世界1周旅行、包丁式の継承

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐拾九
世界1周旅行、包丁式の継承

スエヒロとの契約が終わり、次のプロジェクトに進む前に、4歳になった息子と2人で飛行機に乗って世界旅行に出掛けました。この旅の大きな目的の1つが、息子を日本の親や親戚に会わせることでした。日本に帰るのは7年ぶりで、1か月ゆっくり日本で過ごすことにしました。

シドニーを出て、まずはシンガポールを経由し、ロンドン、パリ、ミラノ、アムステルダムを回ったあと、日本に1カ月滞在。そしてニューヨーク、バンクーバー、サンフランシスコ、バンコク経由でインドに渡った後、パースからシドニーへと戻りました。独身時代に気ままに世界を旅した時とは違い、おむつが外れたばかりの息子との2人旅は、不自由な面もありましたが、息子は体調を崩すこともなく、更には男親と小さい子どもの2人旅は珍しかったのか、さまざまな国々で地元の人から気軽に声を掛けてもらい、出会った人々に良くしてもらいました。

当時、私は若くエネルギーがあり余っていたので、子どもを乗せたバギーを押し、2人分の荷物を持った旅は苦痛でもなく、旧友に会ったり、よく食べ、よく笑い、大いに楽しみました。

こんな私に付き合わされた息子は、ちょっと変わった家庭環境で育つことになり、その時のことはほどんどクリアに覚えていないようです。親のエゴかもしれませんが、旅の中でいろいろな人との出会い、親子水入らずで過ごせたことはお互いの良き思い出です。日本での1カ月の滞在は、息子にとっては初めてでしたが、日本の親兄弟、親戚が大いに彼を歓迎してくれたため、幼かったのですが日本でのことは記憶に残っているらしいです。

私の大事、この1カ月の滞在の目的の1つは、すでに80歳を超えられた包丁式四条真流家元、獅子倉祖憲先生に会うことでした。獅子倉先生とは、先生の愛弟子であった兄や父の関係で出会い、10代の頃からかばん持ちとして、時折先生の地方公演、各神宮、神社での包丁式のお手伝いをするため、日本料理巡礼の旅に同行させてもらっていました。

東京・吉祥寺にあるご自宅兼研修所をたびたび訪れ、先生の式包丁講演を聴講したり、他の師弟の方々と共に包丁式のための技術指導を受けました。各都道府県の支部からの推薦を受けたアシスタントたちが、先生の元に集まり、時間を掛けて式包丁の理論と実習を繰り返し、包丁式の介添人、刀主となるためのステップを学びながら技術を研磨していました。

1300年ほど前に始まった包丁式は、五穀豊穣と、神に命を頂き、食への感謝の気持ちを示すもので、サムライの刀を起源とし、魂を込めて刀工が作り上げた包丁を使います。神に献上するため、素手で触れることなく、1匹の魚を清めたまな板の上でおろしていく先生の精神を集中させた姿からは神聖なエネルギーが流れ出し、食への感謝の気持ちが伝わってきました。食の神様へのメッセンジャーとして包丁式を行う先生に心が奪われました。

幸いにも、先生は私のために時間を作ってくださいました。私自身は元々信仰が強いわけではないのですが、包丁式を海外で継承するに至り、神道に精通した先生から、いろいろな話を伺いました。そして、神との関わり合いを見つめ直すことの大切さを学ぶと共に、雑念を取り去ることの難しさを聞いてもらいました。日本料理の世界感を高尚にし、豊かにしたいと心底願い、向かい合っていらっしゃった先生、その心構えを再認識し、海外で包丁式を伝えていく勇気とエネルギーをもらいました。

獅子倉先生や兄たちは既に他界してしまいましたので、新たに平成21年(2009年)、全日本調理師技能士会連合会から推薦を受け、41代四条流四條隆彦氏から包丁式を行うに値するという包匠師範会を頂き、師範としての称号を受けることができました。

包丁式は神事の1つでもあり、特に西洋文化の中では、地味で理解してもらうことの難しさを感じますし、葛藤があります。しかしながら、日本料理を食文化として理解してもらう中で、包丁式の重要性は疑いようがないものです。オーストラリアでも、もっと包丁式を催す機会を作り、発表しなければならないと痛感すると同時に、後継者を育て、この日本食文化の豊かなオリジナリティーを少しでも多くの人に理解してもらいたいと願っています。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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