清水エスパルス、アレックス・ブロスケ選手

 

ROOS in Japan

“ROOS” in JAPAN


第3回

日本で拓いた新境地
自らのゴールでサッカルーズをW杯に導く

アレックス・ブロスケ選手

(清水エスパルス)
取材・構成=植松久隆(スポーツライター/本紙特約記者)

2005年、豪州がアジア・サッカー連盟(AFC)に転籍を果たして以来、日豪両国のサッカーの人的交流は加速された。現行のJリーグでは、7月末の時点で3人の現役豪州代表が活躍している。その中で本紙が注目するのは、清水エスパルス(以下・清水)で活躍するバリバリの“サッカルー”アレックス・ブロスケ選手。日本移籍によってプレーの幅を広げたことで、豪州代表“サッカルーズ”に定着、今やチームの主力選手だ。W杯を目指すサッカルーズの貴重な得点源として期待されるアレックス選手を、練習前の清水エスパルス・クラブハウスで直撃した。

(編集部注:このインタビューは、4月30日に行われました)

——これまではキャリアを通じてFWとしてプレーしてきましたが、清水に来てからアフシン・ゴドビ監督の下で攻撃的MFでの先発出場が続いていますね。サッカルーズでは、本職のFW、清水ではMFと2つの違うチームでしかも全く異なるポジションでプレーをするのは大変なはず。MFとしてプレーすることで、サッカー観、またはサッカーのスタイルなどは変わりましたか?

もちろんです。サッカーにおいて、MFでプレーすることは最もタフなことで、かなり運動量も要求されます。日本でMFとしてプレーすることは、今までFWでのプレーしか知らない僕自身のプレーに広がりを持たせる大きな助けとなったことは間違いありません。スピードや視野の広さ、判断力の早さも高まり、それらはサッカルーズでFWとしてプレーする時にも大いに役立っています。

 

——清水では元日本代表の小野伸二、高原直泰、サッカルーズでもハリー・キューエルやブレット・エマートンのような経験豊富な選手とともにプレーする機会に恵まれています。そのような選手とプレーしてきた経験は、サッカー選手としてのキャリアに何をもたらすと考えますか?

もちろん最初は緊張しますけど、すぐに慣れます。というのも、彼らのようなビッグ・プレーヤーは、いつもほかの選手のためになろうという姿勢を持っていますから。彼らのような偉大な選手とともに日常的に練習し、試合でプレーするという経験は、サッカー選手の誰もが経験できるものでありません。幸運にも僕は、その機会に恵まれたわけですが、やはり真のプロフェッショナルが身近にいることでピッチの内外いずれでも学ぶことは多いですね。

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6月のブリスベンでの日豪戦では気迫あふれるプレーを見せた(Photo: Shin-Ichiro Kanaeko)

——日本と豪州のサッカーの違いは?

だいぶ違いますね。豪州では体力面によりフォーカスが当てられ、ひたすらハード・ワーキングして屈強なフィジカルを要求されることが多かった。戦術面でも90分間、たゆまず組織として動いてプレーをすることが当たり前でした。

でも日本はそうじゃないですね。(豪州より)もっと速くて上手くて、フィールド全体を使ってボールを動かす。とにかく技術レベルが信じられないくらいに高く、フリーでボールを持った時にはドリブルすることが求められ、パスも速く細かく繋いでいく。日本のサッカーには“自由”があり、その有無が両国のサッカーの一番の違いでしょうか。

そして日本のサッカーには、いつも得点しようという非常に前向きな姿勢があります。その結果、Jリーグでは試合の最終盤まで試合の行く末が分からず、最後にゴールが決まることも多い。常に得点を狙う姿勢は、プレーする側、見る側にとってもエンターテイニングなもので、これが日本のサッカーを面白くしていると思います。

 

——Jリーグで成功を収めたアレックス選手から見て、Jリーグでのプレーを見てみたいと思うお薦めの若手豪州人選手を教えてください。

今、韓国でプレーしているネイサン・バーンズは非常に有望な
選手です。若くて、スキルがあって速い。Jリーグでも良いウィンガーになると思います。オランダやドイツで今プレーしている若手はみんな面白いですね。ユトレヒトにいるアダム・サロタとかマイケル・ズーロのような選手たちは、すぐにJで通用するんじゃないかな。ダリオ・ビドシッチもスキルのあるMFで、テクニック・レベルの高い日本でも十分にやれる選手だと思います。

 

——今後のサッカー・キャリアをどのように考えていますか。さらに日本でプレーするのか、豪州か、それとも第三国に新天地を求めるか。それと同時に、サッカー選手としての個人的な目標も聞かせてください。

現時点では清水の一員で、契約もあと1年のオプションがあります。ここ数カ月のうちに「自分がどうしたいか」という決断を下さなければならないでしょうが、個人的にはこのクラブでプレーすることはハッピーだし、去年の(震災後の)大変な時期もチームとして強く団結して乗り切り、さらに大きなクラブへと育っていこうというクラブの一員であることに誇りを持っています。

可能であれば、できるだけ長くこのクラブに留まりたいと思っていますし、クラブにもそう思ってほしいと願っています。

シドニーFCで既にAリーグでの優勝は経験しているので、清水でプレーしている間にJリーグを制覇すれば、日豪両国で優勝を経験することになります。その目標がが実現できれば、もうそれで引退してもいいと思うかもしれないですね(笑)。

 

——日本でのプレー経験が、サッカルーズでのアレックス選手のアドバンテージになることはありますか?

私のサッカルーズのキャリアは決して長いものではありません。でも、日本でプレーしているということで、ほかの選手に日本の選手の強みや弱点など少しはアドバイスできるかもしれませんね。でも、ホルガー(・オジェック監督)は日本での経験も豊富だし、そういうアドバイスの類は彼に任せておいた方がいいかもしれないですね(笑)。

 

——日本と豪州のライバル関係が、その両国でプレー(豪代表と清水)するアレックス選手にとって意味するものとは何ですか?

ドイツW杯以来、両国はずっと激しい戦いを繰り広げてきました。そして、その試合内容の1つ1つは、お互いが力を出し合う接戦ばかりの素晴らしいものです。そんなアジアの2大強国間にライバル意識が発生することはごく自然なことで、その関係性も年を経るごとに強まっています。

選手として、楽にW杯出場を得るには日本と同じ組に入ることを望まない方がいいのかもしれないけど(笑)、僕個人としては、日豪両国に密接に関係する立場にいることもあって、もっとそのライバリーを楽しみたいという気持ちが強いですね。

 

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清水では主にMFでプレー、チームの欠かせない戦力として活躍する(©Shimizu S-pulse)

——W杯最終予選で日本と同組に入り、今年6月と来年7月に日豪戦が戦われます。特に日本での対戦では、自分のプレーする国で母国の威信を賭けた真剣勝負の場に臨むことになります。その試合はアレックス選手にとって、サッカー選手人生最大の試合になるんじゃないですか?

本当にその通りですね。元々、自分がサッカルーズに選ばれるような選手になれるとは思っていませんでしたが、いつかはグリーン&ゴールドのジャージを身にまとってプレーしたいとずっと思ってきましたので、それが実現しただけで光栄だったのに、しかも日本と対戦できるなんて…。正直に言って、日本に来る前にはこんなことが現実に起きるとは思っていませんでした。日本に来たことで、代表に定着、自分を成長させてくれた日本と最終予選の真剣勝負の場で戦う。これに勝る栄誉はないですね。

日豪戦にサッカルーズの一員として臨むことを想像するだけで興奮してきますが、何とかその試合に出場できるようにと願っています(編集部注:アレックス選手は6月12日のブリスベンでの日本戦に先発出場を果たした)。

 

——最後に、日本に関しての質問ですが、日本のどんなところが気にいってますか?

日本人のフレンドリーで、常に人助けを考える姿勢が大好きです。例え英語ができなくても、何とか力になろうとしてくれる。そんな日本の人々には頭が下がります。

震災後のあの大変な時でもお互いを尊重して助け合う日本人の姿勢に心を打たれました。そういうことが誰に言われずともできるというのは、世界中の国でもそう多くはいないと思います。アウェイのサポーターでもフレンドリーですし(笑)、これは日本人の美徳ですね。

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PROFILE
アレックス・ブロスケ(登録名アレックス)FW/MF
1983年10月13日生まれ、シドニー出身の28歳。先月のW杯最終予選日本戦(ブリスベン)にも先発出場した現役の豪州代表。09年の復帰以来、出場11試合で通算5得点を挙げ、サッカルーズの貴重な得点源として活躍。01年、18歳でNSLのマルコーニと契約してプロのキャリアをスタート。04年は、欧州に渡り、ワーテルロー(ベルギー)に所属。翌05年ブリスベン・ロアに移籍して豪州復帰。06年からは活躍の場をシドニーFCに移し、11年途中までで104試合出場を果たすなど中心選手として活躍した。11年3月から清水エスパルスに所属。

 

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