「直接行動」施行法案が上院で可決

政局展望

 

「直接行動」施行法案が上院で可決

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

アボット保守連合政権は選挙公約通り、ギラード労働党政権が施行した炭素税を廃棄したことに続いて、保守連合の地球温暖化対策である「直接行動」政策の施行法案を成立させることにも成功している。

保守連合の「直接行動」政策

2010年2月、アボット率いる野党保守連合が、「直接行動」(Direct Actions)なる温暖化対応策を公表している。当時の「直接行動」政策の主要骨子は、(1)豪州の単独、無条件の温室効果ガス中期削減目標値、すなわち20年までの削減値を00年時点での排出量の5%減とする、(2)温室効果ガス排出権取引き制度(ETS)や炭素税への反対、(3)温室効果ガス削減基金(ERF)の設立と、同基金の運用を通じたガス削減、(4)産業部門の排出基準値(ベースライン)の設定と、同基準値を下回る排出主体への報償、逆に上回る主体への罰金など、(5)ニ酸化炭素の地中貯蔵の重視、(6)植林の促進策ならびに太陽光エネルギーの活用促進などというものであった。ただ5年近くも前に、保守連合が既に「直接行動」政策を公表していたとはいえ、それはあくまで概要、初期の政策案に過ぎず、しかも同政策の中核とされるERF制度に関しては、全く詳細を欠くものであった。そこで、アボット政権誕生後にハント環境大臣は、昨年の12月にグリーン・ペーパー(討議書)を、そしてグリーン・ペーパーに対する各層からの提言や意見を検討した上で、今年の4月には、アボット政府の最終的な「直接行動」政策(注:ただし、一部は今後の産業界等との検討、交渉を経て決定)、より正確には、その中でも最も重要なERF政策の詳細を盛り込んだ、ホワイト・ペーパー(注:白書。正式タイトルは「温室効果ガス削減基金白書」というもの)を公表している。周知の通り、温室効果ガスを「公害」として忌み嫌う労働党は、公害を垂れ流す温室効果ガスの排出主体は制裁すべきとの考えで、またガスの削減は排出主体にコスト、負担を課すことを通じて、排出主体に強いるべきものであるし、また、それが最も効果的と考えている。これに対して自由党は、コストを課し、削減を強いるよりも、むしろ削減に対して報償を与えることを通じて、自発的に削減を追求させるべきとの考えである。そして、政府から温室効果ガス削減プロジェクトに報償を与える際の「ビークル」であるのがERF制度である。

施行法案可決の経緯


パーマー連合等党首のパーマーは条件付きのETS導入策を政府が受け入れるのであれば「直接行動」を支持すると主張

10月29日、ハント環境大臣とパーマー連合党(PUP)のパーマー党首が、議会内で共同記者会見を開き、政府の地球温暖化政策である「直接行動」の中核、すなわち、温室効果ガス削減基金(ERF)制度に関し、保守連合政府とPUPが合意に達したことを公表している。その主要骨子は、(1)政府の計画通り、総額25億5,000万ドルの基金を設置、(2)PUPの要求を受け入れて、気候変動監督庁(CCA)を存続させるとともに、18カ月をかけてCCAによる温室効果ガス排出権取引き制度(ETS)の調査、分析を実施、(3)標準的な温室効果ガス削減プロジェクトの契約期間を7年間に延長、(4)無所属のゼノフォン上院議員の提言を退け、国際炭素クレジットは利用せず、そして(5)セーフガード・メカニズムの開始時期を1年間延期して、16年7月1日からとするなどとなっている。

野党労働党とグリーンズは反対に回ったものの、ERFの設置法案は、PUPの3人の上院議員、PUPとは政治連携関係にある自動車愛好家党のミューア、無所属のゼノフォン、同じく無所属のマディガン(注:つい最近民主労働党から離党)、すなわち「その他」8議員のうちの6人の支持を得て、10月31日の夜中に上院で無事可決された。炭素税や鉱物資源利用税(MRRT)の廃棄に続き、今回もパーマーPUPの「活躍」によって、またパーマーのいつもの変節によって(注:パーマーはこれまで「直接行動」を、政府の単なるポーズに過ぎず、公費の壮大な浪費と一蹴してきた)、「直接行動」の中核であるERF制度が発足することとなったが、上記(2)の温室効果ガス排出権取引き制度(ETS)の調査、分析については、時間と金の全くの浪費である。背に腹は代えられなかったとはいえ、無駄や浪費の排除を通じた財政再建を訴えてきただけに、パーマーの要求を受け入れたアボット政府も批判は免れまい。周知の通り、ETSを支持してきたパーマーは、これまで条件付きのETS導入策を政府が受入れるのなら、「直接行動」を支持すると主張していた。

ただし、PUPの地球温暖化政策の中のETS政策とは、労働党のそれとは異なるもので、すなわち、PUPのETS導入策は厳格な条件が付いたものである。具体的には、豪州にとって最重要な経済・貿易パートナー国である、米国、日本、中国、そして韓国が、豪州やEUのETSとリンケージされたETSを導入した時点で、はじめて豪州版のETSを本格的に稼動するというものである。それまでの豪州ETSでは、排出認可証価格はゼロに設定される。PUPは、提案するETSの詳細設計はおろか、温室効果ガスの総量規制値といった、ETSの基本設計の内容も明らかにしていないが、近い将来に豪州の重要経済パートナーが、本格的なETSを導入する見込みは低く、実はパーマー自身もその点を充分に認識している。

要するに、PUPのETSなど、少なくとも当面の間は実現の見込みのない絵空事であり、ETSの提案は単なる政治的な「スタンド・プレー」に過ぎないものである。ただ、そうであっても、炭素税ばかりか、ETSも「広範囲な重税」と批判してきたアボット保守連合としては、PUPの条件はなかなか受け入れ難いものであった。

今回の政府との合意では、PUPはこの条件を取り下げたものの、政府としてはPUPの面子を立てるためもあって、また気候変動監督庁(CCA)を廃止できなかったことから、CCAの「仕事」を確保するためもあって、これまでも何度か実施されてきたETSの調査を受入れたのである。しかしながら政府は、調査報告書の内容、結論の如何にかかわらず、アボット政府がETS制度を採用することは無い点を繰り返し断言している。

温室効果ガス削減基金の概要

温室効果ガス削減基金(ERF)制度は無事スタートするが、電力需要の低迷状況が予測されているものの(注:温室効果ガスの大発生源は発電部門である)、果たして温室効果ガスの総量規制値(Cap)のない「直接行動」政策で、5%という中期削減目標値を達成できるかについては、疑問の声もある。中期削減目標値は20年の時点のものとはいえ、16年の後半とされる次期連邦選挙の前には、「直接行動」政策の効果もある程度は明らかとなるわけで、その際に、削減効果の低さが観察された場合には、政府の評価はダメージを受ける。ERFの成否は、どれだけ多くの、しかも質の高い削減プロジェクトを集められるかにかかっていると言えよう。

さて、ここでERF制度に関し補足すると、同基金の資金規模は、グリーン・ペーパーでは今年度以降の向こう4カ年で15億ドル5,000万ドルとされていたものの、白書では一挙に10億ドルも増加されて、総額が25億5,000万ドルとなり、しかも、将来的にはさらに増加させる可能性までが示唆されている。また白書では、ERFレジームの構築に関する3基本原則、すなわち、第1に、同レジームが、最低のコストで温室効果ガスの削減を実現するものであること、第2に、純粋かつ付加的な、実際の削減を実現するものであること、そして第3に、ビジネスに「優しく」、分かりやすい仕組みで運用されるものであること、の3基本原則が挙げられている。

第1の原則は、公費を投入する削減政策であるだけに当然のものだが、ERF制度ではさまざまな温室効果ガス削減プロジェクトを競売にかけることによって、2酸化炭素換算値単位当たりの削減コストの最も低い、あるいは費用対効果の最も高い削減プロジェクトが選択されるとしている。次に、第2の原則は、ERF制度を通じて実施されるプロジェクトは「自然のまま」で達成される削減ではなく、追加的手段によって、排出削減が実現されるプロジェクトであることに加え、プロジェクトの削減予測値が信頼に値し、しかも計測可能であることが要件との原則である。そして第3の原則は、既に実施中の削減制度の存在、しかも州等政府の所管するプロジェクトが存在することから、新たにERF制度が導入されても、制度が複雑化することのないようにするというものである。

そのためには、現行の運営制度を廃止するのではもちろんなく、できるだけ活用して、むしろ現行制度に立脚した、しかも統合化、簡略化した上で、新レジームを構築しようとしている。ERF資金の使われ方は次のようになる。まず政府機関であるクリーン・エネルギー監督庁(CER)が、企業などが提案した削減プロジェクトを審査し、要件を満たしていれば認証プロジェクトとして登録する。登録された複数のプロジェクトは、提案企業等が参加し、CERが管理する競売にかけられるが、その際に、2酸化炭素換算値単位当たりで最も廉価な登録プロジェクトが採用され、CERは当該プロジェクトの提案者との間で正式に削減ガスの売買契約を結ぶ。そして約束通りに排出ガスの削減が実現した場合には、CERはプロジェクトの実施者に契約金額を支払うこととなる。

セーフガード措置

上記の3基本原則を反映し、ERF制度は3つのサブ・レジームから構成されている。具体的には、温室効果ガス削減の「認証」(Crediting)、温室効果ガス削減の「購入」(Purchasing)、そして「セーフガード措置」(Safeguarding)の3つとなっている。この内の「セーフガード措置」に関し補足すると、保守政府は持続的経済成長と環境保護の両立を目指しているが、ただ、莫大な政府予算を費やして温室効果ガスの削減プロジェクトを実施する一方で、国内経済のほかの領域では、排出ガスが大きく増加するなどといった事態はもちろん望んでいない。そのため政府は、報償を通じた自発的プロジェクトの実施を削減努力の中心には据えるものの、排出ガスを抑制するためのセーフガード措置も併せて導入する計画である。ただし、セーフガード措置の導入は、排出主体に新たな排出量データの報告義務を課すものではなく、同措置の対象となる排出主体は、現行の報告義務を踏襲するだけとなる。逆に言えば、セーフガード措置の対象となる排出主体とは、現行の「全国グリーンハウス・エネルギー報告スキーム」(NGERS)のもとで既に報告が義務付けられている排出主体を指す。

NGERSのもとで排出主体は、直接的な排出量と、電力などのエネルギー使用に伴う間接的排出量を報告するが、この内の前者のみがセーフガード措置政策の適用の是非を決める排出量となる。具体的な対象排出主体とは、年間の直接排出量が2酸化炭素換算値で10万トン以上という、大排出量の施設のみで、これによって国内温室効果ガス排出量の52%がカバーされるものの、対象施設の総数は全国でも130カ所ほどに過ぎない。セーフガード措置の対象施設としてとりわけ注目されるのが、国内排出量の実に35%を占める発電部門である。

なお、セーフガード措置の導入は、白書では来年の7月からとなっていたが、上述したように、開始時期は1年間延期される。政府は今後、産業界やビジネス界と充分な相談、調整を行った上で、同措置の詳細を決定する予定である。ただ白書では、同措置のフレームワークについては既に提示されており、それによると、セーフガード措置の対象となる各排出主体には、それぞれの歴史的排出量のベースラインが設定され、実排出量との差をモニターしつつ、各施設に排出量をベースライン内に留めるよう奨励される。最終的にベースラインの遵守に失敗したと結論付けられた施設への措置だが、これについても産業界と相談の上に決定するとしているものの、厳格な制裁措置が採られる可能性は低い。というのも、白書には既に寛大な救済措置、要するに、排出主体側がセーフガード措置違反に反論できる、あるいは違反を正当化できる、各種の「言い訳」までが提示されているからだ

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