【新連載】バレエに生きる、2人のトップ・ダンサーが語る/タカ植松 一豪一会

タカ植松 一豪一会
第1回

バレエに生きる、
2人のトップ・ダンサーが語る

プロ・バレエ・ダンサー 岩本弘平 × プロ・バレエ・ダンサー 吉田合々香

 今や全豪有数のバレエ団としての地位を揺るぎないものとするクイーンズランド・バレエ団(QB)。映画『Mao’s Last Dancer(邦題:小さな村の小さなダンサー)』で知られる世界的ダンサーのリー・ツンシン芸術監督率いる同団では、2人の日本人ダンサーが活躍する。今年3月の60周年ガラ公演で晴れてプリンシパル・アーティストという頂点に達した吉田合々香(27)。シニア・ソリストとして安定した活躍を続ける岩本弘平(31)だ。飾らない人柄とストイックさの両面を持つ2人の日本人トップ・ダンサーに、ざっくばらんに話を聞いた。
取材・構成・写真:タカ植松 取材協力:Queensland Ballet、Local+Co(West End / Brisbane)

PROFILE

いわもとこうへい

いわもとこうへい
兵庫県伊丹市出身。11歳で神戸の貞松・浜田バレエ学園に入学。ユース・アメリカ・グランプリ日本予選で2位受賞の後、ザ・オーストラリアン・バレエ・スクールの奨学金を獲得して、同校に進学。2010年ロイヤル・ニュージーランド・バレエ団入団。18年、QLDバレエ団に移籍、シニア・ソリストとして活躍

PROFILE

よしだねねか

よしだねねか
金沢市出身。3歳でバレエを始め、15歳からフランスを主に4 年間の欧州留学。19歳でパリ国立高等音楽舞踊学校を卒業後、13年ローザンヌ国際バレエ・コンクールで審査員だったリー・ツンシンにスカウトされ、翌年、彼が芸術監督を務めるQLDバレエ団に入団。今年3月よりプリンシパル・アーティスト

PROFILE

タカ植松(植松久隆)
ライター、コラムニスト。在ブリスベン日豪プレス特約記者。主にQLD州周辺の日系人にフォーカスした記事を届けられる機会を腕撫し待っていただけに、今回は意気軒昂

2019年『クルミ割り人形』で雪の王と女王を踊る2人 (©David Kelly)
2019年『クルミ割り人形』で雪の王と女王を踊る2人 (©David Kelly)

 今年3月、コロナ禍の影響で1年延期された60周年ガラ公演を大盛況のうちに終えたクイーンズランド・バレエ団(QB)。その3月6日の終演後、観客の称賛を一身に浴びたのは、シニア・ソリストとしてすばらしい踊りを披露した吉田合々香。終演後の舞台上で、プリンシパル・アーティストへの昇格をサプライズで伝えられたのだ。この昇格でQBのダンサー最上位のプリンシパル・アーティストは5人となったが、同団の研修生から叩き上げての昇格は彼女の他に例がない。この日、吉田は、バレエ・ダンサーとしての本格的名声を得ると同時に、名実共にQBのバレエを体現する唯一無二の存在へと駆け上がった。

 その華々しい昇格の祝福ムードがようやく一段落した週末の朝。吉田とその同僚、岩本弘平の2人とQBのお膝元ウエスト・エンドの2人の行きつけのカフェで待ち合わせた。リラックスした私服姿でも、2人のトップ・ダンサーはその佇まいやオーラが常人のそれとは明らかに異なる。彼らが座る一角だけは、喧騒から隔離された別世界だったが、臆さずその結界を踏み越えてのインタビュー90分一本勝負に臨んだ。

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――合々香さん、改めて、プリンシパル昇格おめでとうございます。

吉田:ありがとうございます。ブリスベンの日系の方々に祝賀会を開いてもらったり、本当にいろんな方から祝福の言葉が届きました。コロナ禍で日本の家族も来られない中で、こちらの皆さんが本当に親戚のように温かく応援してくれるので、とても心強いです。

――サプライズでの昇格発表はどんな心境でしたか?

吉田:あの時は、去年のコロナ禍で延期されてからずっと練習してきた『エチュードのバレリーナ』という、バレリーナに求められる要素が全て入った大役を任され、それを踊り切ることにすごく集中していたので、踊り切った達成感を自分で噛み締めていました。そしたら、なかなかカーテンが降りず、リーが花束を持って出て来るのを見て、「あ、なんかあるのかな」って。

――それでも、まだ自分だとは思わなかった?

吉田:花束だと女性、シャンパンだと男性(が昇格)というのが相場なんですけど、まさか自分とは思いもよらず、リーのスピーチで「え、私!?」ってなって初めて気付いたくらいです。

――弘平さんはその歴史的瞬間は舞台上で?

岩本:いや、僕はけがで公演自体に出られず劇場にいなかったんです。でも、公演が終わる度に良い知らせが届くのを楽しみにしていたので、ネネちゃんの昇格を聞いて、彼女の夢なのも知ってたし、その実現のための日々の努力も間近で見ていたので、自分のことのように大喜びでした。

――やはり、プリンシパルになると自分の心持ちも変わってくるのでしょうか。

吉田:「昇格」っていう事実は消化していますが、今でも「プリンシパル=吉田合々香」っていうのが自分の中で結び付いていない感じです。お客さんは、プリンシパルの私を観に来られるし、周りも「プリンシパルだから、これくらいできて当然」と思うだろうし、そういうプレッシャーはもちろんあります。「夢が叶った」で満足するのでなく、これからは肩書に見合う踊りを毎回出さなければ、と自分に言い聞かせています。

――弘平さんを始めとして、全ての同僚が納得の昇格だったんですよね。

岩本:もう、それは当然。ネネちゃんは、コロナ禍で体調管理だけでも難しい中で毎日成長していたし、何よりもリーが“彼女をプリンシパルにしても誰も文句はない”と判断しての昇格ですから。ここからが彼女のキャリアの本当の始まりで、プレッシャーもあるだろうけど、あまり意識し過ぎず普段通りのネネちゃんでいれば必ず成功するはずです。

――周りの接し方やバレエ団での立場なども目に見えて変わってくるものですか。

吉田:スタジオでの定位置、例えば、ウォームアップのバーの場所などもなんとなく決まっていて、今まで私の前にいた人が「あ、前、行く?」みたいなのは(笑)。それと、プリンシパルは基本的に主役しか踊らないので、今までは主役を勝ち取り、そのチャンスを最大限に生かしてどう踊るかを考えなければいけなかったのが、これからは大きな役をやらせてもらえる前提があり、いろいろとプリンシパルとして経験しながら成長できる機会を持てるようになるのは、とても楽しみ。もちろん、言い訳はできませんけど。

時折、笑いを挟みながらもテンポ良く話は弾んだ
時折、笑いを挟みながらもテンポ良く話は弾んだ

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 男女の違いもあり役柄を競い合う”ライバル”にはなり得ないと口をそろえる2人。出会いは、2017年末、岩本がNZからオーディションを受けに来た時にさかのぼる。お互いのオン/オフの印象やダンサーとしての関係性などを聞いた。

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――お互いのダンサーとしての印象と、オフを含めて人柄の印象などを聞かせてください。

吉田:NZでの活躍は知っていたので、オーディションでの弘平さんを見て「足さばきがバシバシっと綺麗なダンサーだな」って感心していました。アレグロ(注:早いジャンプを伴う動き)が誰よりもすばらしく、同僚になれば楽しみだなと思ってたら、そうなりました(笑)。人柄は踊りのイメージとは違い、とても気さくで面倒見が良くユーモア溢れる人。そのユーモアは踊りにも現れて、生き生きと自分の引き出しを使って踊る弘平さんをいつも楽しみに見ています。

岩本:こんなに細い体なのに、湧き出るエネルギーは底なしで、最後まで踊り切るのには驚かされましたね。そして、彼女の何がすごいかって、毎日必ず成長を続けるその「成長力」。初めて会った日から、バレエが大好きでうまくなりたい気持ちが滲み出ていて、人の話をちゃんと聞き、取り込む。そんな努力の仕方を彼女は知っています。

 でも、たまに取り込み過ぎて「ネネちゃん、どうしたん?」って日もありますけど(笑)。やってみて注意されたことも含めて、吸収して自分のものにする……。年上の僕からしても本当に尊敬できるダンサーです。一方プライベートでは、普段の礼儀正しい清楚なネネちゃんからは思いもよらないような冗談やシャープなツッコミが……(笑)。

吉田:弘平さんには、演技面の相談によく乗ってもらうのですが、真剣に聞いてくれた上で気持ちが軽くなる的確なアドバイスをくれます。うまく行かなくてダウンしている時も、お得意の笑いの力でリラックスさせてくれる頼れる先輩。多分、日本人の女性の先輩だったら、結構な負けず嫌いな私は弱いところを見せないので、今の弘平さんとのような関係性にはならないでしょうね。

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 バレエ・ダンサーにも必ずキャリアの転換期は訪れる。現役バリバリの2人にキャリアのその先を聞くのは憚られたが、あえてぶつけてみた。

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吉田:欧州では40代でトップを張るダンサーは多いし、私も体のケアを怠らず、できるだけ長く踊っていたいです。30代の先輩たちからは「若い時に技術的ピークを迎えた後、人間的な深みや経験を経ることでのより深い芸術的アプローチができるようになる。だから、同じ演目でも全く違う踊り方になることで伝わるものも変わる」とよく聞くので、これから自分にそんな転換期が訪れるのが楽しみです。

 キャリアの先を考えて何かを始めると、バレエ漬けになる時間が削られるので、今は幸せなキャリアを送れているバレエに100%のエネルギーを注ぎたいです。

岩本:年齢と共に、ダンサーに付き物のけがの回復にとても時間が掛かるようになりました。それを防ぐにはけがをしないための準備からきちんとやらないといけないので、それこそ生活も全てバレエのためにという意識で自己管理に努めています。31歳でダンサーとしていろいろ考え始める時期にあるので、スタジオに行って踊るのが楽しくてしょうがなかった若い時と同じようにはいきませんね。僕は、バレエがなきゃ海外にも出なかっただろうし、お世話になっているバレエ界にこの先も関わっていこうと思う反面、全然違うことやったらどうなるんだろうという思いもあります。

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 6月の『眠りの森の美女』の公演では、プリンシパルとシニア・ソリストの2人がペアで踊る機会も増える。否が応にも期待は高まる。

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吉田:『眠りの森の美女』はクラシック・バレエの王道中の王道。オーロラ姫は誤魔化しがきかず、ピュアなクラシックのテクニックが求められ、バレリーナの力量がすぐに分かってしまうとされる難役です。でも小さいころから演じるのが夢だったので、楽しみたいですね。弘平さんとは、今までラブ・ストーリーではあまり踊ったことがないので、今回それが実現すれば楽しみです。

――もし、『眠りの森の美女』で共演が実現すれば、その開演直前の舞台袖で2人はどんな話をするのでしょうか?

岩本:もちろん緊張してるでしょうが、あえて緊張をほぐすためにネネちゃんを笑かしに掛かるかな(笑)。彼女には、自分で全部背負っちゃう、少し気負っちゃうところがあるので、そこを少しリリースしてあげられれば。

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 巷ではQBをして「あのマオズ・ラスト・ダンサーの」とリーの存在を枕詞に語る向きは多い。しかし、彼ほどの指導者でもその世界観を舞台上に余すことなく表現できるダンサーに恵まれなければ、これだけ質の高い仕事を長く続けられなかったろう。更なる高みを目指して日々成長するQBのその中核を担う2人に今後の夢を聞くと「QBの日本公演の実現」と声をそろえる。コロナ禍が明けた暁に凱旋公演が実現することを願いたい。

 今回、「バレエは点数を競う『競技』でなく、たとえダンサー同士ライバル心があっても良い作品を作ろうとする『芸術』」との岩本の言葉が印象に残った。バレエ・ダンサーは、その体力を最大限に発揮するアスリートであり、その体だけであらゆることを表現するアーティストでもある。そんな彼らの研ぎ澄まされた肉体美と芸術性の裏に、弛まぬ努力と共にニッポンのお笑いがあったとは――。バレエに生きる2人の興味深い話が聞けた。満足感と共に拙稿を結びとしたい。

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