ワイン・ソムリエ、アンドレと過ごした日々

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の七:ワイン・ソムリエ、アンドレと過ごした日々

ポッツ・ポイントに少し滞在した後、シェア・メイトを見つけ、エリザベス・ベイの少々おしゃれなフラットに移りました。最初のシェア・メイトになったのは、オランダ人のアンドレという同年代の独身男性。アンドレはフランスでワインのトレーニングを受け、アムステルダムから1972年、オーストラリアへ移民してきたソムリエでした。私もフランスで修業をしたことがあったので、彼とは不思議と馬が合い、シェア・メイトの話もスムーズに決まりました。

アンドレはオーストラリアで仕事の基盤を固めてから、フィアンセを呼び寄せ、家庭を築こうと希望に燃えていました。アンドレは当時キングスクロスにあったクレスト・ホテルのソムリエとして働き始めましたが、時にはコンシェルジュも兼ねていました。当時はソムリエ1本で生活を立てるのは難しい時代でした。ソムリエという言葉は今でこそ、プロフェッショナルな仕事として確立されていますが、それ1本で生計を立てていくのは、なかなか難しい仕事でしょう。

1969年、イギリスではワイン&スピリット・エデュケーション・トラストがコースを導入し始め、77年、コート・オブ・マスター・ソムリエが現在に至るマスター・コースまでのカリキュラムを発足しました。しかし、コート・オブ・マスター・ソムリエにより2008年、30年遅れでオーストラリアにソムリエ・コースが紹介されました。TAFEでアルコールなどを取り扱うコースは以前からありましたが、特殊な専門職ソムリエとしてのコースは近年になってからのものです。

アンドレは、時々、ホテルから残ったビンテージ・ワインをフラットに持ち帰ってきてくれました。2人でテイスティングをして、ヨーロッパとオーストラリアのワインを比べてみたりなどしました。彼との出会いは、私のオーストラリアにおけるワインの知識をより一層深め、楽しませてくれました。

1972~74年ごろのオーストラリアは、クラッシックなヨーロッパからの醸造方法を用いた、リ・プロダクションによる家族経営のワインメーカーが軒並み、競い合い、オーストラリア・ワインの基盤を作るために頑張っていた時代です。その後、ワイナリーの統合化が進み、経営が組織化され、ワインの生産量が増えると共に、輸出量が増え、世界的にもオーストラリアン・ワインが知れわたるようになり、今日に至っています。


1972年代に作られたワインの中にビンテージ・ワインとしてコレクターの中で希少価値の高い、ペンフォールズ・グランジ・エルミタージュがあります。

当時、オーストラリアの一般家庭では、午後8時以降はダイニング・アウトに出掛ける機会も少なく、ゆっくりと家庭で晩酌を楽しむのが主流でした。ビールは自家製(床下にたくさん作り置きされていました)。ビールの製造キットは今でもスーパーで見かけますが、当時は全盛時代でした。手軽にビールも手に入るようになり、自家製ビールを作る人も少なくなったのではないでしょうか。

ワインというと、カスク・ワインもありましたが、フラガンという、大きな2リットル入りのものが瓶で売られ、モーゼル、リースリング、シェリーなど白の甘口が主流。カスクは値段も安く、それを豪快に飲むのがオージーの人たちの食卓やパーティーでの楽しみ方でした。

今ではあり得ませんが、70年代は、車の量も少なく、事故や違反を起こさない限り、飲酒運転もありの時代でした。

アンドレとは、彼の婚約者が来てから、別々の生活になりました。彼は家族を養うため、安定した収入を得るために、ソムリエを辞めて、ステイト・バスの運転手となりました。子どもにも恵まれ順調な生活をスタートしていましたが、ある日、ラジオで、ボンダイ・ビーチでライフルによるバス強盗があったというニュースが流れ、何とその被害者となった運転手がアンドレだったということを知り、驚きました。しばらくして、彼と連絡が取れたのですが、あまりにもショックが大きかったようで、家族でQLD州へ移っていきました。残念ながらその後、彼とは音信不通になってしまいました。



出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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