日本バスケットボール界を背負う男 比江島慎、28歳での海外挑戦

日本バスケットボール界を背負う男

比江島慎
28歳での海外挑戦

2018年も折り返しを過ぎたころから、日本での豪州のプロ・スポーツへの関心がにわかに高まってきている。その主な理由は、日本有数のスーパー・スター、サッカー元日本代表MF本田圭佑が新たな挑戦の舞台を豪州に求めたことによるものだが、本田より約1カ月ほど前にその地を自らの挑戦の舞台と見定めた“日本代表”のエースがいる。男子バスケットボール日本代表・比江島慎(28歳)。豪州プロ・バスケットボール・リーグ(NBL)のブリスベン・ブレッツのメンバーとして開幕を迎えたばかりの本人を直撃した。(取材:10月9日)
取材・文:植松久隆(ライター・本紙特約記者)、写真提供:ブリスベン・ブレッツ

海外挑戦の出発点

比江島慎(ひえじままこと)、28歳。日本のプロ・バスケットボール、Bリーグの昨季MVPにして、日本代表のポイント・ゲッター。今がまさに旬の日本バスケットボール界のスターが豪州に降り立った。

自国開催の東京五輪に向けて、バスケットボール男子日本代表がその出場権(※)を確実にするために強化を推し進めるには、各ポジションに世界と伍(ご)するプレーヤーをそろえていくことが不可欠。そうやってチーム力の底上げを果たすことこそが、世界と伍して戦う上での唯一無二の解決策だというのは、現在の日本バスケットボール界の共通認識だ。

その必要性を誰よりも強く感じながら世界と渡り合ってきた比江島が、満を持して海を渡った。本人曰く「ラスト・チャンス」と語る自身初の海外挑戦の舞台はブリスベン。彼のブリスベン・ブレッツ入団が発表されたのは、7月26日。入団後の9月、日本代表の五輪出場を懸けた大事な2連戦でチームを離れた時期もあったが、チーム・トレーニングを順調に消化、無事に開幕を迎えて、既に10月13日の本拠地開幕戦ケアンズ・タイパンズ戦ではデビューも果たした。

チーム加入後、順調にトレーニングを消化し、本拠地での初戦でデビューを果たした
チーム加入後、順調にトレーニングを消化し、本拠地での初戦でデビューを果たした

比江島が「世界と対等に戦うためには海外に行かなければ」と強く意識したのは、実は豪州との対戦を通してだったというから、今回の移籍には大きな因縁を感じる。今、佳境を迎えつつある東京五輪の出場権争いを兼ねたFIBAバスケットボール・ワールド・カップ2019アジア地区予選。日本はその戦いの過程で、昨年11月、アウェーで豪州を相手に58-82という惨敗を喫した。その試合のコート上で、日本と豪州、彼我の差を身をもって感じたことが比江島の豪州への関心の出発点だった。

そして、迎えた今年6月のホームでの対戦。79-78という大接戦を制した日本が豪州へのリベンジを果たした。その薄氷の勝利を「正直、昨年いなかったメンバーの加入のお陰で勝てたと感じたし、豪州もNBAでプレーするトップ選手が欠けていたりで本気じゃないような感じもあった」と比江島は振り返る。更には、次のように言葉をつないだ。

「フル・メンバーの豪州と戦うとなると、(日本の実力は)まだまだ足りない。八村塁などの加入で世界で戦えるポジションも出てきているが、そこに頼るだけではなく、全体としてしっかり戦えるようにならないといけない。個人的にも、もちろん通用するところもあるが、通用しない部分の方が多いと感じた」

その2試合の経験を通して、比江島の豪州挑戦の意思は確固たるものとなった。「日本代表として対戦しても、(豪州は)うまいし、高いし、早い。だから、NBLは日本では得られない経験ができる環境だと思った。世界と戦うには、そういう環境に身を置いて自信を付ける必要があると、豪州との対戦を通して肌で感じたので挑戦してみたいと思った」

加えて、NBLにアジア枠(筆者注:各チームに1人、アジア・オセアニア諸国籍選手を外国人選手枠に含まず獲得できるシステム)があることも、比江島の背中を押した。

※筆者注:通常、五輪の団体競技では、著しいレベルの差がない限りは開催国枠が付与されるが、日本バスケットボール協会(JBA)のこれまでのさまざまな問題発生の経緯を踏まえて、国際バスケットボール連盟(FIBA)は、現時点で日本に開催国枠を与えていない。

ラスト・チャンス

豪州との対戦を通じ、その地での新たな挑戦を決断した比江島。それでは、なぜ所属先にブリスベン・ブレッツを選んだのか。そこには、1人の男の存在がある。アンドレ・レマニス。現豪州代表ヘッド・コーチにして、ブレッツも指揮する豪州バスケットボール界きっての名将だ。

「NBL自体に興味を持ってから、移籍先としていろいろなチームを当たった。その結果、幾つかのチームと具体的な話に進んだが、豪州代表の現ヘッド・コーチのアンドレ(・レマニス)の下でプレーしたい気持ちが一番強かったので、ブリスベンを選んだ」

ブレッツ入りは、すなわちレマニス門下に入ること。「世界でもトップ・レベルに近い豪州を率いる監督なので吸収できることは多い。まだまだ彼に求められているところには達していないと思うので、多くのことを吸収しながら、チームの力になっていきたい」と日本のエースは殊勝な態度でプレーに臨む。

自らの更なる成長が、東京五輪に向けての日本代表の強化に直結するとの思いで挑む、このタイミングでの海外挑戦。比江島は、その挑戦をためらうことなく「ラスト・チャンス」と表現する。

「年齢的にも今年行かなければ、一生海外に行けないんじゃないかっていう思いもあったし、本当に(海外でプレーするには)ギリギリの年齢だった」

当然、そこには2020年という最大目標から逆算しての時間的な意味合いもある。しかし、それ以上にBリーグMVPを獲得するなど心身共に充実したこのタイミングでの海外挑戦にこそ、大きな意味を見出しているのだろう。

移籍の舞台裏と家族の支え

今回の「ラスト・チャンス」と捉えての海外移籍、比江島にとっては決して簡単な決断ではなかった。今年7月19日、国内でシーホース三河から栃木ブレックスへの移籍を発表してわずか6日後に、ブレッツへの移籍が発表された。海外挑戦での移籍先が確約されていない比江島にしてみれば、話がどう転んでもプレー機会を確保できるよう「海外挑戦/国内残留」の二者択一を同時進行で話を進める必要があった。当然ながら栃木側もそれを含んだ上で比江島獲得を試みていた。しかし、結果として事情の知らない人には「唐突」と映りかねない事態が発生したのも事実だった。

「(栃木ファンへの)後ろめたさのような気持ちは当然ある。でも、ファンは理解してくれるはず」と複雑な思いをも包み隠さず語る。ブレッツで活躍することで栃木のファンの思いに応えたいという気持ちが、比江島の今回の挑戦の大きなモチベーションになっているのは間違いない。

シーズン開幕前には激励会も開催され、現地のファンと交流した
シーズン開幕前には激励会も開催され、現地のファンと交流した

今回の豪州移籍の実現の陰には、比江島の「家族」の大きな支えがあった。現在、比江島のマネジメントを担う実兄の章さんは、今回の一連の移籍交渉でも重要な役割を果たした。加えて、今回の豪州移籍のきっかけを作ったのは、兄と同じくマネジメントを担当していた今は亡き実母の淳子さん。その存在を抜きにして今回の移籍は語れない。

「今回の移籍のきっかけは母親からもらった。自分が豪州に興味を持って以来、裏で多くの人にお願いをしてくれて、そこから全部がつながり、いろいろな人が携わってくれたことで(今回の移籍が)実現した」

豪州行きの実現を陰日向で手助けしてくれた最愛の母の存在があってこそ、今がある――。その感謝の思いは、出発前に「決まったよ」と墓前に報告することで伝えてきた。

日本バスケットボールを背負って新しい挑戦に臨んでいる比江島。自分の置かれた状況を「正直、相当なプレッシャーはある。NBL初の日本人ということもあり、いろいろなところで見られていると思う。でも、ワクワクというか、せっかくなので楽しみながらやろうと思う」と語ってくれた。豪州ならではのカルチャー・ショックも経験しながら、徐々にチームにも新しい環境にも馴染み、オージー流の洗礼も十分に受けている。

「最近、チーム合宿で、チーム・ビルディングのようなプログラムで高い木に登らされたり、崖の絶壁みたいな所を歩かされたりしたけど、日本ではシーズン前には絶対あり得ないことので、マジかよと……(笑)」

さまざまな思いを背にして異国の地で戦う比江島にとって、ブリスベンを始めとした豪州各地の邦人からの声援は励みになるはず。8チームのリーグ戦は変則的な日程で行われるが、ぜひ、NBL公式ウェブサイトから試合スケジュールを確認して、アリーナの至近距離の臨場感の中で応援して欲しい。日本語の「頑張れ」の声が耳に届く時、日本のエースのコート上での輝きは大いに増すに違いない。

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