小野伸二、1年7カ月の冒険譚

サッカーAリーグ&アジア・チャンピオンズ・リーグ
小野伸二、1年7カ月の冒険譚の終わり

 小野伸二とウエスタン・シドニー・ワンダラーズ(WSW)の濃密な1年7カ月が終わりを告げた。おとぎ話の考えられ得る最高のハッピーエンドは、悲願のファイナル制覇だったが、その悲願達成は2年連続であと1歩及ばなかった。しかし、ただで終わらないのがこのWSWと小野が紡いできたおとぎ話のおとぎ話たる所以、最後の最後に大きなドラマが待ち構えていた。
文=植松久隆(フリーライター/本紙特約記者) 写真=馬場一哉

WSWは、リーグ戦後半の重要な試合との過密日程に苦しみながらも、総力戦で初めてのACLでベスト16 進出を決めた。しかも、2年連続のJ王者・サンフレッチェ広島を退けての快挙達成。アウェーでの1—3のリードを鮮やかにひっくり返し、最後のタスクを劇的に遂行して見せた小野は、チーム・メイト、サポーターと喜びを分かち合ってから、オーストラリアのピッチを最高の笑顔で去った。

「最高の笑顔」と書いた。筆者と日豪プレスは、小野のオーストラリア上陸から今日までの動向を可能な限り、くまなくお伝えしてきた。その過程でさまざまな表情の小野をとらえてきたが、5月14日、ACL広島戦の試合後に見せた笑顔(写真参照)は、何とも言えない深みがあった。やり遂げた男の笑顔には神々しさすら感じられた。嬉しさ、心地良さ、満足感が表れたその笑顔には、小野のオーストラリアへの思いが凝縮されていた。

この日の笑顔は、勝利という結果もそうだが、愛するクラブでの最後の試合の自らのパフォーマンスに納得がいったからこそのもの。傍から見ていても、今季のベストと言ってよいくらいに動きにキレがあり、縦横無尽にピッチを駆けまわる小野は、間違いなくこの夜のベスト・プレーヤーだった。

この試合、ピッチで小野と相対したサンフレッチェ広島のキャプテン青山敏弘は、試合後に「(小野は)自身がすべきことをきちんと分かっている。彼のような選手が1人いれば、チームがいい雰囲気に流れると思う」とその存在感に舌を巻いた。小野は、最高のパフォーマンスでW杯ブラジル大会に臨む現役の日本代表をも唸らせ、個人的にもJのトップ・レベルとガチンコで勝負をしても十分にやれるという手応えを持ったに違いない。

少し、時計を巻き戻そう。2012年10月1日、小野はWSWに入団するためにシドニー国際空港に降り立ち、多くの報道陣と熱心なサポーターの出迎えを受けた。その時、小野は「オーストラリアでいいプレーをしたいと思ったから、WSWへの移籍を決めた。まだ何ができるかは分からないが、自分ができることをやるだけ」と静かに決意を表した。

その朝、到着してから休む間もなくチームに合流、1時間半ほど軽く体を動かした。それを見た初めてのシーズンを間近に控えたチーム・メイトやスタッフは、日本からやって来た“ マーキー”(筆者注:サラリー・キャップ制の枠外の特別枠契約選手)の本気を見せつけられた。

合流直後の小野が、そのクオリティーの「違い」を見せるのに時間はほとんど必要なかった。小野が来豪前にオランダ、ドイツでの通算8季にわたる欧州経験があり、英語をかなりのレベルで解することができたことで、チームに溶け込むのも早かった。どんな練習でも率先して行い、手を一切抜かない姿勢は多くの選手に影響を与えた。

小野は先のインタビューでも「この国にきて、あらためてプロフェッショナリズムを教わった」と謙遜しているが、自らの立ち振る舞いでもって新興クラブの選手たちに「プロフェッショナリズム」を植え付けていった。

ともに欧州でのプレー経験があり、元サッカルーズでもあるキャプテンのマイケル・ビューチャンプも、小野のリーダーの資質に大きな感銘を受けた1人。「シンジは真のプロフェッショナルで、新しいチームにはそのクオリティーが非常にプラスになる」と“小野効果”を筆者に語ってくれたことを思い出す。

今季、出場機会にあまり恵まれなかったビューチャンプに代わって、ゲーム・キャプテンを任されたのは、寡黙で背中で引っ張るタイプのニコライ・トポー=スタンリー。今季は静のリーダーを配したことで、司令塔として攻撃の全権を握る小野の存在感は昨季以上に高まり、審判や対戦相手とも臆さずに堂々と渡り合う姿が多く見られた。グランド・ファイナルの檜舞台では、試合中のアクシデントで途中退場するトポー=スタンリーからキャプテン・マークを託された。

経験豊かなベテラン選手でも小野から学ぶところが多かったのだから、経験の浅い若い選手への影響力は、計り知れない。特に選手としての成長過程で影響を受けたのが、若くしてサッカルーズにも選ばれたアーロン・ムーイ。イングランドでチャンスをつかめずに祖国に戻ってきたムーイは、WSWで小野とプレーをするようになって大きな成長を見せた小野門下生の有望株だ。今季終了後、来季からマンチェスター・シティの傘下に入るメルボルン・ハート(筆者注:来季はメルボルン・シティと改称する可能性が取り沙汰されている)に将来性を評価されて移っていった。

WSWでの小野は、入団前にトニー・ポポヴィッチ監督に託された「豊富な経験を新しいクラブに還元、中心選手としてチームを牽引する」というタスクの遂行にひたすら奔走した。それを意識し続けた1年7カ月の締めくくりの試合が、自らの最高のパフォーマンスで最高の結果を導き出して「ミッション・コンプリート」となった瞬間、「最高の笑顔」が自然とこぼれ出てきたに違いない。

小野伸二のオーストラリアでの冒険が終わった。ACL8強進出を置き土産に、WSWを去るレジェンドの残した功績—豪州サッカーの日本での知名度を上げたこと、豪州での日本人選手の価値を高めたこと、そして日系コミュニティーに勇気を与えたこと。

われわれ、在豪邦人/日系コミュティーは、小野伸二という稀有な才能を持つレジェンドがこの地に刻んだ足跡を語り継いでいく責務がある。そして、いつの日か、小野に憧れてボールを蹴り始めた当地で育った日系人選手が「シンジ・オノの再来」と話題をさらう、そんな日がやって来ることを夢見たい。

小野伸二、僕らのレジェンド。ありがとう、そしてまた会う日まで。

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