オーストラリアで今を生きる人 沼田貴史さん

オーストラリアでを生きる人

オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.17 沼田貴史さん

好きな豪州で最後まで安心して暮らせるように

高校時代からシドニーで暮らし、ニュー・サウス・ウェールズ大学で博士号を取得した後、技術者として日本とオーストラリアの企業で働いた。その間、祖父母の死に接し、高齢者と触れ合った経験から、在豪邦人の老後のケアや介護に携わりたいと考えるようになった。そのために、ベビーシッターと家事代行のサービスを手がける事業をシドニーで起業するとともに、昨年、オーストラリアの福祉や医療に関する情報を提供する福祉団体「在豪邦人コミュニティー・サポート」(JASIC)を立ち上げた。(聞き手:守屋太郎)

——オーストラリアで暮らすようになったきっかけは?

愛知県名古屋市で生まれ育ちました。小さい頃から洋画が好きでしたので、海外に漠然と興味を持ってはいました。中学2年の時、父の仕事の関係の知り合いがシドニーに住んでいて、当時はバブル期で海外へのリタイア移住が流行していたこともあって、家族でシドニーに移り住もうかという話が出ていました。それで、中学3年の時、私だけ先に行って試しに住んでみることになったんです。

単身でオーストラリアに来たのが中学卒業後の1989年4月。ホームステイをしながら、まずチャッツウッド高校(シドニー北部)の集中語学コースで半年間、英語を勉強した後に「イヤー10」(第10学年)に編入しました。語学コースは、日本人が少なくて、生徒が世界中から集まってきていたので、語学だけではなくさまざまな国の人の考え方を知ることができたのが良かったです。1年後に家族もシドニーに移住してきましたが、父は仕事で日本とオーストラリアを行ったり来たりという生活でしたね。両親は後に日本に帰りましたが、私と弟、妹はオーストラリアに残りました。

——今の会社を始める前はどんな仕事をしていたのですか?

「イヤー12」を終えて高校を卒業した後、理系の科目が好きだったので、ニュー・サウス・ウェールズ大学(UNSW)で材料工学を専攻し、セラミックの研究に携わりました。学士号取得後も、修士課程、博士課程と研究の道に進みました。

JR東海時代の開発品のデモンストレーションの様子
JR東海時代の開発品のデモンストレーションの様子

気が付くともう30歳手前になっていました。博士課程の時に知り合った日本の教授が遊びに来いというので、教授が研究室を持っていた名古屋のJR東海の研究所に行ったんです。すると自然と面接という流れになり、結局、2004年に就職しました。研究所では、電車の窓のコーティングや空気清浄機、塗料の研究、不具合の分析など、鉄道に使用する機能材料の基礎技術や応用の研究を手がけました。

仕事は面白かったのですが、これ以上国外に滞在するとオーストラリアの永住ビザを失ってしまうので、07年に3年ぶりにオーストラリアに戻ってきたんです。それからしばらくは、オーストラリアの現地の建材メーカーに技術者として勤め、レンガやコンクリート・ブロックといった壁材の材料の研究に打ち込みました。

——その後、シドニーでベビーシッターと家事代行の会社を立ち上げました。それまでの技術職とは全く方向性の異なる仕事を始めたのはなぜですか?

日本で仕事をしていた時、祖父と祖母が相次いで他界しました。亡くなる前に老人ホームに祖父母に会いに行ったり、入居者と交流したりする中で、「自分の老後はどうなるんだろう?今の自分にできることはないか」と漠然と考えました。シドニーに戻って来てからも、現地在住の日本人の高齢者と触れ合う機会がありました。そうした中で、将来の自分と在豪邦人社会のために、日本人の高齢者のために日本人がケアができる体制をオーストラリアに作ろうという夢を持つようになりました。

そんな話を友人にしたら、日本で介護サービスや老人ホームの運営を手がける、創生会という社会福祉法人の会社のオーナーを紹介してくれました。ゆくゆくは在豪邦人の高齢者を対象とした老人ホームを作るのが目標ですが、介護レベルが低い身の回りの世話から始めようということになりました。

まずはそれに向けた最初のステップとして、創生会インターナショナルを13年に設立し、ベビーシッターと家事代行のサービス「わせみーくん」を始めました。ベビーシッターは小学校や幼稚園、保育園の先生など資格を持ったスタッフで、家事代行は現地在住のベテラン主婦で、常に15〜20人で運営しています。いずれも日本人によるきめの細かいサービスが特長です。お陰様でご好評を頂いています。

——ビジネスとして「わせみーくん」を手がけるかたわら、チャリティー団体も立ち上げました。

政府の認証を受けた福祉団体「在豪邦人コミュニティーサポート」(JASIC)を15年3月にスタートさせました。オーストラリアの福祉や医療の制度、利用方法などの情報を日本人在住者に伝えることが目的です。現在、代表の私、リハビリ専門医、看護師、妻、妹の5人で運営しています。会員制で、会費は1年間60ドルです。会員はセミナーの参加費が無料になります。

在豪法人の高齢者だけではなく、若い人も多く参加しているJASICのセミナー
在豪法人の高齢者だけではなく、若い人も多く参加しているJASICのセミナー

オーストラリアの福祉や医療の制度は非常に充実していますが、情報がなくて分からないという日本人の方が多いんです。セミナーを1年に2〜3回、フォローアップのワークショップも2〜3回開いています。優れた制度をどうやって活用すればいいのか、情報をしっかり伝えていきます。

昨年9月に開催したオーストラリアの医療制度に関するセミナーは、90人近い参加者を集めました。そのうち6〜7割は高齢者の方でしたが、若い人の関心も意外と高かったのです。2月6日午後1時30分〜午後3時30分には、チャッツウッドのドガティー・コミュニティー・センター(Dougherty Community Centre、 7 Victor St., Chatswood NSW)で、「第3回オーストラリア医療・福祉セミナー『オーストラリアの医療制度を知る(プライベート編)』」を開きます。日本人の医師がオーストラリアのプライベート(民間)保険の概要について、日本人の会計士が民間保険と税金の関係について、それぞれ解説します。お申し込み・お問い合わせをご希望の方は、Eメール(info@jasic.org.au)または電話(0456-219-340)までご連絡ください。

——今後の目標について抱負をお聞かせください。

趣味の自転車でシドニーからウーロンゴンに向けて走る沼田さん
趣味の自転車でシドニーからウーロンゴンに向けて走る沼田さん

日本とオーストラリアの経済や貿易の結び付きが強い割には、在豪邦人コミュニティーの存在感が他の民族のように強くないと思うのです。不便なことが多い海外でも高齢者がストレスなく生活できるように、邦人社会の1人ひとりの皆さんと力を合わせてネットワーク作りのお手伝いをしていきたいですね。JASICの代表として私は、NSW州保健省シドニー北部地区の多民族委員会のメンバーになっていて、イタリアやスペイン、中国、韓国などの他のコミュニティーとの連携も図っています。

現地の一般的な介護サービスや老人ホームの食事は当然洋食ですし、体もシャワーで簡単に洗うだけです。でも、歳を取って、介護が必要になったり老人ホームに入ったりしても、日本食を味わいたいし温かい風呂にもゆっくり浸かりたいと思うのが日本人でしょう。オーストラリアに長く住んでいても、ある程度歳を取ると心配で日本に帰る人は少なくありませんが、人生の最後まで好きなオーストラリアで安心して暮らせるようにするのが最終的な目標です。

現状では、日本人向けの老人ホームを設立するのは需要やコストの面から簡単ではありません。まずは「わせみーくん」の一環で既に在宅介護で日本人のケアラーを送るサービスをスタートしています。今後は老人ホームにも日本人を派遣するなど、邦人の高齢者向けのサービスを一層充実させていきたいと思います。

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