最終話 光あるうち光の中を歩め

[小説:豪リークス]
第11話 最終回

光あるうち光の中を歩め

連載 文・飯島浩樹

<前回までのあらすじ>

シドニー在住の撮影コーディネーター田島俊彦は、ブルー・マウンテンズ国立公園内に自生する未発見の木を探す仕事を依頼され、テレビ局のディレクターの須藤と流暢な日本語を話すオーストラリア人ジョー(JJ)とともに、国立公園内の奥へと進み出す。途中、増水した川で助けを求めていた謎の美女マイヤー・ミキと田島の友人で負傷した平松康弘を助け、先住民の壁画が描かれた洞穴の中に一時避難した。そこで、須藤の本当の目的が、平松が属する常温核融合の技術を使い革命を起こそうと企むSCRという団体の動向を探ることだったと明かされる。田島たちに促され下山することにした平松は、途中切り立った崖から突然飛び降りる。田島はそれを見て呆然と座り込むが、背後から落下してきた大きな岩の下敷きになった。

「豪リークス」
南太平洋の夕日(撮影=飯島浩樹)

上も下も右も左もない。まるで重力のない宇宙空間に浮かんでいるかのように、身体がへその辺りを軸にゆっくり回転している。周りは真っ白で何も見えない…。

「静かだなぁ…」

田島は、幼いころ行ったスキー場で、見渡す限り白銀の世界のゲレンデで大の字になり、雪の中に埋もれた時の感覚を思い出した。空からはゆっくりと無数の雪の結晶が舞い降りてくる。周囲の音はすべて吸収され、心臓の鼓動だけが微かに内耳を通じて聞こえている。

ふと目を閉じると、懐かしい情景が次々と蘇ってきた。

秋晴れの日。祖母の皺くちゃな手を握って歩いた田んぼのあぜ道で、たんぽぽの綿帽子を思いっきり吹くと、散り散りになった種子が青空にふわっと広がった。

母の自転車の荷台に乗り、冷たい風を避けるようにやわらかい背中に顔をうずめた冬の朝…。

まるで走馬灯のように、これまで出会った人たちの顔が浮かんだ。

妻とつき合い出して間もないころ、2人で出かけたシドニー郊外の植物園。ターキーにビートルートをはさんだサンドイッチのランチボックスを膝の上に置き、満開のバラを嬉しそうに見つめる彼女の横顔に、思わず持っていた小型カメラのシャッターを切った。

田島は、今まで感じたことのない安らいだ気持ちになった。遠くに仄かにきらめいていた金色の光が次第に大きくなり、近づいてきた。

「ああ、あそこに行くのか…」と田島が感じた瞬間、幼い息子の呼ぶ声が聞こえた。

「パパ、パパ!」田島は突然何かに両足を引っ張られ、光とは反対側の薄暗い方向へ吸い寄せられていった。

目を開けると、今は別居しているオーストラリア人妻のリンダと12歳になる息子のケンがいた。

「トシ、気が付いたのね!」リンダが包帯で巻かれた田島の右手をそっと握った。大きなブルーの瞳は涙であふれていた。

「ここは…」

「シドニー市内の病院だよ。トシさんが落石の下敷きになった後、ほどなく救助隊のヘリが到着して、病院まで運んでくれたんだ。あれから丸3日、ずっと昏睡状態が続いていたんだけど、今朝ドクターから連絡があり、みんなでここに駆けつけたんだ」

リンダとケンの横で、ディレクターの須藤がいつもの少し低いトーンの声で言った。

「まずは良かっただべ」。指で頬を伝わる涙を拭ったジョーもいた。

「あっ、ヤスさんは…、ヤスさんはどうなったんですか?」

ようやく混乱していた記憶が戻り始めた田島が尋ねた。

「彼も奇跡的に助かったんだよ。崖から飛び降りた後、途中で木に引っかかって崖下までは落ちなかったんだ。それでも重傷を負って今この病院の別の棟に入院しているけど、意識ははっきりしていて命に別状はないそうだ」

「でも警察が…」

「うん。平松氏には断続的に警察の事情聴取が続いていて、まだ奥さんなどの関係者以外は会うことはできないんだ。でも、あの日SCRの実験場が捜索を受け、そこにあった施設はとても常温核融合を起こせるような代物ではなく、スカラー波発生装置もハリボテだったことが分かったんだ。どうやら例の”革命話“も、団体が信者から寄付金を集めるためのでっち上げだったようなんだ。結局平松氏も団体に騙されていたんだね。デービッドは警察に協力したこともあり、身柄を拘束されることはなかったようだ」

「そうだったんですか…」須藤の言葉に田島は少しため息を漏らした。

「SCRの代表もシドニーの本部にいたところを詐欺罪で逮捕され、連日地元メディアも病院の周りに集まって来ていたけど、今日はカメラも記者もいないようだね」

「いやあ。ここのところ人気がガタ落ちだった首相が、昨日の夜いきなり与党党首選をやるって決めたもんで、今朝からそのニュースで持ちきりなんだべよ」流暢だが変な訛りのある日本語でジョーが言った。

「そうか。日本の記者も何人かコンタクトしてきたけど、日本国内は政治スキャンダルや災害、事件などいろいろ重なって、海外ニュースがあまり入らない状態なんだって言ってたよ」

「トントン」ドアをノックする音がし、2人の女性が病室に入ってきた。

「あっミキさん、それに淑子さん!」田島の意識が戻ったことを知らせに行ったミキが、平松の妻・淑子を連れて戻ってきたのだった。

「トシさん。このたびは本当に申し訳ありません。本来なら平松が直接謝らなければならないんですが、今はそうもいかないんで…。とにかくこれを渡してくれって…」

『光あるうち光の中を歩め!』

田島に深々と頭を下げてから淑子が手渡したメモには、そうひと言書かれていた。

「これは、ヤスさんが崖から飛び降りる直前に奥さんと息子さんに伝えてくれって言った言葉ですよ!」

「はい。なんでもロシアの文豪トルストイの小説のタイトルにもなっている聖書の一節で、牧師だった平松の父が常に口にしていた言葉だそうです。ご存知の通り夫は難しいことをぶつぶつ言うのが癖で、私にはよく分かりませんが、トシさんには”暗闇に追いつかれないうちに光の中を歩んでいってほしい“と言っていました」

淑子の言葉に、田島は目覚める前に見た金色の光のことを思い浮かべた。

「それで、須藤さんとJJの仕事の方はもういいんですか?」

「いやあ、結局ジュラシック・ツリーは探せなかったけど、プロデューサーから、今回のことは会社として最大限のことはさせていただくつもりなので、保険などある程度片付くまでここにいろと言われているんだ」

「ワタスも乗りかかったフネだからヨ」

「リンダとケンは?」

「こんな重病人を放っておけるわけないでしょ。ねえケン」

「うん。パパ、早く良くなってまたラグビー観に行こう」リンダが自分の身長とほぼ変わらなくなった息子の肩に腕を回して言うと、ケンもうなずいて答えた。

「これが光、なのかな…」

田島は、目から流れ出るものを見せまいと、陽が射し込む病室の窓に顔を向けつぶやいた。(完)


飯島浩樹(いいじまひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。

 

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