マーベラス・メルボルン「教会の建設」

MARVELLOUS MELBOURNE マーベラス・メルボルン

メルボルンはかつて世界一の金持ち都市となり「マーベラス・メルボルン」と呼ばれた栄華の時代があった。メルボルンを首都としたオーストラリア連邦政府ができる1901年までの50年間、メルボルンっ子はいかにして驚異のメルボルンを作り上げていったのか――。

第9回 教会の建設

メルボルン最古のセント・ジェームズ教会
メルボルン最古のセント・ジェームズ教会

1850年代にゴールド・ラッシュで人口が急膨張したメルボルンで、市民が最初に着手したのは教会の建設であった。現存のメルボルン最古の教会は1842年建築のアングリカン(英国国教会)のセント・ジェームズ教会で、長く大聖堂であった。メルボルンでは数少ないゴールド・ラッシュ期以前の建築物である。

1891年には市内スワンストン通りにセント・ポール大聖堂が建設され、前述のセント・ジェームズ教会の役割を受け継ぎ現在までアングリカンの大聖堂となっている。イギリスの教会本部がオーストラリア最大の大聖堂建築を計画して設計を依頼したロンドンの有名建築家がメルボルンに一度も来なかったので、それに怒った植民地政府がメルボルン随一の建築家ジョセフ・リードに設計を任せた。

アイルランド人の守護を奉じる、セント・パトリック大聖堂
アイルランド人の守護を奉じる、セント・パトリック大聖堂
英国国教会セント・ポール大聖堂
英国国教会セント・ポール大聖堂
現在はレストランとなっているユダヤ教のシナゴーグ教会
現在はレストランとなっているユダヤ教のシナゴーグ教会

セント・ポール大聖堂には13個の鐘があるが、それらを持つことが許される格式ある大聖堂を擁するのはイギリス本国を除けば、メルボルンだけである。毎週水曜日の夕方にこの13個の鐘はメルボルン市内に鳴り響く。

アングリカン教会は、英国王ヘンリー8世の時に王の離婚問題でローマ法王庁と争い、1536年にローマ教会から独立したが、政治的に分離したので宗教上はほとんどローマ教会に似ている。

市内エリザベス通りのセント・フランシス教会は1841年建設のメルボルン最古のカトリック大聖堂で、その後イースト・メルボルンのセント・パトリック大聖堂に引き継がれた。セント・パトリック大聖堂は1858年に建設を開始したが、ゴールド・ラッシュで労働者が金鉱山へ行ってしまうなど度々の中断があり、完成したのは1937年である。ゴールド・ラッシュの直前にアイルランドで大飢饉が発生し、大勢のアイルランド人がメルボルンに移住している。

聖パトリックはアイルランド人の守り神であり、3月17日の「セント・パトリック・デー」には、アイリッシュ・パブで聖パトリックの象徴である緑の服を着てビールを飲むアイルランド人を多く見かける。聖パトリックが、死ぬ前に「命の雫を飲むように」と遺言を残したからと言われるが、アイルランド人はこの聖人の命により堂々とビールが飲めることになった。

ユダヤ教のシナゴーグ教会もメルボルンには幾つもあり、市内エキジビジョン通りにあるミクバ・イスラエル・シナゴーグは1857年建築で現在ではレストランになっている。

ゴールド・ラッシュ期から多数の中国人も移住してきたが、中華街には幾つもの中国系キリスト教会が建っている。人種差別的な迫害に遭ってきた中国人たちは、キリスト教徒となってオーストラリアへの同化を図ってきたのである。



文・写真=イタさん(板屋雅博)
日豪プレスのジャーナリスト、フォトグラファー、駐日代表
東京の神田神保町で叶屋不動産(Web: kano-ya.biz)を経営

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