新・豪リークス/「オーストラリアは〝スパイ天国”か?」

現在TBSのシドニー通信員を務める筆者が、オーストラリアの“ホット”な話題を独自の視点で分析する。あっと驚く“裏情報”や“暴露(リーク)情報”も!?

第20回 オーストラリアは〝スパイ天国”か?

2017年暮れ、北朝鮮からミサイル部品などの輸出を企てたとして、シドニー郊外に住む韓国系の男が逮捕された。また、豪州国内には1,000人以上の“中国スパイ”がいるとも言われている。豪州を舞台に暗躍するこれら“スパイ”の実態を探る。

◇北朝鮮の“エージェント”をシドニー郊外で逮捕

シドニー市内から北西に約20キロの場所にあるイーストウッド。商店街の店舗の看板には、漢字やハングルの文字が溢れ、行き交う人もほとんどがアジア系。「ここは本当にオーストラリアなのか?」と、一瞬錯覚に陥るようなこの街に、北朝鮮の“エージェント”と呼ばれる男が住んでいた。

大量破壊兵器禁止法違反容疑で連行されるチェ・チャンハン容疑者(提供=豪連邦警察2017年12月16日)
大量破壊兵器禁止法違反容疑で連行されるチェ・チャンハン容疑者(提供=豪連邦警察2017年12月16日)

その男は、チェ・チャンハン容疑者(59)。韓国生まれだが、30年以上オーストラリアに住み、市民権を取得。妻と30代の息子もいるようだが、イーストウッド中心部からほど遠くないアパートに1人で暮らしていた。近隣の住民によれば、チェ容疑者は、礼儀正しく、会えばしっかりあいさつもする人物だったという。以前はエンジニアの見習いとして、浄水機などを輸出する会社で働いており、最近では病院の清掃作業員の仕事をしていたようだ。また、かつて韓国系のキリスト教会にも通い、北朝鮮の貧しい人びとに同情心を抱いていたというチェ容疑者。2000年のシドニー五輪の開会式で、韓国と北朝鮮の選手団が共同入場を行った際、北朝鮮選手らのサポートも行っていた。しかし、08年ごろから、北朝鮮の独裁政権擁護の発言をするようになり、周囲は、次第に彼を避けるようになったという。

そして、昨年末の12月16日、他国の司法機関からもたらされた情報を得たオーストラリア連邦警察(AFP)は、1年近くに及ぶ内偵期間を経て、チェ容疑者の身柄をイーストウッドのアパートで拘束した。

逮捕容疑の1つは、大量破壊兵器である北朝鮮のミサイル関連部品を海外に輸出しようと企てたこと。AFPの発表によれば、その部品の中には、“大陸間弾道弾を誘導するコンピューター・ソフトウェア”が含まれていたという。また、国連安保理決議で輸出が禁じられている北朝鮮の石炭を、インドネシアやベトナムのブラック・マーケットに輸出しようと試みるなど、合計6つの容疑がチェ容疑者に掛けられている。

AFPの担当官は「オーストラリアで大量破壊兵器禁止法が適用されたのは、今回が初のケースで、チェ容疑者は、北朝鮮政府に利益をもたらすための忠実な“経済エージェント”として活動していた」と、逮捕翌日の記者会見で述べた。AFPは一方で、「オーストラリア国内に北朝鮮の武器やミサイル備品が密輸された形跡はなく、国民が危険にさらされる事態ではなかった」としている。

◇1,000人超の中国“スパイ”が豪州国内で暗躍?

元在シドニー中国総領事館員で、オーストラリアにおける“反中国共産党分子”の摘発などを職務としていた陳用林氏。05年、自らシドニーの移民局に出頭し、オーストラリアへの政治亡命を申請した。筆者のインタビューに答えた陳氏は、「オーストラリア国内には1,000人を超える中国の“スパイ”がいて、恐らく北朝鮮による諜報活動も行われているだろう」と指摘する。

インタビューに答える元在シドニー中国総領事館員の陳用林氏(筆者撮影)
インタビューに答える元在シドニー中国総領事館員の陳用林氏(筆者撮影)

陳氏によれば、“スパイ”と言ってもさまざまで、中国共産党から直接派遣された諜報部員もいれば、オーストラリアの国内に留学する一般の中国人学生が、“情報収集”に借り出されるケースもあるという。

一方で陳氏は「中国企業の多くも“本国の利益のためのエージェント”として活動している」と話す。

昨年末に議員辞職した最大野党・労働党のサム・ダスティアリ上院議員のケースが、そのことを如実に表している。ダスティアリ氏は、旅費約1,600豪ドルを中国系企業に肩代わりしてもらう見返りに、南シナ海情勢で党の公式見解とは異なる中国寄りの発言をした。また、政権与党側でも、アンドリュー・ロブ元貿易相が、中国政府と結びつきが強い企業、嵐橋集団から多額の報酬を受け取り、役員に就任したことで各方面から一斉に批判を浴びた。陳氏によれば、これらの活動は、中国政府が世界で押し進める「一帯一路」構想に基づいて行われていることだという。

特に嵐橋集団は、オーストラリアの安全保障上極めて重要で、同盟国であるアメリカ海兵隊の基地があるダーウィン港の99年間の長期リース契約を獲得しており、ロブ氏の行動は「とても軽率だった」と、陳氏は強調する。

「嵐橋集団と中国共産党政府は“同じ”だと言っても過言ではありません。会長の葉成氏は、中国人民解放軍出身なのですから」

◇切羽詰まった稚拙なスパイ活動か?

話を北朝鮮の“エージェント”に戻すが、オーストラリアのシンクタンク、ローウィー研究所のユアン・グラハム氏は、今回逮捕されたチェ容疑者は「明らかにアマチュアで、いわばフリーランスの“エージェント”」と指摘する。「もし北朝鮮がこのような“素人”に頼らざるを得なくなっているとしたら、経済制裁による国の財政が逼迫し、かなり切羽詰まった状況下にあると推測できる」と、グラハム氏は言う。

豪・外国人記者協会と会見するビショップ外相(2017年11月29日、筆者撮影)
豪・外国人記者協会と会見するビショップ外相(2017年11月29日、筆者撮影)

一方、中国企業による政治家の買収や影響拡大についてオーストラリアのビショップ外相は、「オーストラリアで活動する外国企業が自らのビジネス環境の向上のため政治献金をするのは国内企業と同様だ」と述べており、最大の貿易相手国である中国に配慮する発言をしている。

もちろん、他の自由主義諸国の間でも、ある程度の秘密裏の情報収集や諜報活動が行われていることは周知の事実で、この点に関して中国だけを名指しで非難することはできない。

今回の北朝鮮の“エージェント”の活動は、直接オーストラリア国民に危害を及ぼすものではなかったようだが、オーストラリアが国際社会と協力して、大量破壊兵器の拡散や違法な経済活動を水際で防いだ例と言える。オーストラリアのような多民族社会の中に埋もれて活動する“スパイ”を摘発するのは、ある意味難しい側面もあるが、諜報活動への意識が低く、国際社会から“スパイ天国”と揶揄されることもある日本にとっては、今回の“事件”は少なからず参考になるだろう。


飯島浩樹(いいじま・ひろき)
日本の民放キー局でニュース番組のディレクターなどを経て来豪。ウーロンゴン大学院でジャーナリズム修士号を取得後、TBSのシドニー五輪支局現地代表となる。現在、TBSのシドニー通信員として多くのニュース・リポートを日本に送っている。2017年8月より、FCAオーストラリア・南太平洋海外特派員協会会長を務める。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る