古き良きシドニーでシェフとしての新生活始まる

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐拾参:古き良きシドニーでシェフとしての新生活始まる

いよいよ、シドニーでの生活が始まりました。不動産屋にシティーへの通勤が便利で環境が良い所ということで、私たちに合う物件をお願いしたところ、キリビリにある古い赤レンガの3階建てのワン・ベッドルームのアパートを紹介され、借りることになりました。住み始めて知ったのですが、私たちのアパートはオーストラリア首相官邸、キリビリ・ハウスの真横にありました。官邸と私たちが借りた古いアパートが隣り合っているのが、面白いと思いました。日本で例えば迎賓館の横にこのようなアパートがあるかというと、想像できないので、不思議な感じがしました。

少し歩けば、1年後に完成するオペラ・ハウスとハーバー・ブリッジが見えるというロケーションで気に入っていました。1974年、当時のキリビリ・ハウス周辺は、今ほど警備も厳しくなく、穏やかな時が静かに過ぎる感じがしました。時折オーストラリアの国旗を掲げた公用車が出入りし、オーストラリアの政治家たちが訪れている様子がうかがえました。

メンジーズ・ホテル(The Menzies Sydney Hotel)での仕事がいよいよ始まりました。この仕事は、私がNZへ行く前に、ある日本の商社の社長から、当時のホテルのオーナーであった、ハンガリー人男性のホイヤー氏を紹介されたことが縁で決まりました。ホテル直営の日本料理レストラン「景山(けいさん)」でのコンサルティング・シェフとしての仕事でしたが、料理の世界から半年以上、離れていたため、仕事を始めるに当たり一段と気合いが入りました。

このメンジーズ・ホテルは、ウィンヤード駅の上、キャリントン・ストリートにあり、63年、海外からの要人などをもてなすための国際的なホテルとして脚光を集めていました。このホテルに72年ごろ、日本のレストラン「景山」がオープンし、私は74年前半から1年間の契約で、コンサルティング・シェフとして勤めました。

レストランは、ホテルのロビーの右奥にあり、入り口にはのれんが掛かり、のれんをくぐると店内には、当時まだ珍しかった数寄屋造りの雰囲気が漂っていました。50席程で、さほど大きくはない店でしたが、カウンター越しに割烹料理が出せるようにもなっていて、心地良い雰囲気で食事を楽しめました。ホテルからは、日本の純粋な割烹料理に近いものを提供して欲しいと要望がありましたが、全体的に食材は種類が少なく限られていましたし、流通も整っていなかったので、食材の調達には時間が掛かりました。

日本人のシェフがいたらしいですが、私が行った時は、オージーの中堅のシェフだけになっていました。オーストラリアは白豪主義から、多民族国家への道を進み始めていた時期でもあり、ホテルの人事が雇っていたスタッフは多国籍の移民からなっていました。日本料理の経験はほとんどないに等しく、バックグラウンドは十人十色。皆生計を立てるために一生懸命働いてくれましたが、まとめるのは容易ではありませんでした。

魚をおろす際に、まな板を使わずにベンチで下ろしたり、切れの良くない洋包丁で身崩れさせてしまうなど使い物にならず、私の持っている包丁で、まな板の上で魚のおろし方などを、根気よく教えました。日本の刺し身包丁は私が持っているだけで、ホテルには洋包丁しかありませんでした。それでも日本料理では丁寧に、手際良く刺し身などを切ることの大切さを伝えました。

しかし、一番大事にしたことは、日本料理の魅力を理解してもらえるような雰囲気作りと、チームワークです。忍耐のいる大変な仕事でしたが、当時、日々の生活の流れは穏やかな時代で、今も懐かしく思い出します。この経験により、私はあらゆる民族的背景を持った人たちとも仕事をしていけるという自信をより強く持つことができました。

現在、ホテルがあった場所は、工事中になっているようですが、便利な立地条件と整った設備で、当時から2010年過ぎまで、シドニー在住の日本人にはとてもなじみ深い場所となっていました。シドニーは、日本のバブル、シドニー・オリンピックなどを経て、街はとても早い勢いで発展、変化しました。同じシドニーであるにもかかわらず、ますます様相が変わり、気が付くと知らない場所が増えていることに驚かされます。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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