浮沈激しい実業家アラン・ボンド死去

WA州パースの病院で心臓手術後

 何かと話題を振りまいたビジネスマンにしてアメリカズ・カップでオーストラリアを優勝に導いた「英雄」から一転して経済犯として投獄されるなど浮沈激しかった実業家アラン・ボンド氏がフィオナ・スタンリー病院で心臓手術後死去した。77歳。
 同病院で開胸手術を受けたが、その後併発症を患い、医師が人工的昏睡を施していた。6月5日朝、ボンド氏の3人の子供がボンド氏の死去を発表、6月2日の手術後、生命維持装置に支えられてきたが今朝死去したと語っている。

 ボンド氏は貧しい家庭に生まれたが成長してジャーナリストの仕事の後実業界に転身、事業を1980年代に活発な事業展開で知られ、アメリカズ・カップ・ヨット・レースでスポンサーしたヨットが優勝してオーストラリアに栄誉をもたらした時には「オーストラリアの英雄」としてボブ・ホーク労働党連邦首相の歓迎を受けた。

 パースのビジネス・ジャーナリスト、ティム・トレッドゴールド記者は、「ボンド氏は家族にとっては夫であり、父親でありだが、実業界からは激しい毀誉褒貶を受けてきた。ボンド氏の高リスクの賭博的なやり方に感嘆する者も多かったが、結局、大きな負債を抱える結果になった」と語っているとおり、1992年にボンド氏は18億ドルの負債を抱えて破産し、1995年に債権者は総額1200万ドルの支払いで和解に応じた。1984年にはオーストラリア勲章を取り消され、さらに、1997年には裁判で、ベル・リソーシーズの12億ドルをボンド・コーポレーションに移す背任行為を認め、有罪判決を受けて受刑した。ボンド・コーポレーションも倒産している。2000年には4年の刑を終えた後に出所、再び実業界での再起を図り、2008年にはビジネス・レビュー・ウイークリーの富豪リストに返り咲いている。
■ソース
Alan Bond dead: businessman dies in Fiona Stanley Hospital

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