第12回  グローバル・マネー・フローをつかむ②

夢をかなえる豊かな明日への投資術

第12回 グローバル・マネー・フローをつかむ②


文=諸星きぼう

前回に引き続き、1990年代の国際金融市場の動きについて、さらに今回は、皆さんの記憶に鮮明に刻まれているでありましょう95年の1米ドル80円を割った局面について考察します。

95年の1米ドル80円割れは円高だったのか !?

90年代に米国の世界金融支配が確立していくのですが、初めから順調だったわけではありませんでした。

90年代前半は今と違って、日本は巨額な貿易・経常収支を有し、バブル崩壊後とはいえ、まだ繁栄の余韻に浸る余裕がありました。

一方、米国は財政、貿易収支の巨額赤字に苦しみ、大量のS&Lの破綻にも表れているように米銀も不良債権問題に苦しみ、金融危機状態にあったのです。そこで米国は日本に内需拡大を迫り、対日貿易収支赤字の縮小を目指そうとしていたのです。

しかし、対日の貿易障壁は厚く、貿易赤字は一向に減らなかったため、米国は数量調節、つまり、貿易量で修正できないなら価格調整、つまりドル円為替レートでの修正を試みてきたのでした。

この戦略に日本は慌てふためき日米通商交渉での譲歩をにおわせたため、米国はこの後、日本との通商交渉に、この「円高カード」を使うことを日常化してしまい、日本の外交力の弱さが露呈することになりました。

93年にクリントン政権が誕生し、通商産業派のロイド・ベンツェン財務長官はこの円高カードを有効に使って日本に圧力をかけ、市場はその意向を汲み取り1米ドル100円までドルを下落させたのです。

まさに政府の意志が為替レートを動かしている、国策要因で動いたのでした。

しかし、ここからのドル安は米国も望んでいなかったはずなのです。このドル安は95年5月には1米ドル80円を切るに至りました。それにより、日本は円高不況と言われる深刻な景気後退に見舞われ、米国の言いなりになるのです。

とは言え、米国にとっても、このドル安は諸刃の剣であったのです。つまり、米ドルが円に対してだけ弱くなるのなら問題はなかったのですが、90年代前半には米ドルは主要国通貨に対して1〜2割減価していたのです。米国は経常収支が赤字で累積赤字も抱えており、それをファイナンスするために海外から資金を呼び込む必要があるのです。ドル安が続くようだとこうした資金が米国外へ逃げてしまう危険があり、まさに綱渡り状態だったのです。

「メキシコ危機」勃発

別の視点から見ると、米国の窮状がよく分かります。

94年末に米国の裏庭であるメキシコでバブルが崩壊し、英語で「テキーラ・ショック」と呼ばれる危機が勃発したのです。

米銀はメキシコに大量のエクスポージャー(投融資残)を持っており、メキシコの危機は米国の危機でもあったのです。

そこで米国は即座にIMFを動かし、総額500億ドルの緊急融資を決めて危機を収めました。したがって、1米ドル80円のドル円レートを日本では超円高と表現することが多かったのですが、実態は超ドル安ととらえるべきだったのです。

まさにこの動きは市場の暴走であり、それは「信用リスク要因」に起因していました。

このように分析すれば、円高はまだ進むという時勢(当時1ドル50円になるという説もまともに信じられていた)に流されずに、メキシコへのIMFの緊急融資が決まった段階で、怒どとう涛のドル買いができたはずなのです。

「ドル高は国益」

 

 

この時、第2次クリントン政権では、通商産業派のベンツェンからウォール街出身のロバート・ルービン財務長官の時代になっていました。

ルービン財務長官は、メキシコ危機で自分の背中に火が付いたことで(ドルの底割れ懸念)、今までの市場拡大要求(=円高攻勢)を引っ込め、ドルに資金を戻すことを最優先課題にとらえたのです。

そこで、「ドル高は国益」という表現がことあるごとに米国政府高官から発せられ、それに呼応するかのごとく、米ドル円レートは1ドル120円まで戻していったのでした。

この「ドル高は国益」という、いわゆる米国政府高官の口先介入で、米ドル円レートは97年初頭までに1ドル120円まで戻しましたが、それは円に対してだけではなく、例えばマルクに対しても1ドル1.4マルクから1.7マルクまで上伸しています。

そして、最大の目的であったドルに資金を戻すという意味では、米国株式相場を見るとはっきりしますが、NYダウは94年末の4,000ドル弱から97年初頭には7,000ドルまで上り詰めています。まさに、海外資金流入の根拠となるでしょう。

こうして、米国政府の意志である国策によって、ドル高政策はうまくいったのでした(右上グラフ参照)。

前号からのドル円相場の動きをおさらいしますと、94年後半までの1ドル100円程度までの円高は、米国の国策要因でした。ここから80円を割るドル安の動きは、メキシコ危機という信用リスク要因が働いています。そして、ドル安が一転してドル高へ向かったのは、再び、米国の意志である国策要因だったのです。このように為替が動く、そしてマネー・フローが動く要因分析ができると、為替の動きがより理解しやすくなるのです。

 


著者プロフィル もろぼしきぼう

投資教育家。(社)証券アナリスト協会検定会員。1988年東京大学経済学部卒。メガバンク、外資系銀行時代は東京、ロンドンでデリバティブ・トレーディングを実践。独立後、日本人の金融リテラシー向上のため投資家教育を行っている。現在、賢明な投資家の集まりであるインベストメント・サロン(http://www.ideal-japan.com/)を運営、投資アドバイスを行っている。著書に『お金は週末に殖やしなさい』(2010/10)、『大恐慌でもあなたの資産を3倍にする投資術』2009/3)。オフィシャル・サイト: www.ideal-japan.com ブログ「自由人ダンとオーストラリア」: ameblo.jp/daichi-megumi ブログ「諸星きぼうの豊かに生きるための思考法」: daichi-megumi.blogspot.com Facebook: www.facebook.com/#!/kibo.moroboshi

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