新・豪リークス/トランプ・ショック後の世界とメディア

新・豪リークス

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第11回「トランプ・ショック後の世界とメディア」

アメリカ大統領選でのドナルド・トランプ氏の圧勝は、オーストラリアでも大きな驚きを持って伝えられた。TPPからは脱退すると公言し、反グローバリズムと保護主義的な政策を掲げるトランプ新政権の誕生は、日本やオーストラリアなどアメリカと密接な関係をもつ国々に今後どのような影響を及ぼすのか? またメディアの責任についても考えてみたい。

◇世界を震撼させた「トランプ・ショック」

W.T.F.=「何てことだ!」という意味のスラングを使いトランプ氏の勝利を伝える豪地元紙(11月10日付The Daily Telegraph)
W.T.F.=「何てことだ!」という意味のスラングを使いトランプ氏の勝利を伝える豪地元紙(11月10日付The Daily Telegraph)

現地時間の11月8日行われたアメリカ大統領選は、ヒラリー・クリントン前国務長官が優勢との大方の予想を覆し、不動産王として知られるドナルド・トランプ氏が圧勝した。翌日のオーストラリアの新聞各紙も1面トップでこの歴史的な選挙結果を大きく伝え、ショッキングな見出しを付けることで有名なシドニーのザ・デイリー・テレグラフ紙は、英文のネットやメールなどで見かける俗語の省略形「W.T.F」の文字をトランプ氏の得意満々の写真と共に大きく掲載した。タイトルには“Will Trump Flourish?”(トランプは活躍できるか?)と小さく注釈が付いていたが、「W.T.F」が公の場などではタブーとされる下品な言葉を使った「驚き」の表現であることは、誰の目にも明らかだった。

また、他の主要メディアもトランプ氏の勝利は「先のイギリス国民投票の結果より悪い」、「国の経済に想定外の壊滅的被害をもたらす」などの専門家のコメントを掲載し、一様に大きく紙面や時間を割いて報道した。

マルコム・ターンブル首相は、トランプ氏の勝利を祝う声明を出し「アメリカとオーストラリアが互いに協力していくことは、両国の相互利益のためであり、これは新政権になっても変わらない」と述べた。

一方、投票日直前までクリントン候補が圧倒的に優勢だと伝えていたアメリカの主要メディアは、トランプ氏の想定外の圧勝に「読み違えた」と、報道の“誤り”を認めた。トランプ氏は「アメリカ現代史上最悪の主要政党候補」と酷評し、クリントン候補が80%以上の確率で勝利すると予測したニューヨーク・タイムズ紙は、11月13日付の紙面で「選挙結果は予想外で、我々メディアはトランプ氏への有権者の支持を過小評価した」と分析、「ジャーナリズムの重要な使命を果たすべく改めて献身し、新大統領と新政権について恐れることなく公正で誠実な報道を続けていく」とする読者へのメッセージを掲載した。

主要メディアがことごとく予測を見誤ったのは、終始クリントン氏優勢との結果を出し続けた各世論調査に加え、トランプ氏の一連の女性スキャンダル報道や人種差別的な発言から、黒人や移民、女性票の多くがクリントン氏に投票すると思われたからだ。しかしふたを開けてみると、女性票の4割以上がトランプ氏に投票、メキシコからの移民などの票の約3割がクリントン氏を敬遠するという結果となった。

1年半にわたり今回のアメリカ大統領選を取材してきたTBSワシントン支局特派員の佐藤祥太記者によれば、選挙戦後半のクリントン候補の不人気ぶりは目に余るものがあり、集会にも人があまり集まらず、支持者からは「ミシェル・オバマ大統領夫人がヒラリーの代わりに出馬していたら良かったのに……」という声まで聞こえてきたそうだ。一方、トランプ候補の支持者は「メディアは嘘つき」「メディアは権力側だ」と口をそろえ、女性の有権者も「もはやトランプ氏の女性蔑視発言も気にならない。腐ったワシントンを壊して欲しい」と話していたという。

◇トランプ新政権誕生でTPP発効は絶望的

グローバリズムに反旗を翻すトランプ氏が掲げる数々の選挙公約のうち、差し当たって日本やオーストラリア政府が注視しているのが「TPP=環太平洋経済連携協定」と他の多国間自由貿易協定の行方だ。TPPを「アメリカの製造業に死をもたらす一撃」と呼ぶトランプ氏は、「来年1月の大統領就任式当日にTPPを離脱する」と述べていて、規定によりアメリカの参加が不可欠となっているTPPのオバマ大統領の任期中の批准も難しいと伝えられていることから、現状の形でのTPPの発効の可能性は限りなくゼロに近くなっている。

TPPの今後について語る豪チオボ貿易・投資相(キャンベラ筆者撮影)
TPPの今後について語る豪チオボ貿易・投資相(キャンベラ筆者撮影)

今年9月、外国人記者協会との会合で「米国抜きでTPPはあり得ない」と明言していたオーストラリアのチオボ貿易・投資相は、南米ペルーで開催されていた「APEC=アジア太平洋経済協力会議」から戻った11月21日、「TPPが発効しないとしても、今後も『RCEP=東アジア地域包括的経済連携』や『TiSA=新サービス貿易協定』などの新しい枠組みの合意を目指して交渉を進めていく」と、公共放送ABCのラジオ番組で語った。

しかし、“中国包囲網”的側面もあるTPPの代わりに中国主導のRCEPに軸足が移ることへの懸念の声や「水道」や「医療」などの公共サービスにグローバル企業を参入し易くさせるTiSAにもさまざまな問題点があることが指摘されていて、以前ほどではないとはいえ、いまだ世界経済に大きな影響力を持つトランプ政権下のアメリカの動向には、今後も目が離せない。

◇世界のポピュリスト政治家の台頭とメディアの責任

まさに世界を震撼させた今回のアメリカ大統領選結果は、株価の乱高下などの世界経済への影響の他にも保護主義や人種差別主義の台頭を助長させるのではないかといった懸念も高まっている。ドイツのメルケル首相は「民主主義の尊重、出自や宗教などに関わらず人の尊厳を守る共通の価値観に基づいてアメリカの次期大統領との緊密な関係を持ちたい」とトランプ氏に釘を刺す発言をしている。

その一方で、来年に大統領選を控えるフランスの極右政党国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は「自分もトランプ氏のような勝利を望む」と語り、イスラム教徒の移民禁止を訴えるオーストラリアのワンネーション党のポーリン・ハンソン上院議員もトランプ氏の勝利に祝杯をあげ「国民がエリート議員に辟易している」と述べた。

このように、今後世界各国でトランプ氏のようないわゆる“ポピュリスト政治家”が台頭し、第2第3の「トランプ・ショック」が起きる可能性も大いに考えられる。

ヒラリー・クリントン氏は、自身の私用メール問題に関する連邦捜査局(FBI)の捜査再開を大統領選の敗因として挙げ、オーストラリア出身のジュリアン・アサンジ氏が創設した内部告発サイト「ウィキリークス」公表した数万通にも及ぶクリントン陣営の選対本部長らの流出メールも有権者の投票に少なからず影響した。

前述した既存のテレビや新聞などのいわゆる「企業メディア」が、選挙の勝敗予測を大きく見誤ったのは、物言わぬ有権者の本音やネット上で高まっていた国民の「怒り」や「不満」の声は、単なるバーチャルな空間の中で起きている出来事に過ぎないと軽視したためではないだろうか?

トランプ氏がどこまで選挙前の“暴言”を実行に移すかは現時点では不透明であるが、メディアは今回の「失敗」を踏まえ、「真実を伝え」「監視し」「問題を提起する」という本来のメディアとしての役割を今こそ果たすべきだと感じる。


PROFILE
飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。豪SBSの日本語教育番組の制作などに携わった後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・レポートを日本に送っている。オーストラリア人の妻、子ども3人とシドニー北部に在住。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る