第43回 オーストラリアにおける新たな労働安全衛生法の要点

教えて! オーストラリアの企業法務

第43回 オーストラリアにおける新たな労働安全衛生法の要点

ベーカー&マッケンジー法律事務所
パートナー弁護士 リチャード・ラスティグ(左)
シニア・アソシエイト エリザベス・タイスハースト(中)
シニア・アソシエイト 辻本哲郎(右)

Q オーストラリアにおいては、その全土において統一的な労働安全衛生に関する法律を導入しようという計画が進められており、既にいくつかの州や地域においては新労働安全衛生法が施行されていると聞いております。当該新たな労働安全衛生法の特徴などについて教えてください。

A オーストラリアにおいては、2008年7月に統一労働安全衛生法(Model Occupational Health and Safety Law)を導入する旨の国家的合意がなされ、既に多くの州において当該統一的な法律が適用されています(当初その施行期限は12年1月1日とされていましたが、いくつかの州において作業が遅滞しています)。

新たな統一労働安全衛生法の法制下においては、労働安全衛生に係る義務違反の場合の罰則が強化されるとともに、事業者の役員(オフィサー)個人に対しても新たに「デューデリジェンス」の実施義務が課されるなど、従来の法制度よりも規制が強化されています。

オーストラリアにおいて事業を行う日本企業は、社内的に適切な労働安全衛生に関する措置が講じられているかを再度確認するとともに、その役員に就任している者も、オーストラリア国内に居住しているかどうかを問わず、自らが「デューデリジェンス」義務違反を根拠とした個人的な責任追及を受けないよう適切な措置を講じているかについて、再度確認しておく必要があると言えます。

1. オーストラリア労働安全衛生法の現状

08年7月に、オーストラリアの各州および地域は、「Safe Work Australia」と呼ばれる政府機関により作成された統一労働安全衛生法をそれぞれにおいて導入する旨の政府間合意を締結しました。当該法律の統合化作業は、国内の種々の地域で就業する労働者を統一的基準で保護しようとするとともに、複数の地域において事業を展開する事業者の法令遵守を容易化することを目的として行われたものでした。

SA州 2013年1月1日より施行
TAS州 2013年1月1日より施行
VIC州 統一化作業が遅れる旨の公表あり
WA州 統一化作業について何らの計画なども
公表されていない

「Safe Work Australia」による統一労働安全衛生法の作成作業は11年の6月に完了しており、同法は12年1月1日を期限に施行されることとなっていました。しかしながら、当該期限内に新法を施行したのは5つの法領域(オーストラリア連邦政府、NSW州、QLD州、オーストラリア首都特別地域、ノーザンテリトリー)に留まり、そのほかの州については右のように当初計画から遅れる形での施行となっています。

2. 新労働安全衛生法の要点

NSW州では、12年1月に、統一労働安全衛生法に基づいたWHS法を施行しています。新たなWHS法に基づいたNSW州の労働安全衛生の法制は、現時点において、世界の中でも最も厳しい基準のものとなっており、違反があった場合のペナルティーとしても、刑事罰として会社に対して最大300万ドルが科され、また個人に対しては最大60万ドルの罰金または最高5年間の懲役が科されるものとなっております。

WHS法上の主要な義務は、会社などの法人のみならず、すべての「ビジネスを実施するまたは引き受ける者」(persons conducting a business or undertaking。以下「PCBUs」)に対して課されることとなります。当該PCBUsには、人を就業させるあらゆる業態が含まれ、例えば自営業者でもこれに該当します。

WHS法の適用を受けるPCBUsに対しては、それが「合理的に実施可能である」限り、業務中において、以下の労働者の健康および安全を確保する義務が課されています。

・自らが仕事に従事させ、または仕事に従事させる原因を作った労働者
・自らの影響下または指示によって業務活動を行う労働者

また、上記労働者以外の人々(顧客、近隣者または通行者など)との関係でも、実施される事業行為によって健康および安全上の危害が及ばないよう、適切な措置を講ずる義務が課されています。

3. 具体的に必要な措置

上記義務の履行のため、事業者として、まずは従業員そのほかの労働者(個人事業者などを含む)および自らの事業行為により影響を受けるそのほかの者の健康および安全上のリスクについて、合理的な特定作業を行う必要があります。

次に、いったん特定されたリスクに対しては、当該リスクを可能な限り排除し、また最小化するための措置を講じなければならないことになります。

例えば、労働者に対して「ドアをゆっくり開閉する」(逆側の人にケガを負わせないようにする)旨の警告サイン・ボードを掲げることや、濡れることの多い床(レストランのキッチンなど)について滑り止め効果を有する表面加工をするなどの措置を講ずることも、このような危険防止措置の一例と言えます。

ただし、法は「合理的に実施可能である」限りにおいてのみ、当該防止措置を講じるよう要求していることに留意が必要です。そして、当該実施可能性については、(i)当該リスクの発生する可能性、(ii)当該リスクが現実化した場合の危害の大きさの程度、(iii)当該危険性についての認知の程度、(iv)当該リスクを排除するまたは低減するための方法の有無、(v)当該措置を講じるために必要なコストなどを総合的に勘案の上で決せられることになります。

例えば、オフィスの中に設置された階段により人々がケガをする可能性があるからといって、エレベーターを設置することはコストの観点から見合わないケースが多く、その場合には、手すりの設置や滑り止め対策などを行うことが、合理的に実施可能な措置であると言い得ることになります。

4. オフィサーの「デューデリジェンス」実施義務

WHS法の主要な特徴の1つとして、事業者のオフィサーに対して、自社の業務が法令により要求される基準に則したものとなっているかについての積極的な「デューデリジェンス」実施義務を課していることが挙げられます。

当該「オフィサー」には、会社の取締役またはセクレタリーのみならず、このような法律上の役職ではないものの、事業者の経営に何らかの形で影響を与えることのできる者も含まれることとなります。

このような「デューデリジェンス」義務の内容としては、以下のようなものが含まれます。

・労働安全衛生に関する事項について、常に最新の知識を持つこと。
・事業者のビジネスのオペレーションの性質について理解し、それらオペレーションに関連する一般的な危険およびリスクについて理解すること。
・リスクを排除するまたは最小化するための適切なリソースおよびプロセスを、使用可能な状態で保持させること。
・事業者に、事故、危険またはリスクに関する情報を受領し検討するプロセスおよび当該情報に適時に対応できる適切なプロセスを確保させること。
・事業者に法律により義務付けられたあらゆる義務を守らせるための必要なプロセスを作成させ、また実施させること。

上記の義務は、例えば海外に居住する取締役など、日常的な業務に直接関わっていないオフィサーに対しても課されるものです。本オフィサーに関する義務は個人的な義務であり、仮に当該事業自体においては法令違反がないと判断された場合においても、オフィサーに関して本義務違反があったと認定される可能性も否定できません。

5.結語

以上の通り、新たな労働安全衛生法においては、各事業者が負う義務の範囲が拡張されるとともに、違反の場合における厳罰化も図られており、オーストラリアにおいて活動する企業としては、自らの講じている社内措置が新たな法制に則したものとなっているのかという観点から、労働安全衛生に関する規則、手続および実務を再検証する必要があります。

また、組織内の誰が「デューデリジェンス」義務を負っているのかを確認するとともに、当該義務を各オフィサーが果たすことができるような社内体制を構築できているかについても確認する必要があると言えます。

※本記事に関する意見・質問は下記まで。
リチャード・ラスティグ   Email: Richard.lustig@bakermckenzie.com
エリザベス・タイスハースト Email: Elizabeth.ticehurst@bakermckenzie.com
辻本哲郎       Email: Tetsuo.tsujimoto@bakermckenzie.com

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