第17回(最終回) さらばPEACEBOATよ、わが旅よ

地球はやっぱり青かった!

絵本作家・森本順子氏がPEACEBOATで巡った世界1周の船旅の記録
文・イラスト・題字=森本順子

第17回(最終回) さらばPEACEBOATよ、わが旅よ

こともあろうにNZのオークランドに寄港したのが12月25日のクリスマス・デー。高層ビルやタワーが重なるモダンな街は、ひっそり閑としてよそよそしい。
 午後、バスで1時間あまりの、美しい海沿いにある先住民マオリ族の村を訪問する。民族伝統の儀式や文化、言語などは国によって大切に保持されている由。歓迎の儀式、民俗舞踊、威嚇の踊り、ワークショップetc、「おりづる」からの証言などの末、最後におもてなしの民俗料理を堪能した半日の交流だった。
 港に帰るや、たった1軒開いていた店が、大橋巨泉さんの土産物屋(もちろんニホンジンが殺到したのは言うに待たず)。美しく点灯された巨大なXmasツリーに名残を惜しみつつ、船はやがてタスマン海の闇の中へ歩を進めた。私に残されたのはあと4日ばかりの航海。
2008年12月29日早朝。朝日を浴びて華麗に輝くオペラ・ハウスに迎えられ、ハーバー・ブリッジをくぐり、ダーリン・ハーバー第8埠頭にモナ・リサ号はその白い船体を休めた。
「とうとう帰って来てしまった…」。なぜか安堵に未練の想いが重なる。早速ターミナル内で地元メディア向けの記者会見が開かれ、私も被爆者代表として証言、取材などを受けた。その後、おりづるプロジェクトはモリ・ギャラリーに移動。核実験によるアボリジニの被爆者、シドニー大学平和・紛争学センターの面々、緑の党議員や平和活動家など、多数の地元の人々と、グループに分かれての質疑応答、意見交換、そして被爆証言を行った。
 帰途、王立図書館、植物園などを回って、帰船。その夜、開かれた豪勢な船内レセプションに息子の功もお招きいただいた。緑の党のスコット・ラドラム上院議員やシドニー日本国総領事館から眞鍋寛領事、ほか多数の来賓あり、非核平和についての熱いメッセージの交流は、ピースボートならではのもの。功は船に泊めていただけることになっていたが、病む老猫を案じて帰宅した。


モナ・リサ号

明ければ晦日。功が早々と乗船して来た。ほかでもない。私の下船の荷作りをするためだ。ダンボール箱4個、大小スーツケース2個etcに膨張してしまった荷物をキャビンにうっさばいていたのを、片っ端から合理的に仕分けし、詰め込んでたちまち立派な荷物に仕上げてくれた。
 船の「コーラル」レストランでの最後のランチを2人で楽しみ、下船時刻まで船内を巡り案内しながら、この船旅を功と共有したかったなあとつくづく思った。
 たくさんのハグ、またハグ。涙、涙…。4カ月近く寝食をともにし、被爆証言という重い荷をともに背負い、寄港した20もの国で実践してきた一期一会の船友たちとの別れであった。ハーバー・ブリッジのたもとまで船を追いかけ、やがてその白い姿が遠く岬の向こうに果てるまで私は立ち尽くし、聞こえるはずもないのに、「サヨーナラー ! ありがとう !」かすれる声で叫び続けていた。
 たった独りぼっちになってしまった。みーんなみんな日本に帰って行ってしまった。私1人を残して…。子どもっぽい私の感傷を察したのか、背中を撫でてくれる息子の掌がやさしかった。
「行かずに後悔するより、行って後悔する方がマシ」と思い決め、ドクターから船医宛ての手紙、X線写真、飲みかけの抗生物質などと、少なからぬ不安を抱えてスタートした私の旅であった。完結した今、後悔はない。
2万8,000トン、地球を包んで限りなく広がる海の青を切り裂いて進む白亜の船の孤独な姿。その限られた空間に生を託した700余もの人間たちの、地上生活の掟から解放された日々。たくさんの準備された学習や研究会、知名人による各種の講演、さまざまなワークショップ、世代を超えた交流etc。そのうちに我々自身がさまざまな行事を企画実行し、退屈している暇などなかった。
 訪問した20に上る国々では偉大な遺跡もさることながら、長い負の歴史、悲惨な現況などに接し、現地の人々との熱い交流を体験することができた。この旅は私にとって、正に正解であった。
 それにしても、地球はやっぱり青かった !
<完>


PROFILE もりもとじゅんこ
◎1932年3月31日生まれ、広島市出身。シドニー在住。45年8月6日13歳の時、広島市で被爆。82年50歳でオーストラリアへ移住。著者自らの被爆体験を描いた英語版絵本「My Hiroshima」ほか、日本民話の英語版絵本「鶴の恩返し(The White Crane)」「一寸法師(The Inch Boy)」「わらしべ長者(A peace of straw)」「なめとこ山の熊(Kojurou and The Bears)」「仁王とどっこい(The Tow Bullies)」など著書多数。84年から4年連続で豪州児童図書評議会賞を全国3位、2位、2位、1位受賞。97年と98年にNSW州児童文学賞およびオーストラリア児童図書評議会賞1位を受賞。

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