【現代アート】見ているうちに変わってもアートですか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第11回

“見ているうちに変わってもアートですか?”

束芋FURO 2006
束芋FURO 2006

これはまた変わった質問ですね。というか面白い質問です。というのは、作品というものは同じ姿をしていても、年代を経て名声や解釈は変化するからです。

そしてまた見る方も変化する。じっと絵画作品を見ていると、作品の内容自体が変化して見えてくることもあります。

変化しないものは何もないというのが仏教の教義だとしたら、ストア派などのギリシャ哲学も変化を第一義に置いています。「同じ川の流れに2度足を入れることはできない」というヘラクレイトスの有名な言葉もあります。鴨長明の『方丈記』でも同じようなことを言っていますね。

平家物語の冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は有名ですが、考えてみると意味深いです。同じ鐘の音が、歴史の中で繰り返し鳴り響き、時代時代、聞く人々それぞれによって違う。ある人生の諸行無常の変化は走馬灯を見るように、鐘の音が残響を残しながら鳴る間、駆け巡ります。まさに春の夜の夢のごとしです。

そうした、いわば哲学的、あるいは見る者の内面的な変化と違い、本当に作品が変わってしまった例を挙げるならば、ロバート・スミッソンのスパイラル・ジェティは作者も予想していたとおり、作品は年々変化し、今ではほとんど水没してしまっています。デュシャンの大ガラスという作品も、事故でヒビが入ってしまったのですが、デュシャンはそのヒビによって作品がより意味深くなったと言っています。

もっとも今回の質問は、ある作品の評価や鑑賞が環境や人によって変化する、あるいは長い時間とともに作品の姿が本当に変わってしまったというよりは、ビデオのように、時間とともにイメージが刻々と変化する作品に関してのことのようです。あるいは動く彫刻、「キネティック・アート」のことかもしれません。

確かに最近、絵画やドローイング、または写真といった静止画、そして彫刻に替わって、ビデオやアニメーション、動く彫刻など観者の目の前で刻々と変化するものが作品として提示されています。コンピューターを使った、観客と一体になった体感型のインタラクティブなアートも出てきています。

14世紀のルネッサンスというのは透視図法を使ったということで知られています。ルネッサンス以前は平面的表現で個々のイベントを絵にしていました。透視図法によって、初めて額縁を窓に見たてた立体的な動きが秩序を持って絵になりました(アルベルティの「絵画論」)。

透視図法は立体的な目の動きを秩序づけたものです。ものを見る目の動きを、何百年もかかって、平面に表現したともいえます。そして今、また1つの革新として、身体を伴った動きと見る目の動きに対応するインターフェイスを持ったアートが表現になろうとしているのだと思います。

アートの有名な賞でも最近は動画も含まれるため、メディア・アート賞と呼ばれることが多くなっています。各国のビエンナーレには必ずと言っていいほど、メディア・アートが含まれています。2011年のベネチア・ビエンナーレの日本代表は束芋という作家でした。彼女はアニメーション・ビデオ作家で、ドローイングもしますが巨大なインスターレーションを伴った動画が中心です。

国際メディア芸術賞としては、日本では文化庁メディア芸術祭が有名ですが、私が以前コラボした、「カンブリアンゲーム」というプロジェクトが過去に自由投票部門で岡本太郎に次いで2位になったこともあります。展示ではNTTインターコミュニケーション・センターやパナソニックセンター、金沢21世紀美術館はじめ、こうした分野に力を入れているところが多くあります。

ではメディア・アートとは何でしょうか?主にビデオ・コンピューターを使ったアートですが、人と人とのコミュニケーション自体を使ったアートも含まれます。去年はNGV(国立ビクトリア美術館)で猪子寿之のチームラボによるインタラクティブなインスタレーションがありました。バーチャルな魚を使った作品ですが、子どもたちが足を動かすたびに魚の群れが追って来ます。色彩も素晴らしくバーチャルな水面を子どもたちはあちこち飛び回っていました。

しかしこういったインタラクティブな作品はアートと呼べるものでしょうか?アートというのは結果として美術史という怪物に飲み込まれる現在進行中の創作活動です。未規定の、人を引きつけて止まない斬新な表現がアートです。アートの後に美術史という道ができるのであって、美術史の後にアートが続くわけではありません。

そしてメディア・アートはまさに現在、未規定です。観者の前で変化し続ける動くアートは新たな経験を作り出し、作品として美術史上で取り上げられるものも出てくるでしょう。あるいは美術史自体を解体してしまう、怪物以上に怪物の作品群も出てくるかもしれません。

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<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

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