オーストラリアの肉業界を徹底取材

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今日もお肉が食べたい!
牛肉天国
オーストラリアの魅力


オーストラリアの牛肉の品質は、この四半世紀ほどの間に格段に高まった。その背景には、牛肉の流通に携わる現場の人たちの努力がある。オーストラリアで牛肉生産を手掛ける商社や卸売企業の関係者、斬新な和牛のメニューを提供しているレストランのシェフなどの取り組みを取材した。

肥育事業30年の知見を活かす

シドニーから北へ約600キロ。NSW州北部に広がる標高1,000メートルの涼しい高地に、日本の総合商社・丸紅が経営する巨大な牧場「レンジャーズ・バレー」はある。49平方キロの広大な敷地で飼育している肉牛の数は3万3,000頭。丸紅オーストラリア会社(シドニー)の食料部副部長を務める宮村泰寛さんは1990年代に3年半、日本の本社からこの地に駐在員として派遣され、陣頭指揮を取った。

「優良な血統を持つ生後12〜18カ月の『素牛』(もとうし)を提携農家から購入し、小麦や大麦、トウモロコシといった穀物を食べさせて『肥育』(ひいく)しています。主にブラック・アンガス種とオーストラリア産WAGYUの2種類があり、前者は270日間、後者は360日間の長期肥育です。敷地内の畑で飼料のトウモロコシなどを育て、牛の糞尿を肥料として再利用するなど循環型の農業も実践しています」(宮村さん)

「肥育」とは、放牧場で牧草を食べさせて育てた「素牛」を集め、穀物を食べさせて太らせることで、脂肪分など肉質を高める育成法。その施設が「フィードロット」(肥育場)だ。レンジャーズ・バレーは1838年創業の老舗フィードロットだったが、丸紅が1988年に取得。以来30年以上にわたって品質の向上に努めてきた。現在では国内の同業大手の中でも指折りの規模を誇る。

「肥育成績のデータを生産者にフィードバックしながら、素牛の品質向上に役立ててもらっています。また、オーストラリアの牛肉コンテストで受賞するなど高評価を頂いています。日本の企業が現地に根を下ろし、事業を長年続けてきたことを誇りに思いますね。今後も事業を発展させ、食文化の発展に貢献していきたいです」

日本などへの輸出が主体だが、オーストラリア国内の販路も広げている。レンジャーズ・バレー産の牛肉は、例えばシドニーでは東郊ウラーラの精肉店「ビクター・チャーチル」(Victor Churchill)などで購入できる。レストランでは、市内中心部のステーキハウス「チョップハウス・シドニー」(Chophhouse Sydney)、モダン・オーストラリア料理の銘店「アリア」(Aria)、カジノ「ザ・スター」内の「ブラック・バー&グリル」(Black Bar & Grill)などで味わえる。

牛肉一筋の商社マン人生を歩んできた宮村さんだが、プライベートでも大の牛肉好きだ。「分厚いステーキをガッツリ食べられるのが、オーストラリア生活の妙味でしょう。サシの多いグレインフェッド(穀物飼育)や和牛はもちろんすばらしいですが、脂肪分少なめの100日程度の短期肥育牛、牧草の質が高いオーストラリア南部で生産されるグラスフェッド(牧草飼育)の赤身肉などもおいしいですよ。その日の気分やシチュエーションに合わせて、さまざまな牛肉を楽しんでいただきたいですね」

ECサイトで和牛に火が付いた

シドニーの牛肉卸売会社「大沢エンタープライズ」の代表・大沢紀三夫さんは、かつて日本の農協で牛肉生産者を支援した経験を生かし、来豪後にWAGYU牧場の創業を計画した。だが、巨額の初期投資が必要だったため夢を諦め、2000年にWAGYUをレストランや小売店に卸す事業を興した。

「全く手探りの状態からのスタートでした。当時、オーストラリア産WAGYUは今のようにマーブル・スコア(霜降りの等級)や部位別に流通していなかったので、屠畜した牛を1頭買いして切り分け、レストランや小売店に細々と販売しました。認知度が高まり、やっと軌道に乗ったのは2010年頃からでしょうか」(大沢さん)

創業前に半年間、日本に帰国し、スーパーの食肉部門で修業した経験が糧になった。日本的な肉のスライス方法や並べ方、包装などを習得できたからだ。それが「オオサワ・ミート」ブランドの最大の強みになり、オーストラリア産WAGYUの人気の高まりと共に成長を遂げた。18年からは輸入が解禁された日本産和牛の取り扱いも始めた。海外で知名度が高いブランド牛「神戸牛」をオーストラリアで供給しているのはオーストラリアで同社だけだ。ところが、オーストラリア市場に参入した日本産和牛について、大沢さんの見方は厳しい。

「オーストラリアでは日本の黒毛和種のみをかけ合わせた「フルブラッド」の生産がどんどん増えています。オーストラリアの『マーブル・スコア9+』(脂肪分の格付け。オーストラリア国内ではほぼ最高水準)のフルブラッドの品質は、日本の『A5』(日本で最高位の格付け)の和牛に近付いてきていますが、価格は約3分の1です。日本産和牛は確かにおいしいですが、オーストラリア産WAGYUの品質はますます向上しています。一部の富裕層以外、日本産和牛に3倍のお金を出す消費者は少ないでしょう。特に食材の原価を抑えたいレストラン向けは、難しいと言わざるを得ません」

だが、手をこまねいているわけではない。同社の一般消費者向けEC(ネット販売)サイトでは、3〜4カ月前から日本産和牛の注文が伸びている。これまで取り組んできたソーシャル・メディアでのプロモーションが効いてきたのだという。

「軌道に乗り始めました。富裕層の中国人が大半ですが、西洋系オーストラリア人や中東系の人からの注文も増えています」

今後もネットの動画やブログなどで新しいメニューや食べ方を発信し、和牛を食べたことのない消費者や料理人にとって有益なコンテンツを増やしていく。現在、シドニーとメルボルンに限られているECサイトの発送先も全国に広げる計画だ。

「日本の和牛を広めていくために、現地のシェフとコラボして、彼らの視点で和牛の良さと現地の調理法をいかに融合できるかを考えたい。時間をかけてそうした努力を積み重ねていきたいと思います」

50ドルの和牛ラーメンが話題に

最牛を贅沢に使ったラーメンが話題を集めている。シドニー北郊ニュートラル・ベイにある「ら〜めん一番鳥」のオーナー・シェフ・松谷朋之さんが作るのは「ワギュウ・ヤクザ」(50ドル)。別々の寸胴で煮込んだ豚骨と鶏ガラのスープを合わせ、埼玉県坂戸市の「弓削多(ゆげた)醤油」を「かえし」のダシに使用。麺はニュージーランド産小麦を原料としたストレートの中細麺だ。

具にはブロッコリーニ、オニオン・スプラウト(タマネギの芽)、トビコ(トビウオの魚卵)、イクラ、エゴマ(シソに似た香味野菜)の実などが入る。この上に鹿児島県産A5和牛の生の薄切り肉(ランプ)を大量に重ね合わせていて、ラーメンの中身は外から見えない。

ラーメンの上に乗った肉にガーリック・オイルをかけ、バーナーで炙るパフォーマンスも好評だ。「動画がインスタグラムなどのソーシャル・メディアで拡散しました。和牛ラーメンを目当てに来店するお客さんが多いですね」(松谷さん)

生粋の寿司職人だが、「独立したら最初の店はラーメンにしよう」と決め、和牛ラーメンのアイデアがひらめいた。(筆者注:「ら〜めん一番鳥」は、新型コロナウイルス流行による営業停止の影響で、3月末に閉店しました。松谷さんの今後のご活躍に期待いたします)

「和牛のルーツは日本の食文化。オーストラリアのシェフが日本産和牛をしっかりと使えば、日本の生産者に寄与することになります。コストは高くても、A5の最高級和牛を使用することに意味があると考えました。日本産の良い食材をできるだけ多く使っていきたいですね」

旨味の秘密はスロー・クック

シドニー市内南部レッドファーンのカフェ・レストラン「ジュアン・ボウル&ティー」。オーナー・シェフの石黒アンナさんが愛用する調理法は、オーストラリア産WAGYUのスロー・クック(長時間低温調理)。丼ものの「WAGYU」(24ドル)は、低温で2時間火を入れたWAGYUを薄く切ってご飯を包み、上に乗せた白い温泉卵が肉の鮮やかな色彩を引き立てている。同様にスロー・クックしたWAGYUを使った限定メニュー「WAGYUそうめん」(にゅうめん)もある。

いずれも、奇麗なサシが入った「マーブル・スコア6〜7」の「トライティップ」(友三角)と呼ばれる部位を使用。石黒さんは「肉の旨味が感じられるのがWAGYUの魅力。圧倒的に柔らかくて甘い。WAGYUという言葉はブランドとして広く浸透しています」と話す。

昨年、長野県白馬村で冬季限定のレストラン「ジュアン・ワギュウ・ステーキハウス」もオープンした。日本の和牛のさまざまな部位を炭火で焼き、おまかせコースで提供。お客さんは西洋人が全体の約9割、その半分がオーストラリア人だった。西洋人の中には脂肪分の多い肉を敬遠する人も少なくない。そのため、脂肪分が最も多いA5の和牛はあえて避け、赤身が比較的多い部位や脂肪分が多い部位は少量にして、数種類の部位を組み合わせて提供したという。

一方、ジュアン・ボウル&ティーのお客さんは、逆に約9割がアジア人だ。「彼らはサシがたくさん入った霜降り和牛が大好き。今後はA5の日本産和牛を使った牛カツを限定メニューで提供したいと思います。みぞれポン酢などのさっぱり系のソースを添えて、プレミアム感を出せればいいですね」

最高級の豪州産WAGYUに注力

シドニー北郊アーターモンにある「ゴーワ・フーズ」は、飲食店への卸売に特化した大手食品卸売会社。かつては日本人経営だったが、約10年前にインドネシア系の代表・ヘンドラ・ハルマントさんが事業を継承した。

同社はオーストラリア産WAGYUを含む同国産牛肉を年間200トン以上販売している。中でも力を入れているのが、最高級オーストラリア産WAGYUのブランド「マスター・コウベ」。①「ピュアブラッド」(和牛の「血の濃さ」が93パーセント以上)または「フルブラッド」(和牛の「血の濃さ」が100パーセント)であること、②最低500日以上穀物で肥育されていること、③「マーブル・スコア9以上」という厳しい条件を満たしたWAGYUだけを同ブランドに採用している。

試験的に日本産和牛を輸入したことがあるが、現時点では扱っていない。ハルマントさんは「日本産和牛は、霜降りの密度が高いためオーストラリア産牛肉に比べて融点が低く、より甘く、力強い味わいは美点です」と品質の高さを認めるものの、「今後もオーストラリアでWAGYU全体の需要が拡大していくことは間違いありません。でも、日本産和牛に関してはコストが高いため、提供できる飲食店は最高級のレストランに限られるのではないでしょうか」と指摘している。

日本産和牛の普及に尽力

価格の高い日本産牛肉をいかにオーストラリアの外食産業に広めていくか――。試行錯誤を繰り返しながら普及促進に取り組んでいるのが、シドニーでフード・コンサルタント事業を手がける「五徳企業集団」の定松勝義・代表だ。

「例えば、『A5』の最高級日本産和牛のサーロインは脂肪分が多いため、必ずしもステーキに向かない、ワインの味を殺してしまう、といった弱点もあります。オーストラリアの客の好みやシェフの調理法に合わせて、付加価値の高い和牛のメニューを開発し、積極的に提案していかなければ売れません」(定松さん)

日豪の企業と提携して日本のブランド和牛の輸入に力を注ぐ一方、付加価値の高い和牛メニューを開発することによって需要の創出も図っている。西洋料理の高級レストランのキッチンに自ら乗り込み、日本産和牛を使った前菜料理のメニューを提案すると共に、高級中華料理店のシェフとしゃぶしゃぶのおいしい食べ方も開発している。

「日豪両国の畜産業界が競争しながら、共に繁栄していくために、少しでもお役に立ちたい」と定松さん。販路開拓の取り組みにとどまらず、オーストラリア産子牛の日本への輸出に関するコンサルティングや、日豪の畜産業界の人材交流も進めている。

脂肪分の少ない牧草飼育の赤身肉から、フルブラッドの霜降り肉に至るまで、オーストラリア産牛肉のバラエティーは広がっている。一方、約2年前に解禁された日本産和牛も、高価格というハンデはあるものの、ハイエンドの市場では浸透し始めている。ともあれ、競争が激しくなり、選択肢が増えたことは、私たち消費者にとっては嬉しい状況だ。そんなオーストラリアに住んでいる特権を生かして、牛肉のおいしさを改めて噛み締めてみたい。

取材協力

丸紅オーストラリア会社食料部の宮村泰寛・副部長
丸紅オーストラリア会社食料部の
宮村泰寛・副部長
大沢エンタープライズの大沢紀三夫・代表
大沢エンタープライズの
大沢紀三夫・代表
ら〜めん一番鳥の松谷朋之さん
ら〜めん一番鳥の
松谷朋之さん
ジュアン・ボウル&ティーの石黒アンナさん
ジュアン・ボウル&ティーの
石黒アンナさん
ゴーワ・フーズのヘンドラ・ハルマント代表
ゴーワ・フーズの
ヘンドラ・ハルマント代表
五徳企業集団の定松勝義・代表
五徳企業集団の
定松勝義・代表

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