野生動物の「命を救う」ということ

オージー・ワイルドライフ 診療日記

第30回 野生動物の「命を救う」ということ

昨年1年間だけで、8,500超の野生動物がカランビン・ワイルドライフ病院で治療を受けました。そのうち、治療とリハビリを終えて野生に返すことができた動物は約4割。けがの後遺症などで野生に返すことができなくなっても、繁殖プログラムへの貢献のために飼育施設に移される動物は残りの6割に含まれます。しかし、こうしたケースは1パーセントにも満たず、病院に連れて来られた動物の約6割が命を落としているのが現実です。皆さんはこの数字をどう受け取るでしょうか。

野生動物には「飼い主」がいませんので、治療が可能か、あるいは安楽死させざるを得ないか、その判断は私たち獣医師が下します。

病院に連れて来られる動物のほとんどは、残念ながら、既に手の施しようがないほどの重傷を負っています。野生動物は生存本能として、けがや病気を患っていることを外敵に悟られないようにするため、保護されてしばらくの間は一見何も異常が無いかのように振る舞いますが、複雑骨折や体内の大出血など、見た目からは考えられないけがをしているのです。

命を助けることが最優先のペット動物医療と違い、野生動物の治療目的は「最終的に繁殖に貢献できるまで回復してから野生に返す」こと。例えば、飛べなくなった鳥や木に登れなくなったポッサムなどは、人間が餌をやり続ければ生きることは可能ですが、繁殖相手探しや交尾ができないため、治療断念という結論に至ります。

捕獲されても逃げる力も残っていない動物の、その様子を「人なつこい」と勘違いしてペットのように餌をあげたりなでまわしたりする人も非常に多いです。そのため動物は極度の緊張や恐怖によるストレスを受け、病院に着いた時には瀕死の状態で、治療断念と判断せざるを得ないこともあります。

「野生に返せないのなら動物園で飼育すれば良いのに」「ペットとして飼いたい」などの意見も毎日のように寄せられます。しかし動物園で飼育展示されている動物のほとんどは飼育下で生まれたため、野生動物が持っている病原菌に対する免疫を持つことができないままです。また、毎日同じ餌を食べたり、行動範囲を制限されたりする「人間との生活」に慣れていない動物をペットとして飼うことは監禁と同等で、違法であるだけでなく、動物の心身に及ぼす悪影響は想像がつくことでしょう。

野生動物の治療に携わる人間なら誰もが、全ての命を救いたいと思っています。しかし、それができないことも痛いほどよく知った上で、6割の悔しい思いを抱えながら、4割の喜びのために全力を尽くしています。


■床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。カランビン・ワイルドライフ病院で年間7,000以上の野生動物の診察、治療に携わっているほか、アニマル・ウェルフェア・リーグで小動物獣医として勤務。

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