2014年10月 ニュース/総合

対「イスラム国」空爆、首相決断へ

戦闘爆撃機8機などUAEで臨戦態勢

トニー・アボット首相は9月28日、訪問先の米国から帰国し、「イスラム国」(IS、イラクとレバントのイスラム国=ISILから改称、イラクとシリアのイスラム国=ISISとも)を名乗るイスラム教スンニ派過激派勢力への空爆に加わるかどうかを決断する。首相は武力行使に前向きな姿勢を表明していて、現時点(28日午前現在)ではオーストラリアが参加する可能性が高まっている。参戦に踏み切れば、オーストラリアは2009年の撤退以来約5年ぶりにイラク情勢に再び軍事介入する。

内戦状態にあるシリア領内に拠点を持つISは今年に入り、イスラム教シーア派主導のイラク正規軍やクルド人勢力を駆逐しながらイラク北部で支配地域を拡大した。対立する勢力や市民、異教徒などを虐殺したり、女性や子どもを拉致するなどしているとされる。9月末までに、人質にした米国と英国、フランスの民間人をナイフで処刑する映像もインターネットに公開した。

そうした残虐さとともに、従来のテロ組織と異なるISの特徴としては、ソーシャル・ネットワークなどを使った戦闘員の巧みな勧誘がある。過激なイスラム原理主義思想に陶酔し、テロ組織に参加している欧米出身の若者の数は最大1,000人以上とも報じられている。イスラム圏から多くの移民を受け入れているオーストラリアも例外ではなく、アボット首相によるとオーストラリア国籍を持つテロ組織参加者の数は60人以上、支援者は約100人に達しているという。

帰国した戦闘員や国内の共鳴者が無差別テロを起こす可能性は、米英やオーストラリアなどの西側諸国にとって大きな脅威となっている。危機感を強める欧米側はISへの武力行使を画策。当初軍事攻撃に消極的だった米国のオバマ政権は8月にイラク領内のISに対する限定的な空爆を開始し、9月には中東5カ国との連合軍によるシリア領内への空爆にも踏み切った。これまでにフランスも空爆を実施し、英国のキャメロン首相も空爆参加を議会で表明している。

一方、オーストラリアは輸送機「C130J」(ヘラクレス)を投入、8月にISに包囲された少数勢力への人道支援物資の投下作戦に参加した後、武器の空輸も開始していた。さらに、政府の国家安全保障会議(NSC)は9月14日、イラクでの軍事作戦を念頭に、兵力と航空機を中東に派遣することを決定した。ABCによると、26日までにオーストラリア国防軍の特殊部隊200人と戦闘攻撃機「F/A18」(スーパーホーネット)8機などを派遣、UAEで待機中だという。

 

地上戦は否定も、長期化の懸念

米国を訪問中のアボット首相は26日、「単なる演習のために兵力を派遣したわけではない。死のカルト集団(IS)に対する戦いで、我々の役割を行使しなければならない」などと述べた。最大野党の労働党や国内世論も政府の方針におおむね賛同していることから、首相は帰国後の28日以降、米・英主導の「有志連合」による空爆への参加を表明することが予想される。

現時点では、オバマ米大統領と同様にアボット首相は「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(地上兵力の投入)を否定している。ただ、専門家の間では、米・英やオーストラリアなどが目標とするISの壊滅は地上戦なしには達成できないとの見方が強まっている。有志連合側は、当面、イラク正規軍やクルド人勢力、ISと対立するシリア領内の反政府勢力などの地上兵力への支援や訓練を強める方針と見られるが、戦闘は短期間では終わらず数年かかる可能性があることは既に認めている。

地域の勢力図も複雑怪奇だ。ISは化学兵器の使用疑惑が持たれているシリアのアサド政権と戦っているほか、核開発を進めるシーア派のイランもISと対峙している。欧米側にしてみれば、ISの攻撃は従来の敵を利するというジレンマがつきまとう。

アボット首相は航空兵力の派遣を発表した14日の時点の会見で、「オーストラリアは戦時下にあると考えていいか」との質問に「答えはノーだ。今日はUAE(の基地)への部隊派遣を決めただけだ」と述べた。だが、いったん空爆に参加すれば否が応でも戦争状態になる。いかにテロの脅威を減らしながら、戦況の「ベトナム戦争化」(泥沼化)を回避するか。オーストラリアは非常に難しい舵取りを迫られる。

 

 <イラク情勢と豪軍の歩み>
【湾岸戦争】
1990年8月  イラクのフセイン政権がクウェート侵攻
1991年1月  米主導の多国籍軍がイラクへの空爆開始。豪も海軍艦艇など派遣
1992年2月  クウェート奪還、多国籍軍が勝利宣言
【イラク戦争】
2003年3月  大量破壊兵器の保有が疑われたイラクに米・英とともに侵攻
2003年4月  バグダット陥落。フセイン政権打倒後も、大量破壊兵器見つからず
2005年5月  平和維持活動に従事する自衛隊を守るため陸軍部隊派遣
2009年7月  軍事作戦を終結。戦闘中の豪軍戦死者数は2人にとどまる
2011年12月  最後の米軍部隊撤退。オバマ米大統領が戦争終結を宣言
【対IS軍事作戦】
2014年9月  米がISへの空爆開始。豪も人道支援活動
2014年9月  豪戦闘機8機などをUAEに派遣
2014年10月  アボット首相が空爆参加を決断へ(?)
(出典:オーストラリア戦争記念館、ABC放送)

テロ警戒レベル引き上げ

政府は発表に先立つ12日、国内のテロ警戒レベルをこれまでの「中」から、4段階で上から2番目の「高」に引き上げた。特定のテロ攻撃をめぐる動きが確認されたわけではないが、当局が内偵しているオーストラリア人のテロ組織関係者の動きが過去1年間に活発化しているという。警戒レベル引き上げを受け、治安当局は多くの人が集まるスポーツ競技場や公共交通機関などの警備を強化した。

また、豪州政府はテロ組織に対する諜報活動やテロ対策の予算として新たに6億3,000万ドルを拠出する。11日には、このうち2,000万ドルを投じてテロ組織の資金の流れを断つ計画を明らかにした。ISなどの過激派には、イスラム原理主義に陶酔した欧米諸国出身者も多数参加しているとされる。豪州政府によると、オーストラリアからも60人以上がISなどのテロ組織に参加。支援者も約100人に上るとされる。このため、アボット首相は「(イラクの)状況は国際問題であるばかりではなく、国内の安全保障の問題でもある」と訴えている。

政府の決定に対して、最大野党労働党のショーテン党首は14日、「国家の安全保障に関しては首相も私もパートナーだ」と全面的に支持する考えを表明した。豪州の2大政党は、有事には互いに政府を支持するのが通例だ。ただ、左派の「緑の党」(グリーンズ)のミルン党首は「アボット首相はイラクでの新しい戦争に限界のない一歩を踏み出した」と述べ、介入が泥沼化する可能性に懸念を示した。


豪州社会に報復テロの脅威

市民処刑計画の疑いで捜索、警官襲った18歳男は射殺

オーストラリアが「イスラム国」(IS)への武力行使に傾く中で、国内では報復テロの脅威がにわかに現実味を帯びてきている。警察は9月18日、シドニーとメルボルンでテロ組織に対する大規模な捜索を行い、市民の公開処刑を企てたとして15人を逮捕した。メルボルンでは23日、当局が危険人物として内偵していた若者が警官2人を襲い、射殺される事件が起きている。


9月23日夜、メルボルン南東部エンデバー・ヒルズ警察署前で射殺されたアブドゥル・ヌーマン・ヘイダー(18) フェイスブック・ページから引用

公共放送ABCによると、連邦警察は18日未明、シドニーとブリスベンで一斉に家宅捜索を行い、テロ行為を企てた容疑で15人を拘束した。このグループは、シドニーとブリスベンで無差別に一般市民を誘拐して処刑し、その様子を撮影してインターネットで公開することを計画した疑いが持たれている。

警察は直前に一味がテロを計画していることを示す通話を傍受していたとされる。未然に阻止するため、シドニー西部パラマッタ周辺とブリスベン南部周辺に捜査員約800人を動員して一斉捜索に踏み切った。検察はシドニー中央地裁で「尋常ではない狂信的な思想に基づくきわめて深刻な犯罪」が計画されたと述べた。

 計画の首謀者とされるのは、ISの有力支持者と見られるモマハド・アリ・バリヤレイ容疑者。同容疑者は以前にシドニー市内の歓楽街キングス・クロスの犯罪組織と関わりがあり、テレビ・ドラマの俳優としても知られていたが、近年になってイスラム過激思想に傾倒していたとされる。警察は同容疑者を使命手配して行方を追っている。

 

豪州人の無差別殺害呼びかけ

一方、ISのスポークスマンは22日、オーストラリアを含む「欧米の異教徒」を殺害するよう呼びかける音声ファイルをインターネット上で発表した。米国などがISに対する空爆を開始し、オーストラリアも賛同していることや18日の一斉捜索に反発した動きと見られる。これを受けて、連邦警察は自動小銃を抱えた警官をキャンベラの連邦議会周辺に配備するなど警備を強化している。

国連安保理に出席するため訪米していたオーストラリアのジュリー・ビショップ外相はABCに「我が国の諜報機関は(殺害の呼びかけが)本物であると分析しており、自らの主張に賛同しない者をすべて攻撃対象にしていることは明らかだ」と強調。ISの壊滅に最大限の力を注ぐ考えを示した。

 

フェイスブックに「イスラム国」の旗

事態が緊迫する中で、メルボルンでは23日夜、警官2人を刃物で斬りつけた男がその場で射殺される事件が起きている。射殺されたのはアフガニスタン出身のアブドゥル・ヌーマン・ヘイダー(18)。ABCなどの報道によると、連邦警察はイスラム過激思想に共鳴した危険人物としてヘイダーを監視していて、事件の数日前には捜査令状なしに自宅の部屋を捜索していたという。

連邦警察の対テロ合同捜査班は事件当日、ヘイダーを任意で取り調べるためメルボルン南東部エンデバー・ヒルズ警察署に呼び出していた。同警察署前に現れたヘイダーはいきなり同班の警官2人を刃物で斬りつけたため、警官が発砲し、ヘイダーは死亡した。警官らは重傷を負い、病院で手術を受けたが命に別状はなかった。

ヘイダーは2012年の段階で過激思想を掲げる現地のグループに接近、当局が内偵を進めていたとされる。最近になって、インターネットの投稿サイト、フェイスブックに覆面を被ってISのものと見られる黒い旗を掲げている自分の写真を掲載したり、アボット首相の襲撃を示唆するなど、行動が過激化していたという。ただ、ヘイダーが単独で過激思想に傾倒していたのか、背後にテロ組織がいたのかは明るみに出ていない。


多文化社会に亀裂

イスラム過激派による報復テロをめぐる一連の動きは、オーストラリア社会に試練をもたらしている。オーストラリアは世界各地から平等に移民を受け入れる「マルチカルチャリズム」(多文化主義)を標ぼうしており、平時は異なる価値観を尊重することで平穏を保っている。しかし、海外の紛争や戦争を発端に、内に秘めた異文化に対する反感が表面化することは珍しくない。

例えば、2001年の米同時多発テロや02年のバリ島爆弾テロ事件を受けてイスラム教徒への反感が強まっていた05年には、シドニー南部クロヌラ・ビーチで大規模な人種暴動が発生した。レバノン系若者グループとサーフライフセーバー(海難救助のボランティア)との小さなトラブルが発端となり、オーストラリア国旗を掲げた約5,000人の市民が集結。一部が暴徒化して、罪のない中東系市民に殴る蹴るの暴行を加えた。これに対して、中東系グループがシドニー南東部マルーブラ・ビーチで停車中の車に火を付けて報復するなど、大規模な争乱に発展した。

ISをめぐる問題は、オーストラリア国内の共鳴者を積極的に勧誘している点で、従来のテロと比較してより深刻だ。既にオーストラリア国内のモスク(イスラム教の礼拝堂)ではイスラム教徒を中傷する落書きがスプレーで書かれたり、イスラム教徒の市民が罵声を浴びせられるなどの被害が報じられている。11年の国勢調査によると、国内のイスラム教徒数は47万6,300人と全人口の2.2%を占める少数派に過ぎない。しかもそのほとんどは過激思想とは無関係だが、イスラム教徒に対する反感が今後、噴出する恐れがある。

オーストラリア政府は近く、イラク領内のISに対する空爆参加を決定する見通しだ。いったん武力行使に踏み切れば、賛成しようが反対しようがオーストラリアは戦争状態に入る。在留邦人は、国内のテロに警戒するのはもちろん人種間の対立を背景とした社会的な混乱にも留意し、国際情勢や現地の治安をめぐる最新の情報を注視する必要がありそうだ。


対テロ、安全確保を 外務省が注意喚起

日本の外務省は9月12日、オーストラリア政府のテロ警戒レベル引き上げに伴う注意喚起を発表した。同省は「オーストラリアに渡航・滞在される方は、各種報道やオーストラリア政府国家安全保障のウェブサイトなどで最新の情報の入手に努めるとともに、テロの標的となりやすい場所(政府・軍・警察関係施設、公共交通機関、観光施設、デパートやイベント会場など不特定多数が集まる場所)を訪れる際には、周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察したら速やかにその場を離れるなど、安全確保に十分注意してください」と呼びかけている。



NSW州および北部準州に在留する邦人数は3万人を超えた

海外在留邦人、豪州は8万1981人
国別で3位-シドニーに3万人

日本政府の海外在留邦人数調査統計(2013年10月1日現在)によると、オーストラリアに在留する邦人数は前年比4.22%増の8万1,981人で、国別で3位だった。

海外に住む邦人は計125万8,263人で、前年比0.7%増加。調査を開始した1968年以降で過去最多を記録した。

国別では、1位米国は2.26%増の41万2,639人。2位中国は13万5,078人で、10.19%減少した。

4位以下は、英国が6万7,148人(3.19%増)、カナダが6万2,349人(0.8%増)の順だった。

公館地域別では、シドニー総領事館の管轄地域(ニュー・サウス・ウェールズ州、北部準州)内の在留邦人数は3万832人で10位だった。

上位3位は、ロサンゼルス総領事館の管轄内の9万7,585人、ニューヨーク総領事館の9万3,480人、英国大使館の6万5,164人。

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