ターンブル首相の誕生

政局展望

ターンブル首相の誕生

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

9月14日(月)午後4時、ターンブル通信大臣が連邦議会内の中庭で突然記者会見を開き、アボット首相に対し党首交代を求めたことを公表した。これを受けて同日午後9時15分に、与党自由党の正副党首を選出する臨時の連邦自由党両院議員総会が開かれたが、党首選挙ではアボットが44票であったのに対し、唯一の挑戦者であったターンブルは54票を獲得し、ターンブルが勝利を収めている。その結果ターンブルは、翌16日のコスグローブ連邦総督公邸での認証式を経て、正式に第29代目の豪州連邦首相に就任した。

自由党リーダーシップ問題の経緯

今年の1月に実施されたQLD州選挙での与党自由国民党の敗北は、驚天動地の一大政治事件であった。同選挙を通じて、豪州では同一政権が最低2期は続くとの「常識」が明確に覆されたのである。QLD州選挙における歴史的惨敗の責任は、ひとえに尊大なニューマン州首相にあったものの、これを契機にして、自由党内で高じていたアボット首相への不満や、次期連邦選挙への不安が一挙に表面化、顕在化してしまった。そしてアボットの党内支持基盤は急激に脆弱化し、2月6日には、WA州の自由党陣笠議員2人が、指導部への不信任動議の提出を宣言する事態となった。

これを受けて、動議を採決するための自由党臨時議員総会が9日に開催されたが、採決の結果は、動議への支持が39票に対して、反対は61票であった。動議は否決され、正副党首選挙も実施されずに終わったが、仮に不信任動議が可決されていた場合は、その時点で、ターンブル通信大臣が党首選挙への出馬を宣言していた公算が高く、そしてモメンタムの高まりに鑑み、党首選挙が実施されていた場合には、ターンブルがアボットに勝利する可能性もあった。そのため、動議が否決されたことで、アボット陣営は安堵に胸をなで下ろしたのだが、アボットが自ら認めた通り、臨時議員総会の一件はアボットにとり正しく「臨死体験」であった。さすがに反省したアボットは、その後リーダーシップ・スタイルの改善などを図っている。

具体的には、第1に、最も重要な点として、昨年の連邦予算案に盛り込まれ、国民の強い反発を惹起した各種節減策をソフト化、もしくは破棄したこと。第2に「攻撃は最大の防御」との認識の下、与党の対労働党攻撃を激化させたこと。第3に、国民への啓蒙努力。コミュニーケーション努力。第4に、与党の得意な政策分野の誇示。とりわけ国家安全保障政策分野の能力の誇示、そして第5点として、党内の風通しを良くするための努力、ならびに首相オフィスの権限抑制、すなわち、チーフ・オブ・スタッフであるクレダリン女史の管理、介入行動の抑制、などが挙げられる。こういったアボットの努力もあって、その後党内求心力は改善し、また世論調査も回復していた。しかも世論調査での改善ぶりは、アボット政権としては2回目に当たる連邦予算案が5月に公表されたことによって、「トレンド」化しつつあった。

周知の通り、アボット与党の世論調査低迷の最大の要因は、昨年の5月に公表された14年緊縮予算案に対する国民の反発であった。15年予算案は、14年予算案内の「重大問題」政策を破棄する一方で、小規模事業体向けの寛大な政策や、新託児助成パッケージなど、あたかも選挙直前予算案のような、かなり寛大な有権者懐柔策を盛り込んだものであった。その結果、国民の多数より評価され、また大いに歓迎されたのである。

一方、アボットや政府の努力とともに、与党支持率回復の重要要因となったのが、ショーテン野党労働党党首に対する評価の低さであった。実のところ、最近までのショーテンへの評価がアボットへのそれを上回っていたのも、ショーテンへの絶対的評価が高かったためでは毛頭なく、単なる相対的評価、すなわちアボットへの評価が低かったことの裏返しに過ぎなかった。ところが、そのアボットの評価が改善してきた結果、ショーテンの相対的評価が低まってきたのだ。ところが8月になると、アボットや政府のこれまでの努力、そして15年連邦予算案を通じて積み上げてきた「貯金」も、一挙に雲散霧消してしまい、再度アボット政府の評価は「超低空飛行」となった。

与党支持率の悪化の主因は、何と言っても、ビショップ下院議長の旅費・交通費スキャンダルに対する、アボットの対応の遅さ、稚拙さであった。アボットは、国民が議員や議員の家族の「ぜいたく三昧ぶり」に憤っているにも関わらず、当初ビショップのぜいたくスキャンダルを矮小化し、そして更迭のほかに選択肢がなくなるまで、党の内外からの更迭要求を無視して、ビショップをひたすら擁護し続けたのである。2月の臨時自由党議員総会を何とか乗り切った直後、アボットは半年以内に情勢を好転させると約束し、また、その後は確かに支持率も回復基調を示したので、党内もいわば「様子見」の状況であった。ところが、上記のビショップ・スキャンダルは、アボットの頑迷さを再認識させるもので、党内を大いに失望させるものであった。

ターンブルの勝利

新首相に就任したターンブル氏(左)と党首選で破れ退陣したアボット元首相(右)
新首相に就任したターンブル氏(左)と党首選で破れ退陣したアボット元首相(右)

9月19日には、WA州のカニング連邦下院選挙区で補欠選挙が実施される予定であったが、以前から与党の苦戦が予想されていた(注:結局、与党が勝利)。そのため、補選の数週間前より、再度アボットのリーダーシップ問題が取り沙汰されていた。そういった最中、ニューズポール社が9月3日から6日にかけて全国で実施した世論調査の結果が公表されている。それによると、選好票の流れも加味したいわゆる「二大政党選好率」ベースで、与党が46%に対して、野党は54%となっていた。「二大政党選好率」ベースで与党が野党の後塵を拝するのは、今回の世論調査で実に連続して30回目であった。また与野党の「二大政党選好率」が46%対54%であるのは、同調査で連続3回目であったが、この数値は、仮に世論調査の実施の時点で実際に選挙が実施されていた場合、定数が150の下院で現在90議席を擁する与党保守連合は、実に35議席を喪失し、現行の労働党議席数と同じく55になることを意味する。ただ、自由党のリーダーシップ問題が再燃すると見る向きは多かったものの、まさに補欠選挙が実施されるゆえに、その直前に自由党の「お家騒動」が顕在化し、いわんやリーダーシップ挑戦が行われると予想する向きは極めて少なかった。言うまでもなく、「国民の生活とは無関係な党内権力闘争に現を抜かしている」として、カニング選挙区の有権者が反撥する危険があったからだ。そのため、ターンブルが14日に突然挑戦を宣言したことは、大きな驚きをもって受け止められた。いずれにせよ、9月14日に開かれた連邦自由党両院議員総会での党首選挙では、ターンブルが54票でアボットは44票と、10票差でターンブルの勝利となったが、ターンブルの最大の勝因は、ターンブルの国民人気に尽きる。

すなわち、各種世論調査では、ホッキー財務相、モリソン社会サービス相、ビショップ外相、そしてターンブル通信相の4人の後継候補の中で、常にターンブルへの評価が突出しており、それどころかターンブルは、アボットばかりかショーテンをも大きく陵駕し続けてきた。義務・強制投票制を採用する豪州では、多くの浮動層、無党派層が投票するわけだが、こういった層の投票行動を決定する上で重要なのは、リーダーに対するイメージや好悪、そして政党の経済運営能力に対する漠然とした評価である。何と言っても、次期選挙での落選を懸念する激戦区の自由党議員にとって、依然として国民に人気の高いターンブルは、それだけで魅力的に感じるのだ。また、メディアによるターンブル支援も大きい。連邦政治を担当する連邦議会プレス・ギャラリー所属のジャーナリストは、おそらく7割程度が労働党のシンパであり、例えば国営ABC放送やフェアファックス系メディアには左派系のジャーナリストが多い。こういったジャーナリストたち、とりわけ女性ジャーナリストの中には、強硬右派のアボットを嫌う者が多いのだが、他方で、進歩的なターンブルについては好感を抱く者が多数いる。その結果、アボット対ターンブルを巡る自由党のリーダーシップ問題では、ターンブルに有利な、あるいはターンブルを支援するかのような報道が多くなされることとなる。

これに対してアボット側の敗因を見た場合、やはり党内の不満の中核はアボットの「頑迷さ」にあったと言える。確かに、今年2月の「臨死体験」を経て、アボットの姿勢も変化したかに見えた。ところが、8月に大きく政治問題化したビショップ下院議長のスキャンダルは、結局、アボットは何も変わっていない、具体的には、チーフ・オブ・スタッフのクレダリン女史を除いて、周囲の助言に耳を傾けない、あるいは一般国民の感覚から遊離している、ということを自由党議員の多数に再確認させると同時に、今後も変わることはあり得ないとの結論を抱かせたものと思われる。しかも、ターンブルが挑戦記者会見でいみじくも指摘した通り、国民の多数も同様な確信を抱き、既にアボットを見限っていると判断したものと思われる。

ターンブルの当面の課題

ターンブルが極めて有能で、国民の人気も高いことは否定できない。ただ、ターンブルもさまざまな問題点や課題を抱えており、今後のターンブルのパフォーマンスによっては、「収支決算の結果はアボットの続投よりもマイナスであった」、となる恐れもなきにしもあらずである。ターンブル派の自由党陣笠議員にとっての最大の魅力であるターンブル人気にしても、09年末にターンブルが野党リーダーから失脚する直前の評価は極めて低いものであった。要するにターンブルは、かつて「落第点」の付いたリーダーである。ターンブルが苦境にあえいでいた保守連合政府の「救世主」となるかについては、今後も注意深く観察していく必要があろう。

ターンブルにとっての当面の課題としては、第1に、世論調査での高評価の維持が上げられる。新首相と国民との間の「蜜月期間」効果や、元々人気もあることから、ターンブルへの支持率が高くなることは間違いないし、それに伴い、自由党への支持率も相当に改善するものと思われる。ただ仮に世論調査が低迷した場合、労働党のラッドほどではないとしても、ターンブルに対する党内の評価は一挙に低下して、党内求心力は大きく脆弱化することとなろう。ターンブルの党内支持基盤は、国民の人気に強く担保されているからだ。

第2の課題は党内求心力の維持である。その点で重要なのは、世論調査での高支持率に加えて、党内右派・保守派との良好な関係を維持できるか否かである。自由党穏健派のターンブルの思想・信条は、労働党とも重なる部分が多く、したがって政策分野によっては、ターンブルの姿勢は右派を強く刺激し、反発させるものである。現在のところターンブルは、基本的にアボット政府の政策を保持するとしているが、今後徐々に姿勢を変えていく可能性もあり、それに右派が反発することもあり得よう。また党内求心力を維持する上では、アボットの轍を踏まないこと、あるいは野党リーダー時代のターンブル自身の轍を踏まないことが重要である。すなわち、政策/意思決定過程におけるほかの政治アクターの重視、「手続き」の重視、相談や議論の重視と言った点である。アボットへの批判の中核は、「人の話や助言を聴かずに独断専行する」という点にあったが、この指摘はまさに、野党リーダー時代のターンブルに向けられた批判でもあった。

最後に第3点として、自由党のジュニア・パートナーである、連立先の国民党と良好な関係を維持することも重要である。自由党と国民党は長年にわたって連立関係を結んできたことから、両党を括った上で、労働党とともに二大政党などと呼んでいるが、もちろん、その「重心」が中道右派で、小ビジネス層などを支持基盤とする自由党と、右派で地方在住層、とりわけ農業従事者層を支持基盤とする国民党では、各種政策分野で少なからぬ、あるいは小さからぬ差異がある。自由党穏健派のターンブルとはなおさらのことである。また国民党議員にはタフで保守的な田舎の政治家が多いが、アボットは「体育会系」の強硬保守であることから、「土の香りのする」国民党議員とも相性が合った。ところが、ターンブルは典型的な都会派政治家であることから、同党との関係が懸念されているのだ。

新着記事

新着記事をもっと見る

NICHIGO CHANNEL

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る