
教えて! オーストラリアの企業法務
第44回 デューディリジェンスとM&A取引のプロセス

ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー弁護士 リチャード・ラスティグ(左)
シニア・アソシエイト エリザベス・タイスハースト(中)
シニア・アソシエイト 辻本哲郎(右)

A 企業買収のみならず、会社がビジネスや重要な資産を取得する場合には、その価値を精査するためのいわゆるデューディリジェンスのプロセスを含め、実務としてある程度確立された一連の買収手続きを経るのが一般的です。
売主との間で締結される株式譲渡契約には、デューディリジェンスの結果確認された種々の事項が契約条件として規定され、これにより買主の利益保護が図られることとなります。これらのいわゆる「M&A取引のプロセス」を理解しておくことは、企業の役員が果たすべき善管注意義務の観点からも、非常に有益であると言えます。
1. 初期的交渉
M&A取引は売主および買主間の任意的な初期的交渉から開始されるのが一般的ですが、最近では売主側の主催する入札手続きにより買主候補者が選定されるケースも増えてきています。また、投資銀行などの第三者の仲介によって、売主が潜在的買主に紹介されるようなケースもあります。
2. インフォメーション・メモランダム(Information Memorandum)
潜在的買主としては、初期的段階においては、当該取引についての本格的な検討を開始するか否かを判断するため、対象資産に関する一定程度の情報が必要となります。
一般的には、この段階で、対象資産についての情報や売主が希望する売却条件などが記載されたインフォメーション・メモランダム(information memorandum)と呼ばれる書面が準備され、買主に対して提供されるケースも多いと言えます。
3. 意向表明書(Letter of Intent)
前記インフォメーション・メモランダムにより提供された情報やそのほかの調査により、潜在的買主が対象資産についての買収交渉の継続を希望する場合、売主および潜在的買主の間において、意向表明書(Letter of Intent)と呼ばれる書面(そのほか、「Term Sheet」「Heads of Agreement」と呼ばれる場合もあります)が交わされるのが一般的です。
当該意向表明書は、初期的交渉に基づいた当事者の意向を確認する文書であり、記載される取引条件などについても、一般的には法的拘束力を有しないものとなります。
もっとも、その後の交渉を進める上で重要な独占交渉権、秘密保持義務、費用負担の規定などについては、当事者の利益保護の観点からも、法的拘束力を認めるのが一般的です。
4. デューディリジェンス
前記の意向表明書等の締結後、通常はデューディリジェンスというプロセスが開始されます。
デューディリジェンスとは、当該取引を実施するかどうか、また実施するとしてどのような条件で実施するかを決定するために、潜在的買主が財務、税務、法務、環境、知的財産権といったさまざまな観点から、対象資産の包括的調査を行う手続きを言います。
なお、具体的にどのような調査に重点が置かれるのかについては、取得対象となる資産の内容やビジネスの性質に応じて決定されることとなります。
このようなデューディリジェンスによる調査範囲は、一般的な監査(audit)によるものよりも広いのが通常です。
つまり、M&A取引におけるデューディリジェンスでは、買収対象会社の事業内容の正確な把握のみならず、当該取引により買主の企図する買収目的および事業戦略が実現可能かどうかの検証についても行われることとなり、多くの場合、潜在的買主には、対象会社の経営陣と直接対話する機会なども与えられます。
当該経営陣との接触を通して、買主側は買収対象会社の企業文化や仮に取引が実施された場合の影響などを把握することができ、それらを見越したさまざまな方策を事前に検討することが可能となります。
実施されたデューディリジェンスの結果は、買主のアドバイザー(弁護士、会計士、税理士、環境コンサルタントなど)によって報告書の形で買主に提供されます。
このようにして把握されたリスク情報などを元に、買主は、各アドバイザーとも協議の上、具体的な取引のストラクチャーや契約書にどのような条件を規定すべき必要があるかを決定することになります。
5. 最終契約
上記デューディリジェンスの結果、大きなリスクが判明した場合などにおいては、買主が取引から撤退する決断を行うこともありますが、そうではない場合には、売主との間で契約交渉を行い、法的拘束力のある最終契約(Definitive Agreement)が締結されることとなります。
当該最終契約は、例えば株式取得の方法による場合には株式譲渡契約(Share Purchase Agreement)と呼ばれますが、その名称は実際に取得される資産の内容に応じてさまざまです。
当該最終契約においては、売却対象となる資産の特定や価格(または価格の決定方法)を含めた取引の主要条件が規定されることになりますが、売却対象となる資産についての詳細な「表明保証」(契約の目的物の内容に関する事実について、真実かつ正確である旨を保証させることをいいます)を売主側に求めるケースも多くあります。
この場合、買主は、当該表明保証の内容が真実であることを前提として取引を行うことができ、仮に取引実行後に表明保証の内容に虚偽があることが判明した場合には、それに伴う損害について補償を請求することができます。
6. 取引の実行
最終契約の締結日と取引実行日とは別の日付とされることが多く、最終契約には、契約締結日から取引実行日までの間に各当事者が充足しなければならない種々の前提条件が規定されるのが通常です(このような条件としては、例えば、取引実行に政府当局からの許可が必要な場合における、当該許可の取得などが挙げられます。なお、当該条件が充足されなければ、各当事者は取引を実行する義務を免れることになります)。
そして、取引実行日において、最終契約に定められたすべての前提条件が充足された場合、買主は売主に対して買収対価を支払い、売主は対象資産の名義を買主名義に変更することとなります。
7. 取引完了後における当事者の義務
取引実行日において取引実行がなされた後においても、当事者間において一定の義務を負う場面があります。
例えば、取引実行後に一定の基準に従った価格調整を行うことを最終契約において合意したような場合には、取引実行後においても、引き続き売主および買主の双方において、一定の作業が必要となる場合があります。
8. 結語
以上のような一連のプロセスは、オーストラリア国内外を問わず、M&A取引の実務においてある程度定型化されているものであり、その概要を理解しておくことは、今後何らかの形でM&A取引に関与する可能性のある日本企業の役職員にとっても、非常に有益であると言えます。
※本記事に関する意見・質問は下記まで。
リチャード・ラスティグ Email: Richard.lustig@bakermckenzie.com
エリザベス・タイスハースト Email: Elizabeth.ticehurst@bakermckenzie.com
辻本哲郎 Email: Tetsuo.tsujimoto@bakermckenzie.com