第61回 訪問記 – 仮設、飯舘、南相馬

JFPピースフル通信

 

オーストラリア国内の平和への動き、
メンバーの平和への思いをお伝えするコラム
 

第61回 訪問記 – 仮設、飯舘、南相馬 
松岡智広(JfP メンバー)

 

1月上旬の週末の午後、福島駅西口。飯舘村の酪農家・長谷川さんと再会。雪がちらつく中、車は北東へ。交差点の電光掲示板は天気予報に続いて空間放射線量。30分ほどで着いた仮設住宅で長谷川さんの奥様が満面の笑み。2013年3月、長谷川夫妻の豪州各地での講演旅行にご一緒して以来だった。ビール、すき焼き、先日京都での講演のお礼にもらったという純米大吟醸。仮設と言っても、すでに2年。今まで線量が高くてダメだったが大丈夫なのがようやく手に入ったと、あんぽ柿。温かいもてなしに再会の夜は更ける。

翌朝、これから向かう飯舘の最低気温はマイナス10度とテレビが言う。ご飯と味噌汁と焼き魚。何とかコタツから這い出し、飯舘の長谷川さんの本当の家へ。まだ福島市街の延長の平地、葉が落ちて幹と枝だけの木々が続く冬景色に映える異質なオレンジ色。線量が高くて出荷できない名産の柿は、損害賠償の証拠として木の根元に集められたまま朽ちていく。飯舘は上り始めた太陽の方角に見える山々の向こう。山道に入り、徐々に雪深くなり、路面中を雪が覆い尽くすころに飯舘村の看板。突如道端に黒い袋の積み重なった巨大な山と除染作業中というノボリ。仮の置き場が設置されるまでの「仮置き場」のはずが、いつまでたっても「仮置き場」は設置されず。「仮仮置き場」に積み重なる「除染」で出た放射性残土。集落をいくつか抜け、照り返しの眩しい雪原となった広大な敷地を見下ろす長谷川さんの本当の家。正月飾りと表札、玄関、茶の間の掘りごたつ。仏壇脇のカレンダーは2011年3月のまま。神棚に貼られた孫の命名の日付の方が新しい。家族で建てた給餌棟の中は、まだ新品のトラクター、自ら工夫して溶接した給餌用のパイプ。完成後わずか数カ月で、地震、水蒸気爆発、直ちに健康に影響はありません。

村を回ると、すぐにまた出くわす延々と続く黒い袋の山。2年以上経ち、既に崩れかかった山。孫が通うはずだった学校のそばにも山。さらに東へ山を越え海側の南相馬へ。前年3月にメルボルンに1週間滞在した中学生と再会。高校受験1週間前。南相馬市長選と成人式のにぎわい。しかし、車で5分走ると津波のもたらした棄景、奇跡の一本松。日が傾いたので再び山を越え、福島駅へ。ダッシュボードの下には今まで気づかなかった線量計が。「ピーピーうるさいから普段は切ってある」と言う。みるみる上がる線量、警告音と赤いランプ。すっかり日の暮れた福島駅。新幹線で一時間半後には東京駅の喧騒が、「並べて世は事も無し」と謳う。


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Japanese for Peaceプロフィル
2005年3月に設立した日本人を中心とする平和活動グループ。毎年8月に広島・長崎平和コンサートを開催。そのほか多数のイベントを企画すると同時に、地元のグループや活動家、他民族のグループとも交流を持ち、平和活動のネットワークを広げている。
Web: www.jfp.org.au
Email: info@jfp.org.au

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