AUSメディア・ウォッチ「異色のゴールド・ロギー賞」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第9回:異色のゴールド・ロギー賞

今年のロギー賞はいつもと違った。

ロギー賞は、オーストラリアのテレビ界で活躍した人や人気番組に授与される賞だ。受賞者といえば、大衆ドラマ『Home and Away』の役者や、民放局のワイドショーのプレゼンターというイメージ。

ところが先月8日に発表された今年の受賞者はそんなイメージを覆した。ワリード・アリさんが最高峰のゴールド・ロギー賞に輝いたのだ。アリさんはニュースを扱ったトーク番組『The Project』のプレゼンターとして知られ、社会を鋭く斬ったコメントが話題になることも多い。エジプト系オーストラリア人のイスラム教徒で、白人一辺倒だったこれまでの受賞者の中ではかなり異色だ。

例年とは異なる候補者の顔ぶれ

実は今年のロギーは、4月にゴールド・ロギー賞の候補者が出そろったところから揺れていた。

人気投票で選ばれた候補者6人のうち白人は4人。残る2人は、アリさんと、インドネシア生まれのリー・リン・チンさんだった。チンさんは斬新なファッションで知られるSBSニュースのキャスターで、ソーシャル・メディアでの人気も高い。

今のオーストラリア社会を見れば、今回の候補者に不思議はない。ところが一部メディアやテレビ界の反応は違った。

ロギー賞をめぐりメディアでも大きく取り上げられたワリード・アリさん
ロギー賞をめぐりメディアでも大きく取り上げられたワリード・アリさん

保守派のタブロイド紙デイリー・テレグラフは、テレビ業界関係者の批判的なコメントを引用し、今回のノミネートに対する彼らの「怒り」を伝えた(2016年4月5日)。メディア大手のニューズ・コープ社は、「ワリード・アリがゴールド(ロギー賞)を獲るべきではない6つの理由」というタイトルの辛口な記事を掲載(同日)。

ナイン・ネットワークの番組『The Today Show』の中では、同番組プレゼンターのリサ・ウィルキンソンさんは「白すぎるから候補に挙がらなかった」、という冗談にもならない冗談が交わされた(同年4月4日)。

このような一部メディアの批判に対し、ABCテレビやフェアファックス系の新聞は反発した。

エイジ紙のマイケル・ラロ記者は記事の中で、ロギー賞は人気投票であり、アリさんとチンさんを選んだのはオーストラリアの人びとだと指摘している(同年4月6日)。「私たちの好みが進化し、(中略)時代が変わったのです」

変わる若い世代

確かに時代は変化している。

そもそも若い世代はテレビをあまり観ない。テレビからタブレットやスマートフォンへ移行しており、映像はネットフリックスなどのストリーミング配信で楽しむのが一般化している。

オーストラリア国立大学の学生デクラン・コナーさんもそんな世代を代表する1人。それでも、アリさんがプレゼンターを務めるテレビ番組は別だという。「『The Project』のような時事問題を扱う番組は、オーストラリア社会のオピニオンを映し出すという点で重要だと思います。成功しているオーストラリアのテレビ番組があるとすれば、このような軽いニュース番組でしょう。真面目さと面白さの間の絶妙なバランスをとったもので、若い層を引きつけます」

「ロギー賞には興味がなかった」というコナーさんも、今回アリさんとチンさんがノミネートされたことについては「素晴らしい」と言う。

「白人であることとオーストラリア人であることはイコールではありません。アリとチンは、オーストラリア人であることの意味、多文化の混ざり合った今の社会を映し出すとても良い例です」

若いコナーさんの話を聞くと、今回なぜアリさんが異例の受賞となったのかがよく分かる。今年のロギー賞は、オーストラリア人の意識の変化を反映しているのだ。

アリさんの受賞が意味すること

受賞直後のアリさんのスピーチには、謙虚な姿勢の中にも強いメッセージが含まれていた。スピーチは次のようなエピソードで締めくくられている。

「この(授賞式の)会場にいるある人が、先ほど私のところに来て言いました。その人が(テレビ)業界内で使っている名前は出しませんが、彼は『あなたが受賞するといいと思っている。私の本名はムスタファだ。でもこの名前は使えない。仕事がこなくなるからね』と言いました。私がここにいるということは、彼のような人びとにとって意味があるのです」

そう言ってアリさんは、今回の賞を「ムスタファなど、ワリードと同様に発音しにくい名前の人びと」に捧げた。

エピソードを通してテレビ界にまだ差別があることを示唆したアリさん。それだけに、彼がロギーのような大衆的な賞を受賞したことの意味は大きい。それはオーストラリア社会が、特殊な一部だけでなく、より幅広いレベルで変わってきていることを意味している。

イスラム教の人びとへの風当たりが厳しい昨今、そしてオーストラリアが移民国家として成熟しつつある今だからこそ、アリさんのような人がメディアで果たす役割は大きい。これからの活躍に期待したい。


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

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