1960年代雑誌創設者、ネビルがアルツハイマーで死去

マーチン・シャープを世界に送り出したカウンターカルチャー誌

 1960年代にカウンターカルチャー雑誌「Oz」を創設し、オーストラリアやイギリスの若者の対抗文化を伝えたリチャード・ネビル氏が死去した。74歳。ネビル氏は数年前からアルツハイマー病と診断されていた。


 ABC放送(電子版)が伝えた。

 ネビル氏は、1963年に、友人のアーチスト、マーチン・シャープ、編集者のリチャード・ウォルシュ両氏との3人でカウンターカルチャー・マガジン「Oz」を発刊、本格的なジャーナリズムに風刺とポップ・アートを加え、当時の政治や社会の規範を乗り越える反体制的な内容でしばしば反響を呼んだ。後にシャープ氏はサイケデリック調と呼ばれる画風でボブ・ディランやドノバンのポスター、バンド「Cream」のアルバム・ジャケットなどを手がけている。

 ネビル氏は、同年4月1日を創刊号発刊の日と定め、同日昼までに6,000部を売り切った。16ページのOzは、当時違法かつタブーであったヤミ中絶に関する特集記事を掲載した。その後も、白豪主義、先住民族問題、同性愛、警察官の暴力、ベトナム戦争などを取り上げ続けた。3号を出したところで3人は「わいせつ書画配布」容疑で起訴され、3人は有罪と認めた。

 ネビル氏は、オーストラリアでの成功に続いて、イギリス版を出すため、1966年にロンドンに渡った。しかし、1970年代には、今度はロンドンでOzマガジンが、「社会道徳を頽廃させる陰謀」の容疑で起訴された。その裁判は英国法史最長のわいせつ裁判になり、イギリス国内でも論議の的になり、弁護側は「自由、表現と言論の自由の戦い」と位置づけたが、実刑判決を受けた。ジョン・レノンとオノ・ヨーコらが有罪判決に抗議する行進に参加したこともある。また、国会議員が、反体制派に対する弾圧がソビエトと変わらないという論陣を張ることもあった。結局、控訴審で一審は覆され、一転、無罪になった。

 マーチン・シャープ氏は2013年にがんで亡くなっており、ネビル氏は、60代で認知症の初期と診断され、ブルー・マウンテンで余生を送っていた。
■ソース
Richard Neville: Oz magazine co-founder dies aged 74

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