AUSメディア・ウォッチ「ナウルとマヌスの内側」

オーストラリア・メディア・ウォッチ

オーストラリアの新聞をはじめ、テレビ、ラジオ、映画、書籍などのメディアで今話題のもの、または面白い記事やエピソードを毎月1つ取り上げ、そこから見えるオーストラリア社会を在豪日本人の視点で紹介する。

第11回:ナウルとマヌスの内側

エヴァ・オーナー監督の最新作『チェイシング・アサイラム(Chasing Asylum)』が上映中だ。映画『「闇」へ』でアカデミー賞を受賞したオーストラリア出身の監督が、今回は母国の難民政策に切り込んだ。ボート・ピープルを収容する国外施設の内情に迫ったドキュメンタリーだ。

カメラが捉えたもの

映像の力というのは大きい。米国CNNテレビがライブ中継した湾岸戦争、ニューヨークのツイン・タワーに飛行機が激突した9・11の映像は私たちの脳裏に焼き付いている。

この映画にはそんなインパクトがある。テレビや新聞で難民のニュースに触れても、実感を持って受け止めることは難しい。ところが、実際の映像と証言者の声でそれを目の当たりにすると、衝撃的な事実として迫ってくる。

オーストラリア議会の資料によると、同国は「不法入国を試みる全ての外国人(亡命希望者を含む)の収容が強制されている唯一の国」だ。密航船に乗ってきた難民認定希望者は、南太平洋にある国外施設に収容される。

現在、この国外収容施設内にメディアやカメラが入ることは厳しく制限されている。本作品で使われている映像は、パプアニューギニアのマヌス島とナウル共和国にある収容所の内部を、映画に協力した現場スタッフが携帯電話で内密に撮影したものだ。

映画の映像はもちろんのこと、収容されている人びとの声や、元現場スタッフらが内情を語った証言も生々しい。

感染病が蔓延する不衛生な施設のなかで、人びとは何もすることがない。2013年にケビン・ラッド元首相が「ボートで来た亡命希望者がオーストラリアに定住することはない」と発表して以来、先行きに希望もなくなった。性的暴行が報告されないまま放置され、精神病を患う人、自傷行為を繰り返す人が後を絶たない。

実際、オーストラリアの亡命希望者に対する処遇を批判した国際連合の報告書が、昨年3月にジュネーブの人権委員会に提出されている。同年11月に行われた国連人権理事会では、オーストラリアの国外収容施設が批判の的となった。

隣の難民

オーストラリアにいて難民問題に無関心でいることは難しい。日本とは比較にならない数の元難民が定住しているからだ。

ここに住んでいれば、職場の同僚はサイゴン陥落の際に難民船でやって来たベトナム系オーストラリア人、英語のクラスで机を並べるのは戦火を逃れてきたイラク系オーストラリア人ということも珍しくない。

そんな隣人としての難民を主人公にした在豪日本人作家の小説があるほどだ。第29回太宰治賞を受賞した『さようなら、オレンジ』(岩城けい著)は、アフリカ難民の女性と在豪日本人女性の関わりを描いている。共感する部分が多いのは、日本人であってもここに住んでいれば難民が身近だからだろう。

オーナー監督にとっても難民の問題は身近だったようだ。ユダヤ系の両親は、第2次世界大戦中のホロコーストで家族を失った後にオーストラリアへ移住したという。

「1世のオーストラリア人として、そしてホロコーストでかなりの打撃を受けた家庭の子どもとして、そのことはいつも私の心の中にありました。(中略)罪のない人にも悪いことは起こり得るという強い意識のなかで私は育てられました」と、オーナー監督はシドニー・モーニング・ヘラルド紙(16年5月21日)の取材に答えている。

オーストラリアに住んでいれば、難民問題は隣人の話であり、家族の歴史でもある。そういった意味でも、映画『チェイシング・アサイラム』で見せつけられる現実は対岸の火事ではない。

議論の前に

密航船で来た人びとが行き着く先は、オーストラリアではなく国外の収容施設だ
密航船で来た人びとが行き着く先は、オーストラリアではなく国外の収容施設だ

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の6月の発表によると、世界で国を追われている人の数は第2次世界大戦後最大の6,500万人に上った。

増え続ける難民をどうするか。世界中の専門家が集まっても絶対的な答えが出ないなか、ナウルやマヌスの収容施設に代表されるオーストラリアの強硬政策は1つの対策とされている。

しかし、エイジ紙(同年5月9日)は同映画を高く評価した社説のなかで、「政府の国外強制収容政策の人的・経済的コストには正当性がない」とした上で、「収容施設にかかる何十億ドルもの税金を、亡命申請を処理するための人道的な地域システム構築のために使うべきである」と主張している。

「最近公開されたドキュメンタリーが、我が国の議論を変える可能性を持っている」

難民問題は国際的な政治問題であると同時に、生身の人間の問題だ。この映画はそんな当たり前のことを思い起こさせてくれる作品でもある。

オーストラリアに住んでいれば身近な難民問題。それを考える機会として、また難民をめぐる政治議論を見直すきっかけとしても必見の映画だ。

映画『チェイシング・アサイラム(Chasing Asylum)』は各地で上映中。
Web: www.chasingasylum.com.au/#!screenings-1/b716w


クレイトン川崎舎裕子
Hiroko Kawasakiya Clayton
◎米系通信社の東京特派員(経済・日銀担当記者)を経て、2001年よりオーストラリア在住。クイーンズランド大学院にてジャーナリズム修士号を取得後、03年からライター。キャンベラを拠点に社会事情などについての記事を雑誌や新聞に執筆する
Web: twitter.com/HirokoKClayton

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る