【WH日記】世界中に手紙を届けるトラベラー – 西川太悟さん


世界中に手紙を届けるトラベラー

第38回 今回登場のワーホリ・メーカーは?


西川太悟さん


1986年生まれ・奈良県出身
専門学校を卒業後、8年半の社会人生活を経て2015年10月より手紙を世界中に届ける「手紙トラベラー」の旅をスタート。今後最大2年をかけ、20カ国以上に手紙を届ける予定。西川さんの旅の様子は、FacebookやYouTubeでも見ることができる。


周囲を巻き込むことで自分も幸せになれる面白い旅--、預かった手紙を世界中に届けることを通してそんな旅を実践するのは「手紙トラベラー」こと西川太悟さん。EメールやSNSで誰とでもすぐにつながれる時代にも関わらず、あえて「手紙」を届ける魅力を西川さんは旅を通して感じているという。

「まず手紙を書くことに時間がかかりますし、そこから手紙と共に旅をしてやっと相手に届く頃には更に時間がたっていますよね。その手紙を書いて届くまでの時間という大きな要素が、手紙を普段感じる以上に気持ちのこもったものにしてくれ、受け取る人はとても感動してくれるんです。その時に、旅をした経緯などを話すといっそう驚かれます」

好きな時に好きな場所へ行くわけではない、手紙を受け取り届けるという義務のようなものを自らに課す旅のスタイルを選択したことには、大きな理由あった。

会社員からトラベラーへ

2015年10月から旅をスタートさせた西川さんは現在30歳。今回の旅のスタート前に8年半の社会人生活を経験している。

専門学校を卒業後、西川さんはコピー機の営業マンとして仕事を始めた。しかし、その会社での日々は西川さんにとって順風満帆なものではなかった。

「最初に入った会社の営業職はとてもきつくて、いわゆるブラックと呼べるものだったんです。会社ではパワハラを受けたりと大変なことがたくさんありました。一方で、日常的に企業の重役の人に会えたことで良い社会勉強をできた部分もあります。それでも、4年半がたった時に身心ともに限界が来て仕事を辞めました」

退職後、西川さんは介護関係の資格を取得し障害者のグループ・ホームで新たなキャリアをスタートさせた。4年間をかけアルバイトから正社員までのステップを踏んだ西川さんだったが、ある出来事を機にその生活から離れる決断をする。

「介護の仕事をしていた頃、自分にとって一番身近な存在である弟が1年間をかけて世界1周の旅をしたんです。弟が簡単に世界を回れるのだから、幸か不幸か背負うものが何もなかった自分だってそれくらいできるんじゃないかと思いました」

福祉の世界で生きていくのも悪くはないが元気なうちに自分も世界を見たい、その思いが西川さんの背中を押した。そして、あるテレビ番組で見た日本中に自転車で手紙を届ける人物に感銘を受け、現在の旅のスタイルを思いついた。

ワーキング・ホリデーで広がった人の輪

書道アート作品の路上販売も行う西川さん
書道アート作品の路上販売も行う西川さん

フィリピンから旅をスタートさせた西川さんは、タイ、カンボジアと回り、16年の1月からワーキング・ホリデー・ビザを利用し、4カ国目となるオーストラリアで生活を始めた。

「貯めた資金にも限界があり、仕事をすることにしました。海外で働くことで得られる経験や友達は自分にとってプラスになると思う」と語る西川さんだが、オーストラリア到着当初はなかなか職が見つからなかったという。その時ふと立ち寄った楽器屋で「暇つぶしになれば」とウクレレを購入。そして、「ギターに比べコードは簡単」と語るウクレレがすぐに弾けるようになると、西川さんは路上での弾き語りを始めた。現在では、ウクレレだけでなく書道アート作品の路上販売もしており、オーストラリアの路上で西川さんを中心に人の輪が広がっている。

旅の終わりとその先へ

まだまだ旅の途上にいる西川さんは、これから約2年の時間をかけ更に20カ国を回る予定でいる。グリーンランドといった世界1周をする旅人でもなかなか訪れることのない国にも手紙を届けるそうだ。そして、その旅の終わりにある先も西川さんは見つめている。

「今の夢は、とにかくこの旅を2年ほどかけて完了させ、日本に帰国後はゲスト・ハウスをオープンさせることですね。旅の本も書きたいし、講演も開きたい。やりたいことはたくさんあります」

大きな夢と共にこれからも続く西川さんの旅の軌跡が、あなたともいつかどこかで重なるかもしれない。

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