アイス・クライム、バックカントリー・スキーに挑む

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐拾:アイス・クライム、バックカントリー・スキーに挑む

明けましておめでとうございます。NZでの登山の話の続きです。いよいよマウント・エグモント(タラナキ山)への登山に挑む時がきました。ニュー・プリマス(NewPlymouth)にある、マウント・エグモントは、映画『ラスト・サムライ』のロケ地になったことでも知られていますが、独立峰でそびえる山は、富士山(3,776m)と比べると標高2,518mと低いですが、よく似た原風景で、とても懐かしく、美しいです。

ニュー・プリマスの街から、車で30~40分ほどにある、マウント・エグモントの標高1,250m地点にあるスキー・ロッジに入り、まずは、Tバー・リフトで中腹まで登り、そこから山頂行きのリフトでスキー場の最終地点まで行きます。そこでウォーミングアップをしながら、リッジ(稜線)からサミット(頂上)への雪質やルートを見極めます。綿密な偵察とトレーニングを3日間ほど繰り返した後、いよいよ頂上までの登山の日となりました。この日の天気予報は快晴。ニュー・プリマスの街の早朝は結構、冷えていました。マウント・エグモントは雪量も多く、バックカントリーの岩も雪で覆われているとの情報を得て、気持ちが高まりました。

しかしながら、今回の登山は、スポンサーもなく、無名のクライマーが単独で、それもトライアルとして行くような簡単なものではありません。単独登山のため、装備の重量にも限界があり、金属製のアイゼンやアイスバイルのようなものは重く、その上、ロシニョール(Rossignol)のスキー板も、山スキー用に短めに改造してもらってはいましたが重かったです。

パラシュート(スキーでの直滑降から最終地点で停まるために使用)は軽量に収めましたが、やはり、予想せぬビバーク(緊急の仮眠時)のため、ツエルト・バック(小さな1人用の袋状のテント)を、そして非常時に備え少し多めの食料、例えば、自分で作ったビーフ・ジャーキー、ドライ・フルーツ、チョコレート、ブランデー、更に暖を取ったりお湯を沸かすための固形燃料などをザックに詰め込みました。

当時の山の道具は、今とは比較にならぬほど重く、材質も限られていたので、厳冬の山で凍って固くなったり、順応性に欠けたり、扱いにくい物が多かったのです。着ている物も、厚いキルティング・コートにオーバー・ズボン(濡れないようにさらに普通のズボンの上に履く)でした。

スキー板を担ぎ、山スキー用の重い靴、それにアイゼンを付け、手には、アイスバイル(ピッケルの小さいもの)を持ち、リフトでスキー場最上部を目指します。その後、スキーでThe Col Rocks(スキー場エリア外の頂上へ向かう上級のコース)をトラバースし(横切り)、Ngarara Ridgeへ、そこからバックカントリーを右手に北上していくと1,887m地点のPolicemanに到着。

周りに人もいなくなり、そこから最もチャレンジングな、頂上へのアイス・クライムに入ります。岩場が雪と氷で氷壁となっています。アイス・バイルとアイゼンを利かせて岩場に食らいつくように、這いあがり少しずつ登っていきます。突き出た雪庇は不安定でアイゼンを付けてのアイス・クライムを余儀なくされていたため、時間がかなり取られたこと、かなりの突風に参りました。張り付いていられないほどの突風でしたが不思議と不安は感じませんでした。

しばらくして、2,300m付近からサミット(頂上)が見えてきました。クレーター(火口)のカール(溪谷)が現れてきて、ほっとしたのもつかの間、更に突風が激しくなったので、頂上行きを断念して、2,400m付近から滑降することにしました。山では、自然に逆らうことが、身の危険にもつながることもあるので、苦渋の選択をしなければならないこともあります。滑降のスタート地点を確保しコンパスを使ってルートを確認、風が安定している所を探し、装備を整え、完全に滑降できる状態にします。時間は、まだ昼前だったことを覚えています。山岳パトロールの人たちに向けて、出発を示す緑のLocater Beacon(発煙筒)を焚き、これからバックカントリーの滑走をスタートさせることを知らせました。

バックカントリーでのスキーは、雪に埋もれてしまう危険性もあります。また、最も危険なのが露出した岩にぶつかったりすることです。動物的な感覚で、俊敏にルートを決め、スピードに任せてシュプールを描き、雪の上を宙を舞うように滑走していきます。頭は空っぽになり、今という瞬間に集中します。危険と隣り合わせですが、バックカントリー・スキーの醍醐味が味わえました。

いよいよ最後の直滑降に入りスピードが増します。タイミングよくパラシュートのボタンを押し、無事に停止状態に入っていけるのかを決める緊張の一瞬です。ボタンを押すと、パラシュートが開き、その時に感じる風圧が急ブレーキとなり、無事に最終地点に停止しました。

初めてのNZの山の登山と滑降を無事に終えた、達成感に喜びを感じました。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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