者が現れました。その代表としてレオン・ワルラス(1834~1910年)を中心とした新たな経済学の理論「新古典派」が確立されてきました。現在、世界で展開されている経済学の理論のほとんどはこれらの考えを基にしています。

新古典派レオン・ワルラスの考え

その考えとは、あらゆる物には「価格」が付いており、その価格は「需要」と「供給」の2つの「力関係」によって決まってくる、という考えでした。人は限りなく「利益」を「合理的に」追い求め、経済の根本には「思惑」という考えが働く余地はない、とも言われてきたのです。例えば、とても動きの激しい「株の価格」はどのように決まるのかというと、人びとの思惑や景気、つまり世の中のムードなどで決まってしまいます。しかし、そんな株の値段も「実態の経済状態」を反映して決められるというのがこれまでの経済学の理論でした。そのことを表すのが「効率的市場仮説」と言われるのです。つまり、株は基本的には株の背後に控えている経済の実態的な価値によって決められる、という考えです。この効率的市場仮説、という考えはとても大切な考えでした。

更に、新古典経済学の理論形成の中核を占めたのが「合理的期待形成仮説」でした。この合理的期待形成仮説とは、物の値段が決定される市場への参加者は、一様に将来の市場の条件について詳しい情報を持ち、そして正確な知識を持っているので、市場で決まる価格については各人が自分に有利になる行動を合理的に計算できます。従って、市場は常に「均衡状態」にある、という考えです。そのため市場が不均衡状態に陥るということはありえないことになります。この関係が近代経済学の基本関係を築いてきたのです。

「行動経済学」の理論とは

経済の理論がどんどん進むと、物事はちゃんと人の思惑で動くこともある、という考えが現れるようになりました。買い物をする時、現金よりもカードで支払うと、気前よく価格に関係なく支払うことがよくあると思います。また、例えば(A)ギャンブルで得た10万円はすぐに使ってしまう、(B)こつこつと貯めた10万円はそんなに無茶に使わない、それはなぜでしょうか。

従来の経済学では上記の(A)と(B)には区別がありませんでした。しかし、人間は感情で動く動物であり、時には非合理的な「行動を選択」するものです。そこで人間の行動を心理学的に追求し、経済活動の活動を併せて研究しようとしたのが「行動経済学」という分野です。

行動経済学は、人間の非合理的な側面に光を当てて経済現象を追求しようとした新しい経済の理論分野です。アメリカで、なぜ2008年に「リーマン・ショック」が発生したのか、10年になぜヨーロッパで「ギリシャ・ショック」が発生しヨーロッパを始め世界中に伝播したのか、などといった問題を追及するのも行動経済学の分野です。

それに、1980年代から90年代にかけて日本では、なぜあのように人びとは一気に銀行からお金を引き出して、その大金を土地代や株価購入に注ぎ込み、地代と株価の暴騰の原因を作ったのか。そして、なぜ株価が日本の歴史が始まって以来の高値を付けたのか。日本の株価は、89年12月29日に日本の歴史が始まって以来の高値「日経平均=38,915円」を付けました。これら一連の現象を「バブル」と呼んでいます。その問題の発生原因の追求も、経済学分野ではまだ未解決のままです。当時、なぜたくさんの人びとが「狂ったのか」を経済において深く追求することも大切なことです。

日本の国債累積問題と行動経済学

日本ほど世界の歴史が始まって以来「借金」を積み重ねた国はない、と言われています。現在の日本の経済の実力(GDP)は540兆円ほどです。しかし日本政府が抱えている公的な借金残高(国債累積高)は、驚くことに約1,080兆円もあり、その大きさはGDPのちょうど2倍です。アベノミクスの目的は、GDPを600兆円にして、何とか借金財政から脱却することです。

しかし、ほとんどの経済学者が、アベノミクスのシナリオでは、この目的を達成できないと主張しています。なぜ日本人は「平然」とそんなに借金ができるのか、そして一向にその借金を減らそうとしないのか、「借金大国」と世界から言われても日本人はなぜ平然としていられるのか。これも「行動経済学の研究対象」になるかもしれません。

日本経済学者の受賞候補者

日本人経済学者でこれまでにノーベル経済学賞の受賞候補に名前が挙がった学者は何人もいらっしゃいます。以下の2人は、世界的にも極めて高名な経済学者でした。

  • ●森嶋通夫(元大阪大学教授、後、ロンドン大学の教授)
  • ●宇沢弘文(元シカゴ大学教授、後、東京大学教授)

彼らは毎年ノーベル賞候補として名前が挙がっていました。事実、それを見越して2人は日本政府から「文化勲章」を授与されています。

私は、森嶋先生がかなり前に一時日本へお帰りになった際、私が勤務している大学で客員教授として半年ほど滞在されました。その時主だった教授の先生方が森嶋先生を囲んで「歓迎会」を催され、私も出席させて頂きました。会では重要な先生方の間で会話が弾み、終わり頃になって長老の先生が「若者もせっかくだから何か森嶋先生に質問しなさい」と言われたので、そこで私は恐る恐る「森嶋先生はいつノーベル賞をおもらいになるのですか」と質問しました。すると先生は、一瞬私の方をきーっと見つめて「そんなことはありません」とおっしゃりました。私はただただ「穴があったら入りたい」気持ちになりました。それ以来、どんな人にも重要でデリケートな問題は尋ねないほうがいいなぁ、という経験をしました。私にとってノーベル賞時期を迎えるといつもこのことを思い出します。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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