落語家・月亭方正さん、シドニー公演記念インタビュー

落語家・月亭方正によるシドニー初の落語公演「月亭方正独演会」が1月7日、市内のモンキー・バーで開催された。芸人「山崎邦正」としても長年親しまれてきた同氏の公演は公演前から大きな注目を集め、当日は追加席が全て売り切れるほどの満員御礼、大盛況となった。爆笑と大きな感動で幕を閉じた公演後、同氏にシドニー公演に懸けた思い、現在の落語家としての心境を伺った。
(インタビュー・構成=山内亮治、写真=馬場一哉)

“落語に出合い、本当に落語に救われたという思いです。”

シドニーでの初公演

――公演だけでなくシドニーに来られたのが初めてと伺いました。街の印象はいかがですか?

これまでケアンズには6~7回行っていて、ゴールドコーストにも行ったことがありましたが、シドニーには来る機会が無くいつかは訪れてみたいと思っていた場所でしたね。印象としては、本当に都会だなと思ったことと、「物価がこんなに高いんや」ってびっくりしました。シドニーに着いてコーラを買いましたが、だいたい4ドルくらいでした。「え、うそやろ」って思いましたよ。でも、これはぼったくられているとか、そういうことではないですよね。普通に物価が高いんだなって分かりましたね。

そして、やっぱりシドニーというのは「突出した街」だなという印象を受けましたね。街自体がオーストラリアの他の都市と比べても、シドニー自体が独自の国という気さえします。シドニーに来たことで、多くの人がこの街に来たいと思う独自の魅力を理解できたと思います。

――追加席が全て埋まるほど満員御礼で大盛況でしたが、寄席の雰囲気は日本とはずいぶん違ったものだったと思います。その中で落語を披露してみてどのようなお気持ちですか?

会場では月亭方正グッズも販売された
会場では月亭方正グッズも販売された
公演会後はファンとの交流も行われた
公演会後はファンとの交流も行われた

今回の公演では、お客さんが単純に落語を楽しみに来てくれているなという雰囲気がすごく伝わってきました。そういうお客さんからのエネルギーを感じると「よし、楽しませよう」と自分自身も頑張れます。この気持ちは公演中に実感しました。

そして、来られたお客さんの年齢層が若いと感じましたね。なので、普段落語を楽しまれている方や寄席に行かれたことがある方からすれば、客層の若さに驚かれたのではないでしょうか。若い人も含めて幅広い年齢層の方が公演に来られたということは、それだけこの街に住む人びとがいろいろな文化に触れたいという気持ちがあることの表れだと思いますし、落語家としてありがたいことですね。

海外で高座を務めるということ

――海外での高座は日本と比べ心境的にどのような変化がありますか?

やはり自分が話す日本語のニュアンスが、例え海外に住む日本人が相手でも通じるのか、海外独特の笑いのツボみたいなものがあって理解されないのではないかと、海外公演に臨む際はいつも不安に思います。しかし、その心配は実際公演が始まると不要なんだと気付かされます。インターネットが世の中で十分に発達していて、誰でもリアル・タイムに日本の情報に触れることができていると、海外のどこに行こうが日本について知らないということはありません。これは日本国内でも同じ状況ですが、日本全国どこに行っても同じ文化や情報を共有しているなと感じます。

――今回のシドニー公演で、演目をアレンジしたり特に工夫された点はありましたか?

今回のシドニー公演では、「看板のピン」「手水(ちょうず)廻し」「蜆(しじみ)売り」という3本の噺を披露させてもらいました。最初の「看板のピン」はとても分かりやすく、次の「手水廻し」も笑える噺、そして最後の「蜆売り」は締めの人情噺です。

その中で、今回の公演では「分かりやすい噺」をするということを強く意識しました。分かりやすい噺をするとした上で、公演の冒頭部分で小噺も必ず加えようと思っていました。それは、初めて落語を見に来るという方が絶対に多かったはずですから、小噺を公演の最初の方で披露することにより「落語ってこんなものなんだ」「こうやって楽しむんだ」ということを一度分かってもらいたいという意図がありました。

――シドニーの前にケアンズでも公演をされていますが、海外でも通じる「落語の魅力」とは何でしょうか?

やっぱり正直な話、落語をする以上は日本の方しか相手にはできなのではないかと思っているんです。それは、落語の世界が何よりも日本の文化や歴史、日本人の持つDNAといった要素で成り立っているわけですから。

初のシドニー公演を振り返る月亭方正氏
初のシドニー公演を振り返る月亭方正氏

例えば「蜆売り」の噺。これは寒い年の暮れに家を回り蜆を売る10歳ほどの男の子を主人公にした噺ですが、その子どもが「頑張れよー!」と励まされるシーンでお客さんのほとんどはぐっと感動を覚えるんです。日本の方であれば昔の日本について分かっているので感動できますが、文化的背景に理解が無いと「小さな子どもに仕事を頑張らせてはいけないだろう」と考えてしまうかもしれません。

ただ今回のシドニー公演では、笑うべきところでしっかり笑ってくれていて、お客さんの勘が非常に鋭いなと感じましたね。これは、私の言葉を集中して聞いて、頭の中で噺の世界のイメージを膨らましてくれたからだと思いました。そして、これも「蜆売り」の噺をしている時ですが、感動して客席のあちこちから鼻をすする音が聞こえてきたんです。そういうお客さんの反応を感じて、思わずこちらも泣きそうになってしまいました。それくらい、今回来られたお客さんは噺の世界に入ってくれたんだなと実感しました。

落語家・月亭方正として

――今回の公演のお客さんの中には芸人「山崎邦正」に長く親しまれた方も多かったと思います。落語家として芸人「山崎邦正」を振り返ってみて現在はどのような心境ですか?

落語に出合うまで、実は自分の中で「寂しさ」のような気持ちがありました。芸人として活動していた頃から、自分の心にふたをして「やりたくないことをやらなければならないのか」「それが自分の人生なのか」という思いがありました。しかし、落語に出合ったことで「やりたいことをやり、お客さんに笑ってもらって、こんなにも報われるんだ」という気持ちを自分の中で見つけることができたんです。落語に出合わなければ、自分の人生の中でこうした気持ちは経験できなかったのではないかと思います。だから、落語に出合えたということは自分にとってありがたい出来事でした。本当に落語に救われたという思いです。

――芸人時代のお話になってしまい恐縮ですが、年末の番組でよく見る「ケツバット」は本当に痛いんですか?

これはよく聞かれることですね、「ビンタとケツバットは本当に痛いのか?」と。ビンタは見ての通りです(笑)。初めてプロ・レスラーのビンタを受けた時は、頭がもげたかと思いましたよ。ではケツバットはなぜ痛いのかというと、例えば手首を扇子で軽くトントンと叩いていたとしますよね、これは最初は痛くないんですよ。ただ、ずっと同じ所を叩き続けると、そのうち本当に痛く感じてくるんですよ。

ケツバットは確かに初めから痛いといえば痛いのですが、結局は説明した通りで、番組収録も最後の方になってくるとケツバットは叫び声を上げたくなるくらい痛くなるんです。

――今後もオーストラリアを含め海外公演を続けていきたいというお気持ちはありますか?

今や海外で多くの日本人が活躍している時代なので、その海外で活躍する日本人に笑いを届けたいですし、落語家であるからこそできることだと思っています。そして、その笑ってくれる人たちからも自分自身に元気を与えてもらえます。芸人だった頃はどこまで頑張っても完全には報われないと思ったんですよ。でも、落語を披露すると今回の公演のようにすごく報われたと感じるので、またおいしいビールが飲めると思いますね(笑)。

――今後に向けた抱負を教えてください。

実は、新作落語を昨年から作り始めました。そこで、まずは新作落語を今年もどんどん作っていくことが1つの目標です。また、今までは江戸落語の方を中心に覚えていたので、今年からは上方落語に集中する方向性で進んで行こうと思っています。


Profile
月亭方正(つきていほうせい)◎1968年生まれ、落語家よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。1989年に「TEAM-0」というお笑いコンビで東京に進出、93年のコンビ解散後はピン芸人として活動を開始する。2008年5月、月亭八方から「月亭方正」と名乗ることを許可され、同年12月に京橋花月で落語家として高座に上がる。13年より、芸名を山崎邦正から高座名・月亭方正に改名

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