小説「豪リークス」第6話─イナズマ博士の夢

[小説:豪リークス]

第6話

イナズマ博士の夢

連載 文・飯島浩樹

<前回までのあらすじ>
シドニー在住の撮影コーディネーター田島俊彦は、ブルー・マウンテンズ国立公園内の一角に古代の姿そのままで自生するといわれる未発見の「ジュラシック・ツリー」を探す仕事を依頼される。東京から来たディレクターの須藤と流暢な日本語を話すオーストラリア人のジョー(JJ)とともに、ジョーの友人で先住民アボリジニのデービッドから伝説の木が棲息すると思われる場所を聞き出し、国立公園内の奥へと進み出す。途中、核物質トリウムの採掘予定地跡を通り、雨宿りで入った洞穴の中で見覚えのある蝶の図柄の壁画を見つける。
ニュース/コミュニティー
ニコラ・テスラ(1856−1943)。発明王エジソンに匹敵すると言われた天才科学者。テスラの理論を研究していたオウム真理教は、1995年にWA州で購入した農場の羊に神経ガスの実験を行っていたと、当時の地元新聞で大きく報道された

「死、復活、浄魂…」 顔を見合わせた田島と須藤は、洞穴内に描かれた蝶の壁画が、デービッドの息子ダニエルが拾った「浄魂」と漢字が記された、お守りのようなものに描かれた紋様と酷似していたことに驚いた。

「オーストラリア各地のアボリジニの部族が、死や復活のシンボルとして蝶にまつわる伝説を残しているべ」

ジョーが壁画を感慨深そうに見つめながら言った。

洞窟の外では雨が激しさを増し、バチバチと大きな音をたて始めた。

「ヘイル・ストームだべ」

激しい雨は雹ひょうに変わったようで、パチンコ玉ほどの大きさの白い氷塊が岩に跳ね返り、洞穴の中にも入り込んできた。

田島たちが見つけた洞窟は、切り立った崖の前に座す直径2メートルほどの巨大岩の上にぽっかり口を開けていて、幸い豪雨が流れ込んでくる心配はなかった。

「ドドドーン」

天を切り裂くような稲妻が辺りを鋭く照らした直後、まるで爆弾でも落ちたかのような大きな落雷の音が響いた。

「おっと、すぐ近くに落ちたようだべ」

ジョーが表情を変えずに言った。

「雷っていうのは、ものすごいエネルギーを持ってますよね」

時折シドニーの街中を襲うこともある、まるで神の怒りが地上に下されるかのような稲妻と、一瞬にして道路が川のようになってしまう集中豪雨を思い浮かべて田島が言った。

「そうだね。雷のエネルギーと言えば、イナズマ博士って知ってる?」

「イナズマ博士?」

「そう、今から百年くらい前、発明王エジソンに匹敵する才能を持っていたと言われる、天才科学者ニコラ・テスラ」

「テスラコイルのテスラですか?」

「その通り。彼は雷のエネルギーの凄まじさを見て、地球という強大な電磁場を作って回転する球体をうまく利用すれば、想像を絶するようなパワーを半永久的に作り出せるのではないかと考えたんだ」

須藤が足元に飛び込んできた1粒の雹をつまみあげて言った。

「テスラは、エジソンと対立して、自分の身体に高周波電流を流すショーを行ったりしたんで、”イナズマ博士“とか”狂気の科学者“なんて呼ばれてるんだけど、僕がテスラがすごいなと思うのは、地球規模の無線送電システムの開発に本気で取り組んでいたからなんだ」

「ええっ百年前にそんなことが可能だったんですか?」

「うん。ニューヨークのジャーナリストの前で高周波振動を利用して400万ボルトの電流を発生させたり、巨大な無線送電塔の建設を始めたり、かなりいいところまでいったんだけど、突然スポンサー企業からの援助を打ち切られてしまったんだ」

「それは残念。もしその無線送電が完成していれば、送電線もいらなくなるわけで、電気代も相当安くなっていたでしょうね」

「安くなるどころか、ほとんどタダでしかも無限に電気を使える可能性も秘めていたんだ。だからこそ企業の反発を受けたのかもしれないけど、何よりその後の人間が、原発なんてものに頼らなくてすんでいたかもしれなかったんだ」

「テスラはHAARPの原型みたいなものも開発したようだべ」

いつになく黙って2人の話を聞いていたジョーが、ポツリと言った。

「HAARPってあの気象兵器の?」

「トシさん。ちょっと”2ちゃんねる“の見過ぎだよ。でもこのテスラは、電磁兵器や人工地震を起こすことも可能だなんて言っていて、彼の研究のいわば負の部分を真に受けて、ここオーストラリアで変な実験を実際にしようとしていた日本のカルト宗教団体もあったけどね」

「オーストラリアで実験って、オウムのことですか?」

20年ほど前、オウム真理教がWA州の広大な土地を購入し、化学兵器や核爆弾の製造を模索していたと報道されたことを田島は思い出した。

「おっと、雨が少しおさまってきたようだね」

田島は話題を変えるように立ち上がり、洞穴の入り口へ歩み寄り外を見上げた。

雨は小降りになっていて、西の空が明るくなってきていた。

「おっダブル・レインボーだべ」

空には2重の虹がかかり、大きな白い塊が細胞分裂したように千切れた雲が、夕焼け雲とは異なる、血の色が薄く混じったようなピンク色に染まっていた。

「まさか、スカラー波…」

「えっ?」

田島は須藤がつぶやいた言葉を聞き返したが、須藤は何も答えず洞穴の外へ歩きだした。

雨上がりの山の空気は、少し湿ってはいるが清々しく、まるで地上のいっさいのけがれが洗い流されたかのように、キラキラと眩い輝きを放っていた。

「ところで、トシさんはなぜオーストラリアに来たの?」

「大学を終えた時がちょうど就職氷河期で仕事に就けず、バイトでお金を稼いで、最初はワーキング・ホリデーでこちらに来ました」

「あっそうか、僕らの世代はちょうどバブルの終わりごろだったから就職には困らなかったけど、トシさんたちの世代はかわいそうだよね」

「今オーストラリアは資源バブルで、中国バブル。いつはじけるやら…」

ジョーが独り言のようにつぶやいた。

それからしばらく3 人は無言で歩いた。田島は、昔妻のリンダと山歩きをした時のことを考えていた。

「オー! ノー!」。先頭を歩いていたジョーが突然足を止め、叫んだ。

眼前には、増水した川が行く手を阻んでいた。

「さっきの大雨で、橋が流されたようだべ」

それほど大きな川ではないが、丸太を1本通したような粗末な橋が流され、向こう岸には落雷で倒された大木が道を塞いでいた。

「こりゃ、無理しない方がよさそうだべ。もう少しで日が暮れる。しかたがねえ、さっきの洞窟の辺りまで戻るべか」

ジョーがそう言ったか言わないいうちに、川の向こう岸から、甲高い声が聞こえた。

「Somebody help! Help! 」

「Hey! What’s happened?  誰かがあの倒れた木の下にいるようだべ」

ジョーが声をかけると、倒れた木をよじ登って1人の女が姿を現した。

「連れが木の間に挟まって身動きが取れないの!」

アメリカ英語訛りの少しハスキーな声でその女が叫んだ。

「あっあの人は…」

田島は、目の前の女がブルー・マウンテンズのホテルでドライバー・ガイドの平松と一緒にいた女性ではないかと思った。サファリ・スーツを着てダークな長い髪は後ろにまとめていたが、エキゾチックな美しい顔立ちが印象に残っていたのだ。

「日本人ですか?」

その女は田島たちを見ると、流暢な日本語でも叫んだ。

「よし、Are you ready? 」

ジョーはリュックの中からロック・クライミング用の頑丈なロープを取り出し、川岸の大木にくくりつけた。

(つづく)


HAARP = High Frequency Active Auroral Research Program(高周波活性オーロラ調査プログラム)の略称


飯島浩樹(いいじまひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。

 

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