本田圭佑ダウン・アンダー戦記:最終回 ダウン・アンダーより愛を込めて

本田圭佑ダウン・アンダー戦記

最終回 ダウン・アンダーより愛を込めて

写真:高坂信也
写真:高坂信也

シドニーでのまさかのチーム大敗により、本田圭佑のダウン・アンダーでの挑戦は自身の望みよりも1週間だけ早く終わった。そして、稀代のカリスマの豪州挑戦の日々は5月22日、今季最終戦となるアジア・チャンピオンズ・リーグ(以下、ACL)のサンフレッチェ広島戦の試合終了の笛が鳴った瞬間に、完全に終わりを告げた。本田の豪州での奮闘の最終章をつづる(文中敬称略)。
取材・文・写真:植松久隆(ライター/本紙特約記者)
取材協力:伊集院利彦(TOSHI GraphiX Melbourne)、メルボルン・ビクトリーFC

ついに終わりの日が来た

本田自身やその全てを追い続ける信奉者にとって、この「終わり」は「始まり」だろう。本人の言を借りるならば、「新しい挑戦を求め続けてきた」キャリアにおいて、ここダウン・アンダーの地は通過点に過ぎない。

しかし、豪州サッカーを見守ってきた筆者、または豪州に根を張り、この国にやって来る日本人を応援するという流れで本田圭佑の勇姿を追ったであろう読者にとっては、共に戦った「本田圭佑ダウン・アンダー戦記」の終焉である。去り行く本田は、このダウン・アンダーの地に何を遺したのか、豪州という国にどのような印象を持って去って行くのだろうか――。カリスマを見送る側には、「本田の次の挑戦は?」という興味本位の報道とはまた違った感慨があるのだ。

難敵撃破でセミ・ファイナルへ

さて、センチメンタリズムはそれくらいにしておこう。本田の活躍の最終章を振り返らねばならない。

5月号で、ファイナルの幕開けは「“ダービー”で華々しく」と書いたが、筆者の予想通りにはならなかった。5月3日、厄介な相手であるウェリントン・フェニックスを迎えたホームでのエリミネーション・ファイナル(セミ・ファイナル進出決定戦)も、決して楽な戦いにはならないと予想されたが、終わってみれば3-1の完勝。

両軍とも1歩も引かない緊迫した試合が動いたのは、前半も残り5分を切ってからの本田の左足によるフリー・キックからだった。本田の上げたボールが描く放物線の先には、ドイツ人CBのゲオルグ・ニーデマイヤーが待ち構えていた。後半に入っての追加点も、元スウェーデン代表FWのオラ・トイボネンからのスルー・パスを受け、冷静にゴールに流し込んだのは現役ニュージランド代表FWのコスタ・バルバローシス。同25分には、相手DFが処理し切れなかったボールを奪ったトイボネンがキーパーと1対1の局面で技有りのシュートを決めて突き放した。中盤でバランスを保つために献身的に動いたスペイン人のラウル・バエナを含め、この日は本田を筆頭にメルボルン・ビクトリー(以下、ビクトリー)の“助っ人外国人”全員がその本領を発揮して、ビクトリーがセミ・ファイナルへの進出を決めた。

無冠で「有言実行」ならず

ウェリントンに勝てば、セミ・ファイナルの相手に手強いシドニーFCが待ち構えているのは、試合前から分かっていた。もう一方の試合でどちらが勝っても、レギュレーションの関係で、待ち構えるシドニーFCの対戦相手は「決定戦から勝ち上がったクラブのシーズン順位が高い方」と定められていただけに、ビクトリーはここでの仇敵と相まみえる運命にあった。

もう一方の決定戦は、メルボルン・シティー(5位)とアデレード・ユナイテッド(4位)が対戦して、大方の予想通りアデレードが勝ち上がった。その結果、もう片方の山でのセミ・ファイナルは、パース・グローリー対アデレードとなった。この試合、Aリーグ全体を捉えるマクロ的視点では、ぜひ掘り下げて書きたいほどの好ゲームだが、詳細は割愛せねばならない。PK戦までもつれ込む大熱戦をパースが制して、ホームでのグランド・ファイナルを確定させた。このパース勝利した瞬間、ビクトリーのホームでのグランド・ファイナルの可能性は霧消。持っている男の「ホームでのグランド・ファイナル優勝」という最高の舞台実現の可能性がついえた。ビクトリーは、シドニーFCを破ってパースに乗り込むか、敗れてシドニーの地で今季に終止符を打つか、いずれかの運命の審判を受けるべく、5月12日のアウェーでのセミ・ファイナルに乗り込んだ。

惨敗に散り、2度目の“下剋上”ならず

そのセミ・ファイナルが全く予想もしない結果に終わるのだから、フットボールは分からない。もう、さまざまな報道で読者諸兄も結果をご存知だろうから、詳細は割愛して、結果から書こう。6-1。ファイナル・シリーズのようなハイ・レベルな争いではそう見られることのない惨敗で、本田圭佑のAリーグ挑戦は終わった。ビクトリーにとっても、ファイナルという柳の下に、“下剋上”での2年連続の戴冠という2匹目のドジョウはいなかった。

総じて動きの悪いビクトリー。ACLと並行して試合を行う過密日程に関しては、大量の主力の遠征回避で対応しているので言い訳にできない。また、相手のシドニーFCも同じ条件で戦っている。選手の出来全般の違いもあれど、試合の結果がここまで一方的になってしまった原因は、シドニーFCに勢いを与えてしまったことに尽きる。試合の鍵となったのは、シドニーFCの2点目。決勝点となったこのゴールを挙げたのは、今季での現役引退を既に発表していたキャプテンのアレックス・ブロスク。この日も先発して積極的に動いていたブロスクが鮮やかなボレーによるビューティフル・ゴールを決めたことで、1万4,000人ほどのシドニー・ファンが詰め掛けたジュビリー・スタジアムのボルテージは一気に上がった。筆者も試合会場にいたが、明らかにあのゴールを機に会場の雰囲気、そしてそれに応えるピッチ上のシドニーFCの選手の動きが良くなった。ビクトリーは、もうその会場の雰囲気と一気呵成に攻め込んでくるシドニーFCに抗う術がなかった。

前半を3-0で折り返すと、後半になっても有効な手を講じることのできないビクトリー・ベンチをあざ笑うかのように得点を積み重ねた。ビクトリーは、こうなれば頼れるのは本田しかいないということで、本田のクロスから1点を取り返すのがやっと。しかし、それすらも、焼け石に水で、気がつけば6-1というとんでもないスコアが場内の大型ビジョンに映し出された。

この敗戦の瞬間にビクトリーのAリーグ公式戦は終了。本田は、公約のタイトル獲得を果たせずに、シーズンを無冠で終えることが確定した。シドニーFCが、ベスト・チームとしてレギュラー・シーズンで他を寄せ付けない強さを見せたものの涙をのんだ昨季の雪辱を晴らすべく、パースが待ち構えるグランド・ファイナルへの切符を手に入れた。

ブルー・カーペットで直撃

Aリーグ ドーラン・ウォレン・アワーズ2019では、短い時間ながら質問に応じた
Aリーグ ドーラン・ウォレン・アワーズ2019では、短い時間ながら質問に応じた

シドニーでの惨敗の後、本田を含むチームの主力の一部は、メルボルンに帰る残りのチームメートとは別行動を取った。翌13日、シドニーのウォーターフロント地域にあるカジノ複合施設で行われたグランド・ファイナル・ウィークの恒例であるAリーグの表彰式「Aリーグ ドーラン・ウォレン・アワーズ2019」に参加するためだった。

筆者も、この晴れがましい場所で、レッド・カーペットならぬブルー・カーペットの上を歩く選手に話を聞き、写真を撮ろうと取材に赴いた。あわよくば、本田を直撃できればという期待を胸に。

その期待は、ほどなく実現した。ほとんどの選手が通過した後、さっそうと黒いタキシード姿でブルー・カーペットに姿を現した本田。さすがにメディアの注目は高く、その登場にはカメラのフラッシュが他の選手以上にたかれた。

筆者は、通過しようとする本田に「少しお話を?」と日本語で声をかけた。一瞬、「こんな所にも日本人が」と思ったのかは定かではないが、少し驚いた様子を見せた本田は、立ち止まって耳を傾けてくれた。以下は、その時のやり取りだ。

――昨晩は、思わぬ形で豪州挑戦が終わりを迎えた。試合終了の瞬間、下を少しの間向いて、その後、我に返るようにサポーターの方に歩んでいったが、その時の心情はどんなものだったか。

いや、そんな大した心境ではなく、どの敗戦とも変わらず、悔しい気持ちをコントロールする時間だった。

――昨晩、一部の選手はファンとハイタッチをしたりハグをしたりと、あのようなショッキングな敗戦の直後にもかかわらず、いつもと変わらぬ感じで、上から見ていて少し複雑な思いを持った。そのような選手の振る舞いを含めて、何か物足りなさを感じたりはしなかったか。

いや、選手とファンのやり取りには、いつもポジティブに目を向けている。(あのような惨敗の後でも?)どういったタイミングでもそう。ファンが選手たちを(あのような結果にかかわらず)称えてくれたことに、ああいった形で答えたんだと思う。

――豪州のサッカーは、「本田圭佑」という存在に何を与えることができたのか。

僕にとってサッカーのレベルは、正直そこまで高くなかったが、それでもビクトリーにとっても、いろいろな難しいチャレンジが多かったので勉強になった。優勝できなかったという現実をしっかり受け止めて、次のチャレンジに生かしたい。

ごく限られた時間で、後が迫ってきている中で聞きたいことが聞けたわけではないが、なかなか日本の報道陣が生の声を拾うことが難しい中で直撃して得ることのできた内容を、本紙の読者とだけシェアしたい。

この日の表彰式では、選手間の互選で得票が決まるMVPで予想以上の票を集めたが、個人表彰などは何も受けることはなく、ここでも“無冠”に終わった格好だ。

有終の美も飾れぬまま……

本田が目指して立てなかった舞台であるグランド・ファイナルは、120分を戦ってスコアレス・ドロー。PK戦を制したシドニーFCが4度目の王座を手中にした。試合後のスピーチでは、チャンピオンに返り咲いての現役引退という最高の結果を得たばかりのブロスクが、敗れ去ったパースをして「君たちこそ、今年のAリーグ最高のチームだった」と祝福したのは印象的だった。

そして最後に残されたのが、22日のACLの広島戦。その前日の公式会見は、直前の今季限りでの退団の正式発表を受け、本田の「退団会見」となった。そこでの発言について、日本のメディアなら、五輪挑戦の意思を強調するものや、「日本へプレーしに戻る気は全くない」といった言葉に意識が向きがちなのだろうが、筆者が興味を持った「Aリーグでのプレーを振り返ってのハイライトは?」との質問に対する答えを長いが全文引用する。

「豪州の文化、チームメートや監督、そしてサポーターからいろいろなことを学んだが、今までのキャリアを振り返ると、いつも悪いことの方が思い出に残る。とは言っても、決してネガティブな意味ではなく、(そういった失敗から)学ぶことからこそ未来に向けて努力ができると信じている。その意味でのハイライトは、シドニーでの敗戦(セミ・ファイナル)。もちろん言い訳はできないけど、正直なところ、もう少しできた。いや、もう少しやるべきだったと感じている。でも、過去には戻れないからこそ、その経験を自分の未来に生かしたい」

ACL広島戦後の本田。豪州での最終戦だったが、勝利で終えることはできなかった
ACL広島戦後の本田。豪州での最終戦だったが、勝利で終えることはできなかった
ACの広島戦の前日会見、柔らかな表情でAリーグでのプレーを振り返った(©TOSHI GraphiX Melbourne)
ACの広島戦の前日会見、柔らかな表情でAリーグでのプレーを振り返った(©TOSHI GraphiX Melbourne)

広島戦でも、鋭いパスで決定機を演出したりと、若手中心の広島を相手に奮戦を見せた本田だったが、1-3で完敗。この日の試合後、コメントを求める報道陣の前を「ごめんなさい」とひと言で通過した本田だったが、試合直後のテレビのインタビューでこんなことを語った。

「豪州はすばらしい国で、人びとの振る舞いもすばらしい。この国が好きだし、この国の人びとをとても尊敬しているので、去ってしまうのは寂しい。Aリーグが、欧州リーグのようなすばらしいリーグへと発展していくことを願う」

これが本心であれば、「ダウン・アンダー戦記」はポジティブに最終章を閉じることができる。

稀代のカリスマは、踏みしめたダウン・アンダーの大地にしっかりと足跡を刻んだ。わずか8カ月という短い時間だったが、本田圭佑がこの国でプレーしたことで集まった注目は、この国のフットボール界の今後に好影響を与えるはずだ。日系コミュニティーを始めとした子どもたちに与えた影響など、これから先に顕在化することも含めて、本田圭佑のレガシーは残された私たちが育ていくべきものなのだろう。

我らが母国の稀代のカリスマ、さようなら、そして、本当にありがとう。この国でのあなたの活躍を忘れません。ダウン・アンダーより愛を込めて。

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