ティモシー・ニコールQLD州野党LNPリーダー

政界こぼれ話人物編 その203

ティモシー・ニコールQLD州野党LNPリーダー


QLD州野党自由国民党(LNP)のリーダーであるティモシー・ニコール州議員は、1965年4月6日にVIC州の州都メルボルンで誕生している(52歳)。VIC州の名門私立校のトリニティー・グラマーを経て、同じくQLD州の名門校である英国国教会グラマー・スクールを卒業。大学はQLD工科大学法学部である。

高校を卒業してしばらくは法律事務所の事務員として働いたが、法学の学位を得て事務弁護士となり、その後10年にわたってブリスベンの法曹界で活躍している。ただ政治の世界に関心を抱いてきたニコールは、2000年にブリスベン市の評議員となっている。ちなみにブリスベンは豪州では第3番目の大都市であり、また所管する人口や面積から見ると、ブリスベン市評議会は豪州でも最大の規模を誇っている。

そして市評議員を6年間務めた後、06年9月のQLD州選挙で野党自由党から出馬して初当選。翌年の4月には早々と影の運輸大臣に、そして12月には野党自由党の副リーダーに就任している。確かに、当時のQLD自由党は相当に小さな「所帯」ではあったが(注:連邦や他州とは異なり、かつてのQLD州では自由党よりも国民党の方がはるかに強力であった)、それにしてもニコールのスピード出世振りは際立っていた。

08年8月には、当時のスプリングボーグQLD州野党国民党リーダーが主導して、自由党と国民党とが合併し自由国民党が発足。ニコールは影の財務大臣の要職に抜擢されている。その後、影の財務相を続けつつ、ブリスベン市長から自由国民党のリーダーとなったニューマンの下で、野党自由党の副リーダーも兼任し、12年3月の選挙で誕生したニューマン政権下では、そのまま財務相に就任している。

ところが12年選挙で大勝利を果たしたニューマン政権は、次の15年1月の前回選挙で歴史的な大惨敗を喫して下野している。自由国民党のリーダーは再度、同州政界の大ベテランであるスプリングボーグとなったが、昨年の5月にニコールが挑戦。結局、党首選挙では22票対19票の僅差ながら、ニコールが勝利して野党リーダーに就任し、現在に至っている。

思想、信条だが、経済分野では強硬な経済合理主義者で、しかも経済政策分野での能力も高い。ただそれが、次期QLD州選挙ではやや災いする恐れがある。というのも、15年選挙での自由国民党の歴史的敗北の主因はニューマンに対する州民の怒りで、そして怒りの主因は単独的で高圧的、かつ過激な政府の行財政改革にあったが、ニコールは財務相として改革を主導したからだ。一方、ニコールは社会政策分野ではかなり進歩的である。例えば、現在注目されている同性愛者間婚姻の法的認知問題でも、ニコールは支持を表明している。政界入りする前からコミュニティー活動で大活躍するなど、社会奉仕の精神に富む。10代の子どもが3人いる。

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