ダレン・チェスター大臣

政界こぼれ話人物編 その201

ダレン・チェスター大臣


与党国民党のダレン・チェスター・インフラストラクチャー・運輸大臣は、1967年9月13日にVIC州のセールで誕生している(49歳)。父親は配管工で、兄弟は5人であった。

政界入りする前の初仕事は、地方紙および地方テレビ放送の記者で、これを12年間にわたり務めている。その後はマーケティング・コンサルタントやロビイストとなった。

2002年にはVIC州選挙に出馬して落選の憂き目を見ている。04年から08年まで、VIC州国民党のリーダーであったライアンのチーフ・オブ・スタッフとして、本格的に政治の世界にどっぷりと浸かっている。

また04年には、VIC州選出国民党連邦上院議員候補を選ぶ党内予備選挙に出馬したものの、現職のマクゴウランに敗北。そのマクゴウランは上院選挙で無事当選を果たしたが、06年には自由党に入党し物議を醸したという経緯がある。

ただチェスターは08年に、現職の国民党連邦下院議員の引退に伴い、VIC州ギプスランド選挙区で実施された補欠選挙に出馬して、見事初当選を果たした。その後も10年、13年、16年選挙と、連続4選を達成している。

余談だが、任期中途で引退した下院議員の姓もマクゴウランという。実は両者は兄弟で、チェスターは国民党の「裏切り者」であった弟のために上院議員になり損ねたものの、その兄のおかげで下院議員となったわけである。

10年選挙後には影の政務次官に就任。13年9月選挙でアボット保守連合政権が誕生すると、国防担当政務次官となった。15年9月にターンブル保守政権が誕生した後も同ポストを保持したが、16年2月のターンブル政権の改造では、閣外大臣を経ずに一足飛びに閣内のインフラ・運輸相に抜擢され、16年7月のターンブル第2次政権の組閣でも「続投し」、現在に至っている。

確かに、政務次官から閣内相への抜擢は、ジョイス国民党党首の強い引きや、国民党への寛大な閣僚割り当て数のおかげでもあった。しかしながら、この人事を情実人事と批判する向きはない。

思想、信条だが、保守系とはいえ、自由党がイデオロギー的にかなり幅広い党員や議員を抱えているのに対して、国民党は全体の「重心」が右派の政党である。その国民党の中でチェスターは異色と言える。例えば15年6月に、チェスターは国民党議員としては初めて、同性愛者間婚姻の法的認知を認めるべきと発言し、党内や支持層から相当な批判を惹起(じゃっき)している。

人柄だが、温かな性格で、国民党の支持基盤が地方で、しかも地方には低所得層が多いとは言え、チェスターは生活困窮者や高齢者、先住民といった、要するに「社会的弱者」の救済問題に極めて熱心である。スポーツ好きの明朗快活な人物でもある。趣味はボート漕ぎやキャンプで、マラソンもこなす。細君のジュリーとの間に4人の子どもがいる。

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