第8回ウェストフィールド──世界最大のショッピング・センター運営

ビジネス
巨大な円形の吹き抜けが特徴的なボンダイ・ジャンクション店の内観
豪州企業名鑑

 

第8回
ショッピング・センター運営で世界最大
移民1代で築いたサクセス・ストーリー

 

ウェストフィールド
Westfield

  5カ国で100カ所以上の大規模商業施設を運営している豪州のウェストフィールド・グループ。ユダヤ系移民が戦後シドニー郊外で創業、モータリゼーションや人口増加の波に乗って急成長した。米国などへの海外展開も積極的に進め、現在では世界最大のショッピング・センター運営会社となっている。
■会社概要
企業名———————————-Westfield-Group
本社————————————シドニー
設立————————————1960年(シドニー証券取引所=現豪州証券取引所=上場)
会長・共同創始者——————–フランク・ローウィー氏
共同最高経営責任者—————ピーター・ローウィー氏、スティーブン・ローウィー氏
収入(家賃、開発費、運営費)*—22億7,780万ドル(▲43.1%)
最終利益*—————————-17億8,100万ドル(18.3%)
運営ショッピング・センター数—-105
*2012年12月31日時点(ウェストフィールド・グループ2012年12月期決算書=カッコ内は前年度比伸び率、▲はマイナス)

 


■沿革


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共同創始者のフランク・ローウィー会長

共同創始者のジョン・ソーンダース氏とフランク・ローウィー氏は、ともにハンガリーでナチス・ドイツの迫害から逃れ、戦後に豪州に移住したユダヤ人である。2010年に発刊された上場50周年社史によると、1950年代初め、ソーンダース氏はシドニー市内タウンホール駅前で営んでいたサンドイッチ店で、食材の卸売をしていたローウィー氏に出会っている。

境遇が似た者同士で意気投合し、8歳年下のローウィー氏と共同で店を経営することになった。2人は当時急発展していた西部郊外ブラックタウンの駅前に小さなデリカテッセンを開いた。オリーブやニシンの酢漬け、チーズ、ハムなどの本格的な食材を豊富に揃え、故郷の味を懐かしむ欧州からの移民で繁盛したという。

しかし、新天地での商売にかける2人は小さな店の成功に安住することはなかった。その頃、好況に湧いていたブラックタウン周辺で宅地需要が急速に拡大していたことに目を付け、銀行から借金して安く買った農地を宅地として分譲した。2人は食品販売業から不動産業に軸足を移し、共同で設立した会社を「ウェストフィールド」(西の野原)と名付けた。

次に店の近くにあった敷地を分割して複数の店舗を入居させることを思い付いた。これがショッピング・センターを開発してテナントの小売店から家賃収入を得るビジネス・モデルの原点となっている。58年には店を手放して商業不動産を専業とし、米国で急速に普及していたショッピング・センターを真似た大規模な商業施設の開発を目指した。

59年、スーパーマーケットとデパート2店舗、小売店12店舗に駐車場を完備した1号店「ウェストフィールド・プラザ」をブラックタウンに開業。60年にはシドニー証券取引所(現豪州証券取引所)に上場し、規模を一気に拡大した。60年代後半にはシドニーがあるNSW州からQLD州、VIC州へと全国展開を加速した。

70年代になると、豪州だけではいずれ成長に限界が訪れると考え、海外進出を模索した。狙いを定めたのは米国への「逆上陸」だった。米国では広大な敷地に1階建ての店舗と平面駐車場を持つショッピング・センターが多いため、規模拡大の余地が大きいと考えた。77年、2,100万米ドルで東部コネチカット州の商業施設を取得したのを皮切りに次々と買収を進め、再開発によって収益を拡大した。

80年代に入ると、固い絆で結ばれてきたソーンダース氏とローウィー氏の間で経営方針をめぐる亀裂が表面化。84年にソーンダース氏は保有株をローウィー氏に売却し、87年には副会長を退きグループの経営から完全に手を引いた。新たに不動産会社テラス・タワー・グループを設立したが、97年に他界している。

2004年には、これまで別々に上場していた3つの会社を統合。資産総額340億ドル(当時)の世界最大の商業不動産企業が誕生している。

 


■現況


 1960年の上場以来半世紀に渡りグループを率いてきたローウィー氏だが、傘寿を迎えた2010年、代表権を持たない会長職に退いた。ピーター氏とスティーブン氏の2人の息子が共同最高経営責任者(CEO)に就き、創業家は依然として強い影響力を保持している。

豪経済誌「ビジネス・レビュー・ウィークリー」(BRW)は同年、毎年発表している財界人の長者番付で、初めてローウィー氏が資産額1位(50億4,000万ドル)になったと発表した。社史によると、ローウィー氏はナチス・ドイツのハンガリー侵攻後、迫害を逃れるため浮浪者同然の生活を強いられた。戦後は17歳でイスラエル建国運動の義勇兵として戦った後、1952年にほとんど無一文で英語も話せない状態でシドニーに渡ったという。移民が1代で巨大な富を築き上げたウェストフィールドの歩みは、まさに「オーストラリアン・ドリーム」を体現したものと言えそうだ。

2012年12月末の時点で運営しているショッピング・センターの総数は、米国47、豪州39、ニュージーランド9、英国5、ブラジル5の合計105カ所。入居するテナントの店舗数は5カ国で合計2万2,842店、総売場面積は970万平方メートルに達している。総資産は約324億ドル、合弁を含め合計約644億ドルの資産を運営している。 同年12月期(通年)の収入は22億7,780万ドルと前年比43.1%減の大幅な落ち込みを記録したものの、最終利益は17億8,100万ドルと18.3%の伸びを確保した。

 

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創業地豪州の旗艦店の1つであるシドニー店の外観

■展望


 13年中に新たに開始する新規事業の投資総額は合弁を含めて12億5,000万〜15億ドルとなる見通し。新規または再開発を予定している案件は米国6件、豪・ニュージーランド10件、欧州5件。6カ国目の進出国イタリアでの新規事業も含まれる。ニューヨークの同時多発テロ跡地では、地元港湾局と合弁で商業施設を建設していて15年の開業を目指している。

足元では豪州での減速が目立っている。小売売上は米国で12年後半に順調に伸びた一方、豪州では景気の先行き不透明感を背景に12月までの3カ月間連続で前年割れとなった。13年12月期の収入の前年度比の伸び率について、米国と英国はいずれも4〜5%と見込む一方、豪・ニュージーランド部門は1.5〜2%と予想している。

豪州の小売市場では近年、ネット・ショッピングの売上高の伸びが従来型店舗を大きく上回っている。小売売上全体に占めるネットのシェアは推定5〜6%に達しているもよう。豪ドル高で海外サイトからの購入が増えていることもあって、従来型小売業には逆風が吹いている。ウェストフィールドもネット・モールを開設して対応しているが普及は限定的と見られる。

ローウィー氏はかつて「ショッピング・センターの成功には進化と変化が必要だ」と述べた。シドニーやメルボルンなど市内中心部の旗艦店は高感度なテナントや高級レストランを集めるなど差別化しているが、一般的な郊外店は豪州中どこも「金太郎飴」的な印象が拭えない。ネットに対抗するには個性的なテナントや魅力的な買い物体験を演出する仕掛けが必要だろう。

また、現在の海外進出先はほぼ英語圏の先進国に限られるが、規模の拡大と企業価値の向上を図るには、アジアの成長市場への進出を急ぐなど事業ポートフォリオの多様化も求められそうだ。

 

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