美しきバレエの求道者 クイーンズランド・バレエ団 吉田合々香

美しきバレエの求道者 クイーンズランド・バレエ団 吉田合々香

2月某日の午後、クイーンズランド(QLD)・バレエ団に所属する同バレエ団期待の日本人ダンサー、吉田合々香(ねねか)を訪ねた。数人の髪をお団子にした若い女性が笑い声を上げながら通り過ぎ、週末の午後にもその地にバレエが息づくことを感じながら、スタジオ横のカフェで1時間半、バレエという彼女にとっての運命の始まりから欧州での挑戦の日々、そして同バレエ団で充実の時をつかむまでに至るこれまでの話を聞いた。(文中敬称略)
取材・文:植松久隆(Taka Uematsu、ライター/本紙特約記者)
写真提供:クイーンズランド・バレエ団

求道の始まり

バレリーナ、吉田合々香(24)。そのすらりとした立ち姿は、凛として美しい。

16歳で海を渡った少女は、多感な時期をバレエの本場・欧州の厳しい世界で生き抜いた。そして、24歳になった今、本場で培った経験がしなやかな強さとなり、生来の日本女性のたおやかさと相まって、その立ち振る舞いには彼女にしか出せない独特の色がある。

彼女について語る時、まずその特徴的な名前の由来に触れないわけにはいかない。「2歳上の姉が百花(ももか)なので、同じような音と、あとは豊臣秀吉の奥方『ねね』からの連想もあり『合』という漢字を『ネ』と読ませるのは、ネムノキ(合歓木)からです」と、何度も聞かれてきたのだろう、その答えにはよどみがない。

バレエとの邂逅(かいこう)は、わずか2歳という時までさかのぼる。2つ年上の姉が通うバレエ・スタジオで、姉のレッスンの間、スタジオの後ろで見よう見まねで踊った。「私もやりたい」と訴えるも「3歳から入門」という規定が彼女の前に立ちはだかり、「どうして私はダメなの」と思いながら指折り3歳の誕生日を待つ日々が続いた。

3歳になって、その小さな両足に初めてバレエ・シューズを履いた。それ以来、バレエに対する情熱は冷めることを知らず、「バレエが好きで好きでたまらなかった」という少女のダンサーとしての成長は現在に至るまで続いた。11歳になって初めてコンクールに出場したころには度々悔しい思いもしたが、そこでの失敗体験すらも彼女は自らの成長の糧にし、「自分に何が足りないのだろう」と思い悩んではスタジオでの練習では飽き足らず、帰宅後、自主練を自らに課すことまでした。

「バレエはやはりバランスがすごく大事なんです。だから、つま先で立って片足でまずは30秒、その翌日は1秒と増やしていき……1分くらいになると大変で、それでも『できるまでは寝ない』と自分に言い聞かせてやり通すほどの負けず嫌いでした」

自宅の廊下で黙々と自主練に励んだその努力は、やがて大きな成果として実を結ぶ。中学校2年生の時、神戸で開催された全国的に名の知れた伝統あるコンクールで600人近い出場者の中で7位に入り、それを皮切りに日本のトップを狙えるような結果がコンスタントに出始める。そして翌年、15歳で出場し優勝したコンクールでのある出会いが、彼女のその後の人生を運命付けた。

前年の同大会後にも声を掛けられていた高名なダンサーであるドミニク・カルフーニから、再度の熱烈なアプローチを受けたのだ。この2年越しの誘いが、彼女にバレエの本場、欧州への進出という道を開いた。15歳の9月に単身渡仏、パリのカルフーニの下で、バレエ漬けの生活が始まったのだった。

憧れの地・フランスへ

留学当初はフランス語は言うまでもなく、英語もままならなかった。そんな師弟間の会話はつたない英語でのやり取りだったが、ある日、恩師から「このままでは、あなたのためにならない。これからはフランス語でしか話さない」と告げられた。そこから、必死にフランス語を学びながら、バレエにも打ち込むという日々が1年余り続く。

その努力が血肉となり大きな成長を遂げ、パリでの生活も1年が経とうとしたころ「この地で敬愛する恩師の下でバレエに打ち込もう」と考えていた17歳の彼女を青天の霹靂(へきれき)とも言うべき出来事が襲う。恩師カルフーニが急きょ退職を強いられ、欧州での後ろ盾を失い転校を迫られるという危機に直面した。バレエ学校のオーディションの時期が既に終わったタイミングだったにもかかわらず、幸い、スペインの首都マドリードに転校先が見つかった。

幼いころから「フランス流」に慣れ親しんできた彼女にとって、転校への葛藤があったことも事実だが「必ずフランスに戻る」というモチベーションで、マドリードでも一層バレエに打ち込んだ。そして、1年後に受験した名門・パリ国立高等音楽舞踊学校に、実に40倍以上の倍率を勝ち抜いて編入学を決めた。それだけではない、5年制の同校に3年時で編入してからは教師の勧めを受けて受験した飛び級試験に見事合格。3年間のコースを2年で修了する優秀な成績を収めるなどすばらしい結果を残した。

運命の出会い、そして豪州へ

そんな将来有望な彼女のキャリアの一大転換点は、若手ダンサーの登竜門として世界的に知られる「ローザンヌ国際バレエ・コンクール」だった。15歳での初出場後、18歳で満を持して挑んだ自身2度目の大会(2013年)で、20人しか選ばれないファイナリストに選ばれる快挙を成し遂げたが、そこで彼女をオーストラリアへと導く運命的な出会いが待ち構えていた。

「最初は、熊川哲也さんなど他の有名な審査員にばかり気を取られていて、何だかいつもニコニコしている優しそうな中国人がいるなってくらいで(笑)」

その審査員席に座っていたにこやかな中国人こそ、QLDバレエ団芸術監督のリー・チンシン、その人だった。映画『マオズ・ラスト・ダンサー』で知られる世界的ダンサーに「君の踊りが心に響き、僕は泣いてしまった。君のように『心で踊れる』ダンサーにうちのバレエ団に来て欲しい」と熱心に口説かれ、リーの「あなたを私の手で育てたい」という言葉に背中を押され欧州からはるか彼方“ダウンアンダー”の地に渡る決意を固めた。

QLDバレエ団の入団前に、リーから「あなたは、私が獲得する最後のアジア系ダンサーになるだろう」と言われていたのは、芸術監督がアジア人であることで、アジア系ダンサーが多くなり過ぎることへの懸念がバレエ団内外にあったことを思わせるエピソードだ。

彼女自身も「(バレエの世界で)アジア人で損することはあっても、得したことはほとんどありませんね。ヨーロッパの物語だと、やはりお姫様みたいな雰囲気な子が選ばれる傾向にあり、その中で『私はその子にはないものを持っているのよ』という魅力を物おじせずアピールする必要がありました」と人種の違いによる困難があったことを認める。では、彼女にしかない「魅力」とは何なのだろうか。

「まずは、テクニック。日本人は全体的にそうですが、私もテクニックならカンパニーでも上位にいると自負しています。また、監督が要求するレベルにまで必ず達してみせようと打ち込む研究熱心さも、そうですね。そして、本当に1つ自慢できることがあるとすれば、4年間欧州で世界的なダンサーたちから直接指導を受けてきたこと。そういう方々に直接教わったことの全てが多くの表現の引き出しとなって、オーストラリア育ちのダンサーよりは間違いなく本場のエッセンスを直接伝えられているはずです」ときっぱり。その発言には、「本場仕込み」のバレエ・ダンサーの矜持(きょうじ)がしっかり見て取れた。

休日も世界中のバレエを動画鑑賞するという研究熱心な性格は、もはや“求道者”とも呼べるレベルに達する。

「自分にとって何がベストかを探り続け、できるだけ完成度の高いものを自分のやり方で見つけないと、本番の舞台では輝けません。人のまねではなく、自分だったらどうするかを考え『この子の踊りを見てみたい』と思わせる工夫を常に考えて練習でそれを実践する、その積み重ねをしてこられたからこそ今があるんです」

心で踊るダンサーの新境地

彼女の「今」は、まさに充実一途。定期公演でコンスタントに役を得て舞台に立つだけではなく、昨年からは主役で起用されるようになった。今年3月からの「ラ・バヤデール」でも主役のニキヤをプリンシパル・ダンサーと肩を並べる形で演じる。

リーという伝説的な存在が芸術監督に就任して以来、注目を浴び続けるQLDバレエ団。同バレエ団のここ数年のアクティブな動きの中で、リーの秘蔵っ子・吉田合々香は、欠かすことのできないダンサーとして舞台に立ち続ける。これは、当然ながらバレエ団としての期待の表れであり、ソロ・ダンサーとして自他共に認められる「ソリスト」の座にもかなり近づいていることを予感させる。

最後に、彼女が座右の銘とする、自身も多大な影響を受けた伝説的ダンサー、マリアネラ・ヌニェスの至言を引きたい。“Difficult roads often lead to beautiful destinations.(困難な道を通り抜けてこそ、美しい目的地にたどり着ける)”

自ら課した過酷な自主練、15歳での単身渡仏、突然の転校など決して平坦ではなかった道のりを一歩一歩踏みしめてきた求道の日々は、彼女を「ここでの生活を楽しめている」という亜熱帯のクイーンズランドの地へと導いた。

彼女の名前の漢字の由来でもあるネムノキ。その花言葉は「歓喜」「胸のときめき」。彼女の恩人である世界的ダンサーをも泣かせた「心で踊る」バレエは、見る者全ての胸をときめかせ、歓喜させる。彼女は、そんな唯一無二のダンサーへと、リー・チンシンという名伯楽の下で確実に成長している。そんな美しき求道者の輝かしい「今」を逃すわけにはいかない。ぜひ、QLDバレエ団公演に足を運んで、彼女自身の“beautiful destination”であるその舞台を目の当たりにしてもらいたい。

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