オーストラリア絵本の中の日本と日本語

オーストラリアの子どもの本
オーストラリアの子どもの本 第8回
オーストラリア絵本の中の日本と日本語
オーストラリアで広く読まれている子どもの本は、西欧の児童文学の流れを汲むものが主流でしょう。それでも近年、アジア的影響が見られる作品も増えているように思います。出版されて10年ほど経ちますが、根強い人気の『ファンファン、中国語で話して!』(“Speak Chinese, Fang Fang ! ”、サリー・リッピン作、Omnibus Books、1996)は、オーストラリア内の中国文化というテーマを描いた作品ですし、近作では、オーストラリアで活躍していた中国出身のバレエ・ダンサーによる自伝的作品『農村の王子』(“Peasant Prince”、リー・クンシン作、アン・スパドビラス絵、Penguin/Viking、2005)が、高い評価を得ました。アジアは、ほかにもいろいろな形で、子どもの本の中で表現されています。


そういった中、オーストラリアの子どもの本の中に「日本」や「日本語」を見つけることもあります。1つは、日本の作品の翻訳や日系作家の作品です。日本の有名作家(例:中川李枝子、安野光雅、赤羽末吉など)の英訳は書店でも見かけますし、日系の作家では、森本順子さんが日本の民話や童話をたくさん翻訳なさっています。オーストラリアで日本の物語がそれほど知られているとは思いませんから、こうした日本作品は貴重だと思います。
一方で、オーストラリア人作家が描く日本もあります。それらは、しばし私たち日系/日本人の親しんでいる日本からやや隔たりのある姿ですが、私は、オーストラリア的に変容した「日本」、英語文化の中に組み込まれた「日本語」を興味深く感じます。そうしたものは、オーストラリアで日本や日本語がどう受容され、そして変化していくのかを教えてくれ、同時に私の中の凝り固まった日本観を解きほぐしてくれるからです。
そうは言うものの、あまりにも変わり果てた「日本」に遭遇すると、最初は違和感を抱きます(日本の寿司のつもりでオーストラリアの「スシ」を食べた時の感覚に似ているかもしれません)。『たまごが かえるとき』(“When it is time”、ステーシー・マクレーリー作、サリー・リッピン絵、Lothian、2004)という絵本を読んだ時も、正直うんざりしました。なぜかと言うと、この作品の中の日本や日本語がひどく薄っぺらに思えたからです。この絵本は、サクラちゃんという女の子が、ニワトリが卵を孵化する様子を見守る物語です。サクラちゃんは、奇妙な着物(キモノ ? )を着ています。また、景色や樹木には、漢字が毛筆で模様として描かれています。庭の池の中には「koi」(鯉)が泳いでいます。それだけならまだしも、ニワトリは「コツ、コツ、コツ」と日本語の擬音をたてて卵をつつきます。卵は「プツ、プツ、プツ、プツ」とひび割れ、最後に「パリ、パリ、パリ」と割れ、「パカ ! 」と、ひよこが登場します。
妙な本だ! と思っていたら、同じ作者と画家による『わたしが わたしで あること』(“What Makes Me Me”、Lothian、2005)という作品も見つけました。これはアキコという女の子が、サナギから蝶に変わる様子を見守るものです。アキコは見るからに日本人で、日本のアパートのような高層住宅に暮らしています。景色や建物には、前作同様、模様みたいな漢字が書かれています。文中では、「ムシ、ムシ、ムシ」とか「ブル、ブル、ブル」と言った日本語の擬音が使われています。
私は、この作品を前よりも注意深く読んでみました。そして、今度は面白いと思いました。まず、文に混在している日本語の擬音ですが、これらを日本語と考えるのは実は間違いで、これらは英語の文脈の中で新しい言葉として生まれ変わっているのです。例えば、「buru buru shiver, buru buru shiver」(羽化した蝶が震えている場面)という文ですが、多くのオーストラリアの子どもの読者は、「buru buru」という擬音を知りませんから、これを日本語だと思う前に、変な言葉だと思って面白がって読むに違いありません。また、背景の漢字は、意味のある文字として書かれているのではなく、あくまで風景の一部なのです。漢字を読めない読者にはそう見えるはずです。そして、これらの漢字は、アキコを取り囲む世界のさまざまな雑音を象徴しているのかもしれないと思いました。アキコが蝶の羽化を眺める時、周囲の雑音は耳に入らなくなり、静寂に包まれます。そして、蝶が震えると、「ブル、ブル、ブル」という擬音だけが頭の中に響くのです。そうやって、アキコは蝶の羽化を心で見聞きしているのです。
子どもの本は、心で読むべきものでしょう。子どもは、物語の文化背景が何であれ、関係なく物語を楽しみます。大人はこのような気持ちにはなかなかなれませんが、絵本を読む時は、時には自分が日本人や大人であることを忘れた方が面白く読めるのだと気が付きました。
オーストラリアの子どもの本
『わたしが わたしで あること』(“What Makes Me Me”, by Stacey Mccleary, Sally Rippin, Lothian, 2005)


渡辺鉄太プロフィル
著述業。息子との森歩きエッセイ「もりのなか」を日豪プレスに2005年から06年まで連載。著書に異文化での子育てについて書いた「緑の森のバイリンガル」(三修社)、絵本「もりのびょういん」(加藤チャコ・画、福音館書店)、翻訳書に童話「ベンジー」シリーズ(アリス館)など。メルボルンこども文庫主宰。モナシュ大学客員研究員、博士(言語学)。妻は美術家で絵本作家の加藤チャコ(web: www.chacokato.com/)。96年からメルボルン在住。

 

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る