【現代アート】アイ・ウェイウェイってどんな芸術家ですか?

現代アート塾

関心はあるものの、実はまったく理解できない! いったいどこから勉強していいのか分からない! そんな読者の心の声に答えるべく登場したこのコラム。奥深い現代アートの世界に対する素朴な疑問に、著者がずばり回答。優しく解説してくれます。これを読めば、芸術の世界がぐっと身近に感じられるはず。

第13回

“アイ・ウェイウェイってどんな芸術家ですか?”

Ai Weiwei
Ai Weiwei “One Recluse” NGV

アイ・ウェイウェイ(Ai Weiwei)は中国の反体制の現代美術作家として有名ですが、彼の好きな言葉、「自由」と「行動」が示すとおり、臨済録の「要用便用,更莫遲疑」(用いたいと思えば躊躇なしに用いよ)を地で行っている、人騒がせなアーティストでもあります。

現在メルボルンのビクトリア美術館(NGV)で、アンディ・ウォーホル – アイ・ウェイウェイ展が開催中です。アイ・ウェイウェイをウォーホルのようにポップ・アートとカテゴライズするには無理がありますが、確かにその流れもくんでいます。

ブロックバスター(大ヒット)を狙う豪州のメジャーな展覧会では、観衆が何人入るかが重要ですから、ウォーホルという欧米での名声を必要とするのは理解できます。つまりアジア人だけの展覧会だけでは豪州では客の入りは期待できないのです。例えば、1998年の、「モボ・モガ」という、ニュー・サウス・ウェールズ美術館で開催された日本モダン・アートの画期的とも言える展覧会は、美術館始まって以来の最低の客の入りだったそうで、その轍を踏まない策であったのかもしれません。

ウォーホルは、ポップ・アーティストとしての名声以外に、「反体制」の面でも知られています。ニューヨークのアトリエである巨大な「ファクトリー」には、ベルベット・アンダーグラウンドを始めとした「反体制」のロッカーたちが出入りし、60、70年代のボヘミアン的倦怠感のある空間を醸し出していました。同じくポスト・デュシャンを継承するウェイウェイは「反体制」ではありますが、ウォーホルと同じキッチュの文法を使ったポップ・アートの路線を走ることは、彼の政治的、また、中国というコンテクストではあり得ません。

ウェイウェイはポップやポスト・デュシャンというよりも、ポスト・ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻(Soziale Plastik)に属すると考えます。ボイスは「芸術こそ進化にとっての唯一の可能性、世界の可能性を変える唯一の可能性」という信念から、目に見えないエッセンスを、具体的な姿へと育て、作品化することを目指しました。アーティストが唯一、将来、社会を変革する資格があるとの信念からでした。ウェイウェイは社会彫刻を怒りと反骨精神で踏襲しているといえるかもしれません。彼は「全てはアートである。全ては政治である」と言っています。社会彫刻を方法論とし、現代の道化師としてのアーティストの体を通して、一党独裁の中国政府や資本主義という怪物に、国際的アーティストという後ろ盾を得て突っかかっていくという姿勢。狂気的であり、かつ、したたかなアーティストといえます。

中国政府はウェイウェイの名声に乗じて彼を北京オリンピックのアーティスティック・アドバイザーに指名しました。これは中国政府の大きな失策であり、かつ北京オリンピックが違った意味で注目を集めることになりました。

彼はかの「鳥の巣」陸上競技場のデザインに関わったのですが、中国のオリンピックへの姿勢に嫌気が差し、途中で辞任してしまいました。中国政府への抗議はここに始まったわけではありませんが、彼はその後、雲南省で起きた地震での建物崩壊(政府の建てた建物に手抜き工事があった)による何百人もの小学生の犠牲者の名前をさらしたことで、更に中国政府の逆鱗に触れてしまいます。後に彼はパスポートを取り上げられたうえ、逮捕までされてしまいました。ウェイウェイは当然のことながら、この一連の件をビデオにして国際的にさらします。

ウェイウェイには出自から反体制的魂が宿っていたといえるかもしれません。文化革命の頃、著名な反体制派の詩人であった父親の下、家族全員が強制労働に18年間従事させられ、4歳のころから反体制を植え付けられた彼は、後の生え抜きの反骨アーティストとなる環境があったと、彼自身言っています。

ウェイウェイは、反骨アートの方法論として、サルトル的社会参加(アンガジュマン)、風刺(パロディー)、マニフェスト、増殖、置換、キッチュ、レディー・メイド、アプロープリエーション、というポスト・モダンの常套手段を使います。特に、「アプロープリエーション(流用)」は、欧米人(白人)以外では非常に使いにくい手段です。白人同士の文脈では美術史というものへのアンチテーゼ、パロディになり得るのですが、白人以外では政治的喜劇、単なる叫び、まわりまわって白人崇拝に陥ってしまう危険な手法です。欧米の文脈でもなく白人でもない、そして一党独裁の中国という体制に対しウェイウェイがこのアートの文脈を使って対峙しているというところで、意味は全く違ってきているはずです。

そこのところに興味を引かれますが、今回のNGVの展覧会では回答は得られませんでした。私はまだ見ていませんが、ウェイウェイのドキュメンタリー映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』がうまく描いているのではと期待します。

現代アートに関するあなたの疑問・質問を募集中! ご質問内容は本紙編集部までEメールにて送信ください。
Email: advert@nichigo.com.au

<著者プロフィル>
登崎榮一(Ph.D)◎メルボルン大学美術史/哲学学部博士課程修了、モナーシュ大学 アート&デザイン学部博士課程所属。現在は、メルボルン大学哲学科名誉フェローまたアーティストとして活躍するほか、ディーキン・RMIT大学(藝術の哲学)でも講師を務める。Web: bimanualdrawing.wordpress.com

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る