ヘイドン司法委員会の最終報告書

政局展望

ヘイドン司法委員会の最終報告書

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

2015年12月30日、アボット前保守連合政府が発足させたヘイドン司法調査委員会の最終分析・提言報告書が公表されている。同司法委員会は5つの労働組合を主要対象に、労組の運営振り、財政状況、違法行為の有無、労組幹部の行状等を調査するために設置されたものだが、過去21カ月間にわたり委員会は、合計505人もの証人からさまざまな証言、証拠を収集し、既にその過程で大労組の数々の醜聞や違法行為を明らかにしてきた。

ヘイドン司法調査委員会

司法委員会設置の背景には、首相であったアボットが労使政策に通暁していたこともあって、アボットが労使制度改革にかなり高い優先度を置いていたとの事情があった。ただ周知の通り保守連合には、労使政策「ワークチョイス」が主因の1つとなって、07年11月の選挙で敗北したという「トラウマ」がある。そこでアボット政府が採択したのが、「ビッグ・バン」的な改革を否定した「2期戦略」、すなわち、政権第1期目と第2期目以降の2段階で改革を漸次実施するとの戦略であった。まず、政権第1期目に実施する戦略の第1段階では、労働党前政権が施行した、現行の公正労働法のフレームワークの枠内で労使制度の変更を志向し、しかもそのほとんどは、有権者でもある被雇用者ではなく、労働組合、より正確には労組幹部や労組専従員をターゲットにしたものとなっている。

労使政策に精通していたアボット前首相。労使制度改革に高い優先度を置いていた(Photo: AFP)
労使政策に精通していたアボット前首相。労使制度改革に高い優先度を置いていた(Photo: AFP)

一方、フレームワークの変更につながるような改革については、政権第2期期目以降に断行する計画であった。そして大規模な第2期目以降の労使改革の内容に影響を与え、また改革の成否を決める上でも重要とみなされたのが、生産性委員会(PC)による現行労使制度の徹底的な調査と改革提言、および司法委員会による労組の徹底調査であった。アボット政府は実際に、政権第1期目の半ばから、連邦財務省傘下の経済シンンクタンク的機関として高い評価を獲得している、PCによる公正労働法の徹底レビューを実施している。政府の意図は、主として経済上の観点から、保守政府の計画する労使制度改革を正当化しようとするものであった(注:ただ既に完了、公表されたPC報告書の結論は、労働党政権が施行した現行労使制度にかなり「甘い」ものであった)。これに対して司法調査は、抜本的な労使改革へのモメンタムを高める上で、あるいは世論の地ならしをする上で極めて重要なものであった。言うまでもなく、労組のずさんな運営振りや、労組幹部の違法行為が明らかになればなるほど、政府の労使改革断行はますます容易となるからだ。

また、アボット政府にとって司法委員会の設置は、労使制度改革を超えた政治目的を持つものでもあった。その目的とは、労組や労組幹部の「悪行」を暴くことを通じて、労組とは一蓮托生の労働党を攻撃することにあった。すなわち、労組の政治ウィングとして誕生した労働党が、これまで一貫して票、資金、そして人材の面で、労組に強く依存してきたとの事情、さらに多くの労働党政治家のキャリア・パスが、労組幹部を経たものであることに鑑み、労働党政治家にダメージを与えることを目論んだものであった。しかも野党労働党党首のショーテンが、大労組の豪州労働者組合(AWU)の全国書記長であった人物だけに、なおさらのこと同目的は重要なものとなったのだ。また、各労組は強力な司法委員会への対応に、人的、金銭的な負担、時間、労力の負担を強いられるばかりか、調査の結論次第では法的、金銭的制裁を課されることとなる。それが強力労組を弱体化させるばかりか、労働党への労組からの政治献金をも減少させる故に、労働党をも弱体化させることも期待できたのである。

最終報告書の内容と与野党の反応

ヘイドン最終報告書は、労組幹部達が労組の「レーゾン・デートル」である労働組合員の権益増進をないがしろにして、労組もしくは自分達の利益増進を優先しており、しかも「ケース・スタディー」で明らかとなった労組の「ならず者」による汚職行為、違法行為は、大きな氷山の一角に過ぎず、実は労組全体に蔓延し、また根の深いものであると結論付けている。なお報告書は労組の抱える主要な問題点として、(1)偽の、あるいは不適切、不十分な報告、情報開示制度、(2)「顔役」や実力者に支配された、弱く効用の低い労組内運営委員会組織、(3)雇用者側と結託した秘密取り決め、そして(4)水増し労組員数、幽霊労組員の存在、などを指摘している。また報告書は、労組と共謀する一部企業の雇用者についても強く批判している。以上の事実、分析を踏まえて、司法委員会の最終報告書は合計79におよぶ提言や制度改革案、具体的には、①合計37人に対する刑事あるいは民事訴追の推奨、②豪州労働者組合(AWU)ならびに建設・森林・鉱業・エネルギー組合(CFMEU)に対する刑事あるいは民事訴追の推奨、③新機関の登録団体監督委員会(ROC)の設置、④「ならず者」労組専従員や義務不履行労組員への制裁、罰則の強化と、労組員資金からの制裁金支払いの禁止、⑤労組「資源」の個人選挙活動への流用禁止、⑥豪州建築・建設委員会(ABCC)の再設置の推奨、⑦退職年金基金に関する被雇用者の選択権の確保、そして⑧企業別協約の採択の是非を労組員に諮る際に、同協約を通じて労組が財政的利益を受けるか否かについて労組員に開示する(注:秘密取り決めの払拭)、などの提言を行っている。

なお報告書は、AWU全国書記長時代のショーテン野党労働党党首の違法行為などについては触れていないものの、ショーテンが政界入りする際に、雇用者側との当時の秘密取り決めを通じて、ショーテンが個人的に恩恵を受けたことを強く示唆している。ヘイドン司法委員会報告書を受けて、ターンブル保守連合政府は、労組はもちろんのこと、労組と一蓮托生の労働党を鋭く攻撃するとともに、上記79提言のほとんどを採択すると宣言している。一方、野党労働党は、一部労組、一部労組幹部による違法行為の存在は認めつつも、そういった行為はあくまで例外的、孤立したものに過ぎず、労組に蔓延しているとの司法委員会の指摘には異議を唱えている。また豪州労働組合評議会(ACTU)をはじめとする労組側と同様に、ヘイドン司法委員会の調査が公費の濫用であるばかりか(注:委員会の総コストは8,000万ドル)、労組叩きの偏向調査、あるいは「政治的魔女狩り」であるとの従来の主張を繰り返している。

ヘイドン報告書の意味合いと政治的影響

第1に、同報告書の公表を契機にして、重要なターンブル政府の労使政策に関する姿勢が明瞭となった。ヘイドン報告書公表後の辛辣な労組攻撃、そして同委員会の79提言のほとんど全てを採択するとの発言からも伺える通り、それは労使改革への積極的姿勢である。しかもターンブルやキャッシュ雇用大臣は、2月2日に議会が再開された直後に、アボットが計画していた登録団体監督委員会(ROC)設置法案を再上程し、また豪州建築・建設委員会(ABCC)の再設置法案についても、今期内の成立を目指すと確約している。確かに、ターンブル政府が次期連邦選挙の前に、計画通り政府の「第2期目戦略」の青写真を策定し、公表できるかどうかは定かではなく、現行労使制度のフレームワーク自体の変更につながるような改革については、かなり遅延することも予想される。ただ、上記の2政策は「第1期目戦略」の中核政策であり、両政策への積極姿勢はターンブル政府の今後の労使改革に期待を抱かせるものである。ターンブル政府の労使分野での積極姿勢の背景には、「(経済)改革志向の首相」とのイメージを国民に「売り込みたい」ターンブルの思惑、労使改革に熱心な自由党内の右派におもねるため(注:労使政策への消極姿勢は、現行労使政策を策定したアボットの支持層を刺激する恐れもある。ただ既に昨年の初頭の時点でアボットの改革への熱意は冷めていたが)、そして政界入りする前に労使分野の弁護士として活躍し、しかも党内右派で、労使分野では硬派のキャッシュ大臣の存在があると言えよう。

第2に、ヘイドン調査によって明らかとなった事実、そしてターンブル政府の労使分野への積極姿勢によって、2月初旬に再開される議会では労使問題が重要イシューとなるばかりか、ターンブルが宣言しているように、次期連邦選挙でも重要争点化することが予想される。労使問題を通じて政府が取り分け争点化したいことは、ショーテン野党リーダーのクレディビリティーの問題と、「ならず者」労組や労組幹部の労働党への影響力の問題である。上述したように、アボット政府にとって労組への調査、あるいは司法調査委員会の設置は、もちろん、政治目的、政治的効果の達成を動機の1つとするものではあったものの、やはり当初は、主として保守政府の労使制度改革への「後押し」として位置付けられていたものであった。

ところが最近では、確かに政権第1期目の穏当な労使政策の施行すら頓挫、停滞しているとの事情もあるものの、むしろ司法調査委員会の「政治的貢献」が政府を喜ばせており、政府の委員会への期待も変容しつつあった。実際にヘイドン司法調査委員会は、既にリーダーのショーテンにも相当なダメージを与えている。それはショーテンが昨年の7月初旬に2日間にわたって、ヘイドン司法委員会に証人として召喚され、合計で何百にも上る質問に晒されたからであった。ショーテンへの喚問は、ショーテンが豪州労働者組合(AWU)のVIC州支部書記長やAWU全国書記長であった時代の、AWUの運営振りや行動、指導振り等に関するものであったが、その中で明らかとなったのは、労組の存在意義、目的とは、傘下の労組員の福利、権益をできるだけ増進させることにあるにも関わらず、ショーテン指導下のAWUが、同企業労組員を「売り渡す」かのような労働条件に合意したことであった。確かに、ヘイドン最終報告書でショーテンの違法行為が指摘されたわけではないものの、こういった資金がAWU内の権力闘争、ライバル労組との「デマケーション」闘争(注:縄張り争い)、労働党内の派閥、権力闘争、さらには労組幹部の政界入り活動に使用されたことは間違いなく、その結果、AWUは傘下の組合員の権益を無視して、AWUという組織、あるいはAWU幹部の権益増進を優先した、とのパーセプションが醸成されてしまった。また司法委員会で明らかにされたこれらの事実は、ただでさえ「謎の人物」、あるいは「どことなく胡散臭い」と見られてきたショーテンのイメージ、信頼性を一層毀損することとなったのである。そのため労使問題の選挙争点化は、次期選挙ではターンブル与党に有利に働くものとなろう。

もちろん、これに対して野党労働党ならびに労組側は、ヘイドンの保守偏向振りを強調すると同時に、保守政府の労使改革イコール「ワークチョイス」の復活、との短絡的なスローガンで対抗するものと思われる。ただ、政府の提示する労使政策が労働組合や労組幹部をターゲットとしたものであることに鑑み、07年11月選挙の時とは異なり、「政府政策は労働者いじめ」との労働党や労組のスケアー・キャンペーンが、次期選挙で国民の多数に強いインパクトを与えるとは思えない。ヘイドン報告書の第3の意味合い、影響とは、これが野党労働党内の求心力の低下を招きかねないことだ。まずショーテンの支持基盤の脆弱化である。言うまでもなく、今回のヘイドン調査最終報告書が公表される以前から、正確には昨年の9月にターンブルが首相の座について以降、アボット時代の末期にも既に低迷していたショーテンへの個人評価は、まさに地に堕ちている。ショーテンの留任は、次期選挙でのターンブル政府の勝利を保証するものと言えよう。もちろん、間違いなく年内には次期選挙が実施され、それどころか、早期両院解散選挙を予測する向きさえある中、次期選挙前に野党労働党のリーダーが交代する可能性は極めて低いと言えるが、今後次期選挙までの間に野党内では、ヘイドン委員会でダメージを受けたショーテンへの批判、「雑音」が発生することは不可避と言えよう。

なお、ヘイドン報告書が公表されたときショーテンは夏季休暇中で、報告書に対する記者会見を開き、反論することもしていない。この点を強く批判する向きもある。また、労働党と労組との対立が先鋭化することも予想される。周知の通り、労働組合組織率は凋落の一途を辿っているものの、実は労組の労働党への影響力は強まる傾向にある。労組の影響力とは、具体的には、「派閥政治」を通じた、あるいは重要な党大会の代議員ポストを通じた、労働党の公認候補を選ぶ党内予備選挙、党組織人事ばかりか、閣僚/影の閣僚といった議会労働党内の人事、そして労使政策のみならず、労働党の政策全般への影響力を指す。ところが以前から、労働党が真の「大衆政党」に脱皮するためには、労組の影響力を削ぐことが不可欠との主張があるのだ。こういった主張が、ヘイドン報告書を契機にして党内でも強まる可能性がある。

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